第160話 『Be feeling at rest』

どしゃ降りの東公園でなんとか葉月にたどり着き、保護することが出来た隆二は、パパラッチの目をかいくぐって自宅マンションに彼女を連れてきた。

全身びしょ濡れの葉月を、早々にバスルームに送り出す。

充電器に繋いだ葉月のスマホが振動を始め、画面を覗き込んだ隆二は、そこに浮かび上がった名前を見て、伸ばしかけた手に慌ててブレーキをかけた。


「うわっ! アレックスかよ……」


コールが鳴り止んでホッとするも、また間髪入れずにかかってくる。

振動し続けるスマホを前に、隆二は困惑しながらくうを仰ぐ。


「うわぁ……どうすっかな……でも、出てやんないとダメか……絶対心配してるもんな」


バスルームの方向に目をやるも、葉月はまだ戻ってくるわけもなく、スマホは止まってもまたすぐ振動を始める。


「こりゃ何回もかけてくるな……仕方ねぇか」


隆二は意を決してスワイプした。


「葉月!! ねぇ葉月!! 大丈夫なの!? もぉ! アタシが昼間から何回電話したと思ってんのよ! 仕事になんないわ! 心配で心配で……ちょっと! アンタ! なんで黙ってんの?! 葉月ってば!!」


そのボリュームに顔をしかめながら、隆二は耳から離して聞いていたスマホを握り直した。

溜め息をつきながらも、意を決して声を発する。


「あ……あの……アレク」


「え? なに? リュウジ!? なになに! どういうこと?! ああっ!! そう言えばさっき鴻上こうがみくんが、今そっちに残ってんのはアンタだけだって言ってわ……えっ!! じゃあリュウジ! 今、葉月と一緒にいるのね?! そうなんだ、良かった! あの子に代わって!」


一方的にまくし立てるアレックスに、なんと切り出せばいいのか、隆二は考えがまとまらない。


「あ……それが今は……」


「っていうかさ、なんでアンタが電話に出るのよ! 葉月は?!」


「あ……彼女は……今シャワーを……」


「は?! シャワー浴びてる?! そこ、どこなの! リュウジ! アンタ、葉月をどこに連れ込んだのよ!」


「連れ込んで……?! 違う!! 俺ん家だ!」


「え! リュウジのマンション!? なにそれ! アタシも入ったことないのに……アンタまさか! このにつけこんで何かしたりしてないわよね?!」


「んなことするわけねぇだろ!!」


「フン、わかってるわ。冗談よ! バカね」


隆二は額に手をやってうつむく。

「チッ! アレク!! いい加減にしろよ!」


「あはは、いいじゃない、アタシだってホッとしたのよ。ふーん、そっか、リュウジん家ねぇ……」


隆二は溜め息をついて、汗ばんだ手のひらからまたスマホを持ち替えた。


「ちょうど良かったわ、アンタとも話をしようと思ってたし」


「話? なんの?」


「ああ、その前にひとつ連絡事項があるわ。明日こっちに来る予定だったでしょう? 会議があるって。聞いてたわよね?」


「ああ。朝から『エタボ』の事務所だろ?」


「うん。それ、延期になったから。まぁ近いうちには召集しょうしゅうがかかると思うけど」


「そっか。やっぱトーマさん……今大変なのか?」


「ええ……問題を収束させてからがいいって言ってたから。だからアンタは明日こっちに来る必要はないの」


「わかった」


「これがどういうことか、わかる?」


「え? どういうことかって?


「もう! だから! 葉月のこと、お願いねってことよ! まあでも、もう "捕獲ほかく済み" だから大丈夫よね?」


「おい! その言い方やめろ!」


「フフ。じゃあ、"確保" かしら? どっちでもいいわ! それで? なんで公園にいた葉月を保護出来たわけ?」


「それはさ、連絡が途絶える前に一度電話で……ん? ちょっと待てよアレク、なんで彼女が公園に居たって知ってるんだ? 一度も連絡ついてなかったんだろ?」


アレックスが大きなため息をつく。


「なに言ってんの! 隆二、アンタこの事態が把握できてないようね。アタシだけじゃなくて、あのサイトの写真を見てる全ての人間が、葉月があの公園に居ることを知ってたのよ!」


「なんだそれ!? どういうことだ?」


「リュウジ、アンタあのサイト、最後まで見てないの?!」


「ああ。車で戻ってきたから……」


「そっか、葉月が心配で必死で飛ばして帰ってきたってワケね……」


「まぁ……」


隆二は、雨の中連絡がつながらない葉月を探し回っていたことを話した。


「なるほど、それでシャワーか。葉月もだいぶん追い詰められてたのね……あの子、公園にいるところも盗撮されてたの。顔に少しモザイクをかけてあるんだけどさ、服装とかわかるじゃない? それをアップされちゃったから、身バレ同然だったのよ! まるで公開処刑よ、ヒドイと思わない?! どんだけしつこいんだか……怖かったと思うわ……きっと」


「じゃあ……フェスの時の写真だけじゃなくて、今日もリアルにつけ回されてたってことか……」


「そう、ダイレクトにね。サイト見てみなさいよ! 説明すりより早いから」


「ああ……」

隆二は自分の端末からサイトにアクセスした。


「はぁっ?! なんだこれ! 俺?」


「それも知らなかったのね。あのファッションモールでさ、アタシとの写真のあとにアンタとの写真もアップされちゃったから、余計に葉月へのバッシングが酷くなったわけ!」


「これ……アウトレットモールのあの半地下のレストランの前?」


「ええ。あんな場所に人なんか居なかったハズだけどね。あの子が階段から転びそうになってるのをリュウジが助けた瞬間よね? そのあとすぐに私が葉月を抱き上げたんだから、時間も短いハズだし、こんなシャッターチャンス、よっぽど確信もって狙ってなきゃ撮れるはずないのよ」


「そうだな。それに今日の昼間の公園で撮られたこの写真も……これじゃ、彼女も隠れようがない……」


「そうね、『エタボ』のファンというよりも、葉月をつけ回してるストーカーみたいな人間が、今日あの子の近くに居たってことでしょう? その方が怖いわ」


「ストーカーか……」


「いずれにしても悪質よね。ストーリー仕立てにして、葉月を悪者に仕立てようとしてる。それにね、不可解なのよ。トーマとも話してたんだけどね、本人の名前こそ出してなくても、葉月の通う大学名とか、鴻上こうがみくんの会社名Fireworksとか、あと "東公園" っていう名称をさ、記者たちがもともと知ってるワケなくない? 間違いなくタレコミしてるヤツがいるでしょ?」


「そうだな、ほぼライブ画像だし。タイムリー過ぎる」


「そうなのよ。葉月のすぐそばに情報を送る役の人間がいたってことよね? そいつらってさぁ、ホントに『エタボ』のファンなのかしら? なんかせないのよね。何か別の……んーやっぱり解んないわ。ねぇリュウジ、犯人に心当たりは? 何かそっちでおかしな事はなかったの?」


「あ……実はさ、葉月ちゃんにストーカーみたいな元カレがいたんだ。ついこの前まで。もしそいつなら……公園の写真は充分可能性はあるな。ただ、アウトレットモールの写真は、こっちに居た人間には無理だろ。現にその元カレは、葉月がフェスに行ってた事を知らなかったしな……」


「もぉ、なんかややこしい事になってるわね!」


「あ……そういえば……」


「なによリュウジ、まだあるの?」


「ああ、思い出したんだが……アレクも会ったか? あの半地下のレストランで。香澄マネージャーに」


「え? カスミは来てないでしょ。私はあのレストランの予約は頼んだけど、彼女が電話で予約しただけで、あそこには来てないハズよ」


「いや、あの時、階段のそばに居た。その時に香澄が葉月ちゃんになんか言ってて……それで俺が後ろから声を掛けたんだ。すぐ居なくなったけどな。てっきりアレクが呼んだのかと思ってた」


「おかしいわね。来てたなら何でアタシに声かけなかったのかしら? いいわ、ちょっと本人に確認してみる」


「ちょっと待った!」

隆二は慌てて香澄へのコンタクト

止める。


「え、なに?」


「あのさ……本人に確認する前に、先にユウキに香澄の姿を見なかったか……聞いてみてくれないか?」


「え……ああ、分かった。この後ユウキと話すから聞いてみるけど……どうして?」


「あ……なんとなく、気になって」


「わかったわ。話したらまた連絡する」


「で、そっちの話は? さっき話したいことがあるって……」


「ああ、やっぱり今はいいわ。近いうちに会えるんだし。その時で」


「そっか」


「とにかく! 葉月がお風呂から上がったらアタシに電話してって、言ってくれる?」


「了解」


「ねえリュウジ、アンタのもとに居れば、葉月はもう安心なんだけどさぁ……でもねぇ……フフッ」


「なんだよ! その笑いは」


「変な気起こすんじゃ……?」


「はぁっ?! 起こさねーよ!」


「どうだか? リュウジってそんな草食男子だっけ?」


「お前が俺の何を知ってるんだよ!」


「フフフッ、まぁちょっと妬けるけど……そうね、お邪魔しちゃ悪いから"終わって"から電話してもらってもいいわよ?」


「な、なに言ってんだ! バカ!」


そう言って電話を切った後ろから声がした。


「あの……リュウジさん? どうしたんですか? っていうか、それ……私の携帯」


「あ……ああ、ごめんごめん! 電話がかかって……」


そう言いながら振り向いた隆二は、途端に目を見開いて、またバッと葉月に背を向けた。


「え?」


濡れた髪にタオルをかぶり、ぶかぶかの真っ黒のスウェットを引きずるように着たその姿が、目の奥に焼き付いて離れない。


「こ、これは……ヤバいぞ」


「リュウジさん、どうしたんですか?」


盛り袖で頭に乗せたタオルに手を伸ばし、髪を拭きながら不思議そうな表情をのぞかせる葉月を、チラッと見て、隆二はもう一度視線を外す。


「やべ……マジで俺、落ち着け!」


「リュウジさんもお風呂入ってくださいよ」


「うわ! そのセリフ言うかな?! その格好で?!」


「え? 私、なんか変なこと言いましたっけ? だってリュウジさんだってびしょ濡れのままだし」


「ああ……そりゃそうだ。じゃあ俺も風呂に……」


「あの……だから、どうして私の携帯を?」


葉月が首をかしげたまま近付こうとすると、隆二は咄嗟に両手を伸ばしてそれを阻止する。


「あ! ああ………いや、その……勝手にゴメンな。しつこくかかってくる電話があったからさ。緊急かなと思って出たんだ」


「そうでしたか。で? 誰でした?」


「ああ、アレクだよ」


「え! アレックスさん!?」


瞬時に顔が輝くのを見て、隆二はじとっと横目で葉月を睨んだ。


「そんなにアレクのことが好きなら、熱愛報道もまんざら嘘じゃねえか?」


「もう! リュウジさん!」


「あはは、ウソウソ」


「まぁ、世の中の人が思ってるのとは違いますけどね」


「だよなぁ? ちゃんちゃらおかしい話しだぜ。俺たちからすりゃ茶番なんだけどな。ただ、ありえないって証明できねぇのが、なんとも……」


葉月は少しうつむいた。


「なんなら、これを機に、アレクもカミングアウトしちまうじゃねぇか?」


そう笑いかける隆二の視線をとらえた

葉月が、頭上のタオルから両腕を下ろしてスッと真顔になった。


「私、もしアレックスさんがそうするなんて言ったら、全力で阻止しますから!」


「え?」


「こんなことで……今までちゃんと気をつけて隠してきてたことが公表されるなんて、不本意じゃないですか! 仮にアレックスさん自身がどうしても世の中に言いたくなったから発表するんだったとしたら、それは全力で応援しますけど、でもこんな形でなんてダメです! 絶対にダメ!」


隆二はふっと息をつきながら微笑んだ。


「葉月ちゃんらしい意見だね」


そう言って葉月の頭に手を伸ばそうとしたとき、息を吸い込んだ隆二が大きなくしゃみをした。


「ほら! リュウジさん風邪引きますって!」


そう言って葉月が隆二のシャツに手をかけた。


「だめだめ! その格好で俺に近づくなって!」


「ええっ! なんでですか!」


「なんでって、それは……と、とにかくだめだ! っていうか、俺は風呂に入ってくるからさ、アレクに電話入れてやってよ。それに、連絡できるところには全部電話したらどう? お母さんもそうだし、親友にもさ。きっと君の携帯の充電が切れてる間にいろんな人から連絡入ってたと思うよ」


「そうですね……じゃあ、かけてみます」


逃げるようにバスルームに向かう隆二の背中に向かって、葉月が言葉を投げる。


「リュウジさん、ありがとうございます」


足を止めた隆二はそのまま軽く頷くと、そそくさと背中を丸めてリビングから出ていった。


「リュウジさん、なんかヘン。どうしたんだろ……もしかしたらアレックスさんと話してて、なにかわかったのかも!? とにかく聞いてみよう!」


葉月は髪をタオルで覆いながら、アレックスに電話をかけた。



第160話『Be feeling at rest』- 終 -

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