第118話 『Boss And Employe』

「いらっしゃいませ」


『Blue Stone』の階段の先にある中扉を開けて、いつもの華やかなJazzを聞きながら、耳に入ってきたのは、聞き覚えのない声だった。                  カウンターの中に隆二の姿はなかった。

その代わりにそこに立っていたのは、やたら立端たっぱのある日本人離れした風貌の男……                 


「あれ? リュウジは?」


「あ、今日はちょっと野暮用で……」


「そうなんだ? じゃあ、アイツ来ないの?」


「多分来ないっすね」


「そっか。あのさ、白石葉月はわかる?」


「あーわかりますよ。葉月ちゃんでしょ?」


「まだ来てない?」


「ええ、今日は。お知り合いですか?」


「待ち合わせなんだ。早く来てると思ったんだけどなぁ」


「あー最近は……そうですね。仕事がこっちであるときはその帰りに割と早く来るんですけどね。今日も仕事だって言ってたんで長引いてるのかな?」


「オタク、随分詳しいじゃない? 彼女そんなに毎日来てんの?」


「昨日、ここで彼女の盛大なバースデーパーティしてたんでね。まあ、こっちで仕事始めてからはしょっちゅう来てますかね」


「そうなんだ。うちの給料は全部ここに流れてるのか?」


「ん? 給料? っていうことは、葉月ちゃんの会社の人?」


「そ、俺が社長」


「あれ? ちょっと待って……オレもいつもいい加減に聞いてるから分かってないけど……確かリュウジのバンドと関係ある会社って言ってたような」


徹也は名刺を出した。


「従業員が世話になってるみたいで! 今後もよろしくね」  


「ん? こうがみてつや? ちょっと待った。もしかして、5番のガードじゃね?」


「え?」


「オレさ、三神宮高校バスケ部の4番なんだけど……覚えてねぇ?」


「あ! ひょろ高いの、いたなぁ。そうだ! 忘れもしねーわ、引退試合シーソーゲームで1点差で負けた!」


「そう、最後のシュートはオレが決めたんだぜ! アキラだ、よろしく」


晃は右手を差し出した。

とっさに応じた徹也は不思議な顔をする。


「よろしく。ってか……なんでここに?」


「リュウジの今のバスケチームのチームメイトだよ。うちは実家が自営で暇だからさ、リュウジが来れない日はここにはオレが入ってんだ」


「へぇ、そうなんだ?」


「ってか、なんでクラブチームに来ないんだ? まさかバスケ辞めたのか?」


「ああ、高校で辞めてる」


「それで会社起業家か。やり手だな。でもさ、1回覗きに来ないか? そうだ、葉月ちゃんも来てるよ」


「え? 彼女、毎回行ってるのか?」


「ってか、オレが毎回来てくれって言ってんの。もはやうちのマスコットガールだよ。とか言って、めちゃめちゃシュート入るからさ、マスコットなんて言ってられないぐらい主力メンバーなんだけどな。やっぱすげえぞ、麗神学園は。基礎が違う!」


「え……そんなすごい子だっけ?」


「社長……従業員のこと全然知らないんだな」


「まあ、バスケで繋がるっていう感覚じゃなかったしな」


「じゃあ尚更、来たらいいじゃん。元々スポーツマンなのにさ。そんなインドアな仕事してたら、体なまっちまうだろう? 明日、練習あるんだ、来いよ」


「まぁ……今週末くらいしかこっちにいないかもしれないからなぁ」


「そんなに全国飛び回ってんの?」


「まあ、そうだなあ」


晃は腕を組みながら、感心したように言う。

「最近リュウジもなんか忙しそうでさぁ。オレはバスケのこと以外は全然わかんないんだけどさ、アイツってそんなすごいミュージシャン なの?」


「そうだな、この前のキラのインスタが世に出回ってからは特に、今リュウジのこと知らない奴は少ないんじゃない? ここの客とかでも『エタボ』のドラマーだって、顔バレしてんだろ?」


「まぁな。女の客が増えてさ、やたらオレに聞いてくるわけよ。“リュウジさんは?” つってさ。なに、アイツそんなに有名人になっちゃったの?」


「まあ、そういうことだよ」


「そっか、そりゃ大変だな。忙しくもなるか? ただね、キャプテンが練習に来れなくなるのは困るね」

 

「そこかよ!」

徹也のツッコミに二人して笑った。


「あはは。まぁな」

 

ドアチャイムが鳴った。


「こんばんは! 晃さん、昨日はありがとうございました……あれ? 鴻上こうがみさん、もう来てたんですか?」


「まあね! 多忙な俺が早く来てるのに、従業員の方が遅いなんて」


「すみません……」


「冗談だよ!」

 

「おい! ちょっと、うちのマスコットガール、いじめないでもらえる!」


「うちの従業員でもあるし!」


「葉月ちゃん、コイツさ、若干めんどくさいんじゃない?」

晃が徹也を指差して言った。


「お前に言われたくないな。なんかいい加減ぽいし」

徹也が口を尖らせる。


葉月が口を挟んだ。

「ちょっと待ってください。お客さんとウェイターの会話じゃないですよね? お知り合いでしたっけ?」


「今、知り合いだってわかったところ」


「え? 何のお知り合いですか?」


「高校の時に面識があったんだ。鴻上徹也はリュウジのチームの5番だ。高校最後の引退試合で、オレの高校と対戦したんだよね。ま、ウチが勝ったんだけどさ」


「1点差だろうが!」


「それでも勝ちは勝ちだからな! ん? どうしたの葉月ちゃん、じーっと見てさ?」


「なんか、イイなって思って」


「へっ? なにが?」


「こういう繋がりっていうか……スポーツを介して何年かぶりの再会とか。そうだ! 鴻上こうがみさん、次の練習来ませんか?」


「ほら、やっぱり言われた。オレも誘ったんだ」


「晃さん、明日の午前中でしたよね? 鴻上さん、明日はまだこっちに居るでしょ? 何か予定入ってましたっけ?」


「あのさ、人と会わなくてもやることは山のようにあるんだけど」


「でも息抜きは必要じゃないですか。やりましょうよ! 何か片付ける事があるなら、私も一緒に会社に戻ってお手伝いしますから」


「そうなの? それはちょっとオイシイかも。実は君の意見を聞きたいなと思っていた案件がいくつかあるんだよね」


「だったら一緒に会社に戻りますよ。だから行きましょうよ!」


晃が呆れたように言った。

「なんだそれ? どういう事? 職権乱用のパワハラ上司じゃん!」


「何言ってんだ! 俺は真面目な堅物上司だ! それにこの件に関しては、買収してるのは彼女の方だぞ。そうだよなあ、葉月ちゃん?」


「ああ……まぁそれは、そうとも言えますが……」


「なに? その言い方、なんか不満ぽいな」


「いえ……別に不満とかじゃないですけど。ただ、意外とボスは厳しいから……あ!」


徹也が葉月ににじり寄った。


「おい、またその呼び方したなぁ?」


「あ……ごめんなさい!」


晃が笑った。

「あーあ。ボスと従業員の溝ってのは、中々埋まらないもんだぞ」


「社内ではまだしも、会社を出たらそのボスの概念は外してほしいな。何気に傷つくし」


「努力してみます」


葉月の発言に徹也はキョトンとする。

「は? 努力しなきゃ無理なのかよ。この前、言ったろ? 王子に昇格させてくれって! 酔ってたから忘れちまったか? 俺は厄介な上司なのか?」


「すみません……」


「ほら出たよ。“すみません” は “その通り” ってことになんだろ!」


晃が呆れたように言った。

「支離滅裂じゃん、なに言ってんの? お前の方が酔ってるみたいだぞ」


「うっせーな。じゃあ今日はさ、ボスを外す練習ってことでいいか?」 


「ああ……」


「“努力します” って、言わないでね!」


「わかりました! 頑張ります!」


晃が吹き出した。

「葉月ちゃん、マジ面白いわ! 見ろよ社長の顔!」


徹也は辟易とした表情を浮かべていた。


葉月がくやしそうに言う。

「私から言わせると、晃さんも十分面白いですけどね!」


「そぉ? じゃあ、オレ達気が合うかもしんねぇな。いっそのこと付き合う?」


「また、そんなこと! 本当に『BLACK WALLS』の人たちは、みんな私をからかうから」


「まあ、それがマスコットガールの宿命だから! 諦めて、お姫様」


晃が徹也に向かって言った。

「それで? 社長さんよぉ、待ち合わせってことはどっか行くのか?」


「ああそうだ、悪いな。俺達、今からここ出るわ」


「ウチのお姫様をどこ連れて行く気だ?」


「今日は……大事な打ち合わせがあるんだ」


「なんだ! 仕事じゃねぇか。じゃあまた “ボス” に舞い戻るんだな」


「どうかな? 夜景の見えるレストランを予約したから、ひょっとして恋人に昇格するかも?」


「なに言ってるんですか! まさかボスまで私のことからかうんですか?」

 

「こら! さらっと “ボス” って言うなよ!」


「あ、すみません」


「全く……とりあえず行こう。じゃあな、アキラ、また来るよ」


「おいおい、バスケは明日だぞ!」


「あ、そうだな、考えとくよ。さあ、行こうか、白雪姫。なんなら、またお姫様抱っこして階段を上がるか?」


「あれ? その話、聞いたことあるぞ……花火大会がどうとか……えっ? ちょっと待って! もしかしてその花火大会の日にお姫様抱っこした王子様が鴻上徹也?」


沈黙する二人に、晃は突っかかる。


「マジか! ちょっと話聞かせろや!」


「うわ、やばい! 面倒臭くなりそうだな。葉月ちゃん、さっさと行こう!」


「あはは。晃さん、また明日ね!」



二人はふざけながら、逃げるように『Blue Stone』を出た。


徹也がポケットに手を突っ込むと、突然停めてある大きなセダンのハザードランプが点滅した。


「さあ乗って」


「……なんか、すごい車ですね」


『LEXUS』と書いてある。

黒くてピカピカの重厚感のある車……


「どこに行くんですか?」


「だから言っただろ、夜景の見えるレストランだって。周りはカップルだらけかもな」


「どうしてそんなところに連れていって下さるんですか? ひょっとしてクライアントの店とか?」


「そういうわけじゃないが……君に話があるんだ。とはいえ、仕事の話になっちまうんだけどな……まあでも味は絶品だから、食事は楽しめるよ。それにその仕事は、葉月ちゃんなら喜んで引き受けてくれると思う」


「そうなんですか!」


「ははは、楽しみにしてもらっていいと思うよ」


第118話 『Boss And Employ』ー終ー

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