第142話 『Hold a funeral in SOUMEIKAN 』

徹也の母、絢子あやこの言葉に、葉月は不思議な気持ちが湧くのを感じた。

その言葉には力があり、温かみも感じる。


一人食器を片付けて部屋を出ると、裕貴がすぐそばの壁にもたれて立っていた。


「あ……ユウキ。ずっと待っててくれたの?」


「さっき来たとこ。なんかずいぶん盛り上がってなかった?」


「うん」


「じゃあ、色々事情は聞けたんだ?」


「あ……まぁ」

裕貴が思っている事情とは少し違うのかなとも思いつつ、葉月は頷く。


「ボクもリュウジさんから、少し聞いたよ」


「え? あれからリュウジさんと話せたの?」


話を聞きたそうな葉月を、祐貴は会場の方へ促した。

「うん。短時間だけどね。さあ、もう始まるから。行こう、葉月」


裕貴に促され、葉月は本葬会場へ向かった。




葬儀は仰々しいほど古風な進行で行われ、葉月の見えている範囲ですら、数名がこっくりこっくりと夢の中をさ迷っている。


終了すると一斉に大きな人の流れが起きた。

『想命館』エントランスは陣取り合戦が繰り広げられる中、多くの報道陣がたむろし、そうそうたる著名人が並ぶ前での出棺の儀に多くのフラッシュがたかれた。


親族の鴻上家の人たちに加え、水嶋家のような親しい人たちもリムジンに乗って火葬場へ向かったのを見届け、美波はロビーに『form Fireworks』スタッフを集まるよう指示する。


あれだけの参列者がいたのがまるで嘘のように、会場はだだっ広く静まり返っていて、『想命館』のスタッフの手で片付けられていく遺影の中の故人の笑顔だけが彼らを迎えた。


「お骨上げから、そのまま鴻上家のお墓まで遺骨を持って行かれるそうだから、ご親族が戻られるのは夕方になるわ。17時からは『Ending Party』で、また違うジャンルの参列者が揃うので、それまでに会場の支度はぬかりなくね」


そう言って美波はスタッフ達に持ち場につくよう指示を出して、葉月と祐貴を連れて一階ロビーへと降りた。



エントランスホールの横にあるコーヒラウンジに入ると、美波はホッと溜め息をついて、注文したサングリアティーを飲み干さんばかりの勢いであおった。


「ああ疲れた……私、昨日出張だったのよ! 夜中にここに来ることになって……」


「聞きました。大変でしたね。交通機関もない時間帯だったのでは?」


「そうなの! 全く……ああっ、ごめんなさいね、ぼやいちゃって。あなた達の顔見たらなんだかホッとするから……ああ、それでね、二人にはそれぞれのお家の親族の方々との連絡係りとしてサポートをお願いしたいの」


葉月は鴻上家、祐貴は水嶋家の担当になった。


「美波さんのご両親もいらしてましたか? 鴻上さんとは親同士が仲がいい幼馴染みだって、仰ってましたよね?」


「ええ。両親は鴻上家の後にご焼香してた……」


「あ! あの背の高いモデルさんみたいな?」


人差し指をたてる葉月に、美波は笑いかける。

「大袈裟ね。父はイギリス系のハーフなの」


「私、ずっと誰かに似てるなって思ってたんですよ。琉佳ルカさんだったんだ!」


「ええ、そうね。あの子は父親似だって、よく言われてわ」


祐貴が不可思議な顔で言った。


「そういえば……琉佳さんは? しばらく見てないんですけど」


葉月もハッとした顔で美波を見る。


「ああ……あの子は徹也の代わりに打ち合わせ。何件もあるから、駆けずり回ってるわ。いつ戻って来られるかわかんないわね」


「え……そうだったんですか」


「今、一番忙しい時なのよね。ほら、本来徹也は今日から福岡へ出張のはずだったでしょ?」


「あ、そうでしたね。昨日私が『Blue Stone』で琉佳さんを待ってたら、突然鴻上さんが来て、"しばらく出張で会えない"と仰ってて。そしたら電話が入って、葬儀になったから予定変更だと……」


「ああ、あの時ね。あれからまた大変だったのよ! なんせ、あのシルバーヘアをどうにかしなきゃなんないし、ヘアサロンは閉まってる時間でしょ? それに徹也は親族だからすぐにここに駆けつけなきゃならなかったから」


「結局どうしたんですか?」


「ああ、私がここで染めてあげたのよ。市販のヘアダイをスタッフに調達させて、徹也には親族に見つからないようにこっそり入ってきてもらってね。私の部屋で」


「……そうだったんですか」


「まったく、手間がかかる社長だから、スタッフも大変よ。そうそう、この後の『Ending Party』でね、故人の軌跡を映像で流すことになったの。うちの凄腕エンジニアと広報部があちらこちらのメディアから映像を集めて、壮大なエンドロールを作成しててね、今は編集作業に終われてるわ。なんせ、今回ばかりは徹也の力を全く借りずにスタッフだけで作るからね。みんなオーディション受けるような気持ちなんじゃないかな? 躍起になってるわ。今日マスコミがたくさん来ていたのは、その映像提供をもとに取材を許可するっていう取引をしたからなのよ」


「なんだか……凄い世界ですね」


葉月の言葉に、美波も肩をすくめた。


「確かに。徹也の家の内情は、時折報道されてたからね。会長がお体を悪くして一線を退いてからここ数年は、徹也のお父様と和也くんが実質『LBフロンティア』を取り仕切ってたけど、お母様の動向が注目されててね。会長と対立か、はたまた、決別か、なんてあらぬ噂も流されて、ワイドショーなんかでも取り上げられたこともあったわ」


「私もそれは聞いたことがあります。なにより『attractive Visionアトラクティブ・ヴィジョン』の代表が日本人だってことに驚いて、それで覚えていたんです」



祐貴が口を開いた。

「さっきリュウジさんに聞いたら、鴻上さんのお母さんはジョーゼットなんとか言う海外ブランドのデザイナーだったって」


「ええ。『Frances Georgetteフランセス ジョーゼット』はアパレルの世界的一流ブランドよ。パリコレにも毎回出てるわ」


葉月も頷く。

「この春に『東雲しののめコーポレーション』が主催するイタリアの大手ファッションメーカーを集めたイベントに入れてもらったことがあって……そこで『Frances Georgetteフランセス ジョーゼット』のショーを見ました」



「ああ! 私も毎年行ってるわよ。そっか、白石さんは『東雲コーポレーション』に知り合いが居るのよね? 絢子さん徹也の母は若い時にあそこでデザイナーをしてて、そこから独立して『attractive Visionアトラクティブ・ヴィジョン』を立ち上げたの。あなたの着てるその服のね」


その言葉に祐貴が驚いた顔をする。


「え、鴻上さんのお母さんのブランドの服を着てるのか? たまたま?」


「うん、たまたま。まぁ、これは去年祖父がなくなる前に、ママが用意してくれたものなんだけどね」


「絢子さんのブランドはこうしたセレモニードレスも扱ってるってところが素敵よね。そこはやはり細やかな日本人の感覚が出てると思う。海外でも成功するわけよね」


美波がグラスを飲み干した。

しばらく時間が空くからゆっくりしていていいと言って、二人をおいたまま、美波はコーヒーラウンジを後にした。



「鴻上家って本当に凄いんだな。ただの大手企業じゃなくて財閥か。鴻上さん、あんなにフラットなのにに才能溢れた人だと思ってたら、凄いのは遺伝子レベルだったんだな」


「恵まれた環境だけど……なんだかご親族とはギクシャクしてる感じね。鴻上さんは、家を出たって言ってたし」


「それはリュウジさんもそうじゃないかな? 似た者同士だって。お互い親の思うように生きられなかったってね」


「あ、でもね、鴻上さんはお母さんとはとっても仲が良かったよ。いつものあの余裕な鴻上さんが、お母さんにはタジタジって感じで」


思い出したように葉月がくすりと笑った。


「そうか。それにひきかえ、水嶋家の人達はさ、みんな静かで……リュウジさんも全く喋んなくてさ。お固いお家柄って感じだ。あ、でもあの、美波さんと知り合いの、お兄さんの奥さんだけは雰囲気が違ったな」


「あ! さっきその話聞けば良かったね」


「そうだな、なんか気になるもんな」


祐貴が再度カップに手を延ばそうとしたとき、スマートフォンが振動した。


手にとって画面を見ると眉根をあげてから葉月の顔をじっと見た。


「え? 誰?」


祐貴はおもむろに耳に当てると、少し改まった声を発した。


「もしもし、トーマさん。お疲れ様です」


葉月の目が見開くのを確認すると、祐貴は肩をすくめて見せてから、葉月から視線をはずして話し始めた。


「はい……今水嶋家は鴻上家と一緒に火葬場へ。そうですね……そろそろリュウジさんに話さないといけないって、鴻上さんとも先日言ってたんですが……その鴻上さんも今は身動きとれないようですし……はい。え? 延期ですか……まぁこの状況じゃ仕方ないですね。あ、今ですか? 葉月と一緒に休憩中で……」


祐貴が葉月に視線を向けた。

じっと目が合ったまま、息すらも止めていそうな葉月にプッと吹き出す。


「……いえ。はい、伝えます。では、失礼します」



ホッとしながら呼吸を整えている葉月に、祐貴はまたニヤリと意地の悪い視線を送った。


「葉月、わかりやす過ぎ」


「うるさい!」


「代わって欲しかった?」


「もう! そんなことない!」


「そう? トーマさんは代わって欲しそうだったけど?」


「えっ!」


「ほらやっぱり!」


「もう! ひどい!」


葉月は立ち上がって祐貴に手をあげる。


「あはは。ごめんごめん。でもウソじゃないよ」


「もういいって!」


「いやこれはマジ。こんな状況だからさ、代わって話したら葉月が困るかもなって。だからよろしく伝えてくれって言われたんだよ」


「……そうなの?」


「うん。そういう男だろ? トーマさんってさ」


「うん」


祐貴がフンと鼻を鳴らす。

「ったく、なにポッとしてんだよ」


祐貴が葉月の頭をコツいた。


肩をすくめて恥ずかしそうに笑う葉月を祐貴はじっと見る。


「なぁ葉月。『Eternal Boy's Life』の事務所に行く日は延期されるみたいだ。大丈夫?」


葉月は頷く。

「あ、大学は始まっちゃってるけど、もうそんなに授業数もないから大丈夫と思う。それっていつか決まって……」


葉月の言葉を遮って、祐貴は真面目な顔で聞いた。

「そういうことじゃなくて……」


「え?」

葉月は祐貴の顔を見返した。


「ボクが聞いてるのは、葉月があの二人香澄と颯斗に会うのが平気かどうかってこと」


「あ……それは……」


「もし、精神的に負担が大きいんだったら、無理しなくても……」


葉月は大きく首を左右に振った。

「ううん。私、乗り越えたいの。それに何より、リュウジさんが『エタボ』の一員になる瞬間に立ち会いたいって、そう思ってワクワクしてるのよ」


祐貴はしばらく葉月の表情を見ていた。


「わかった。ごめんな、何度もこんなこと聞いて」


「ううん。心配してくれてありがとう」


「でも、くれぐれも無理しないようにね」


「わかった」



コーヒラウンジを出た二人は、再び絢爛豪華なエレベーターに乗って会場のある五階へと上がった。


そこはまだ閑散としているが、半分開いた会場の扉の隙間から『form Fireworks』のエンジニア達がディスカッションを繰り返しながら慌ただしく映像チェックをしているのが見えた。


祐貴が急にポケットを探りだす。


「また電話?」


「あれ……今度はリュウジさんからだ。どうしたんだろ? まだそんな時間じゃないのに……」



第142話 『Hold a funeral in SOUMEIKAN 』 - 終 -

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