第19話 『Highway service area』
車の走行する音と共に、隆二は葉月の後ろで、ずっとドラムスティックを振りながら、手のひらに当たるパチパチした音を鳴らしていた。
「すごい集中力。さっき話した時から一度も途切れてない。リュウジさんって、いつもこんな感じなの?」
「ああ、まだ今回はフェスで曲数が少ないから、これでも短い方だよ。ライブツアー前だと、道中ではホント全く会話のないときもあったよ」
「すご……」
プロのシビアな世界で、職人として準備をするということは、何に置いても大切なことで、彼はそれが充分できる人なんだと感じると共に、この人はきっとこのバンドも、ドラムも、音楽自体も、本当に好きなんだろうなと思った。
「そろそろインターに着くな。早めの昼食にしよう」
車が止まって、ようやく後ろのパチパチ音が止んだ。
「リュウジさん、どんな曲でイメトレしてたんですか?」
「イメトレというよりは、もはやシミュレーションだな。ほら」
隆二は着けていたヘッドフォンを外して、そっと葉月の耳に当てた。
Stay Here Stay Here
変わらない思いで
I will keep this love forever
君と時を越えて
「あぁ……」
そのサウンドとキラの声に、一気に取り込まれる。
一瞬にして魅了されてしまう『Eternal Boy's Life』は、やっぱり最高だ!
「リュウジさん、葉月がバーストしてますよ。取り上げた方がいいんじゃないですか?」
「ったく、いちころだな」
隆二がさっとヘッドフォンを外す。
「ああ!」
「夢から覚めてよ、お姫さま。向こうに行ったらナマで存分聴きなよ」
「ナマで……」
「あ、葉月ダメですね。とりあえずリュウジさん、昼食とりますか?」
「そうだな。ちょっと早めだけど、向こう着いてからだと晩飯が遅くなりそうだしな。おーい葉月ちゃん! 葉月ちゃんもしっかり食べといた方がいいよ、聞いてる?」
「あ、はい……」
隆二と裕貴は顔を見合わせて、首を振りながら肩をすくめた。
多くの人の波をかき分けて、サービスエリアの奥のレストランに入る。
「この季節はやっぱり、ざるそばだな。天ざるか……いや、このぶっかけうどんも気になるなあ」
葉月は不思議な顔をした。
「男の人なのに意外とあっさり派なんですね?」
横から裕貴が、人差し指を立てて横に振っている。
その理由が後から分かった。
レストランを出たすぐ側に、香ばしい匂いを醸しているコーナーがあった。
「葉月も手伝って! あ、葉月も食べる?」
「え? 今食べたばっかりじゃない」
「あんなでっかい男が、あれだけで足りるわけないでしょ?」
「確かにそうよね」
裕貴と葉月は、両手に2本ずつ、鶏肉の串刺しを持って、隆二が座っている展望台の ベンチに向かった。
近付いていくと、それを見つけた隆二が笑いだした。
「葉月ちゃん、その姿……よく似合うね!」
「もう、やめてくださいよ! 結構ここまで来るのも恥ずかしかったんですから。はいどうぞ!」
葉月は串刺しをさっさと隆二に渡した。
「飲み物を買ってきますね。ユウキは?」
「葉月、ボク、コーラ」
「俺はこれがあるから」
隆二は自分で買った缶コーヒーを指差す。
葉月がくるっと踵を返して走り去ると、隆二は裕貴を羽交い絞めにした。
「おい、お前ら! なに呼び捨てで呼び合ってんだよ!」
「だって同い年ですもん!」
「だからって初対面だろうが。馴れ馴れしいんだよ!」
「でも友達になった方がここ数日楽しいし……」
「しょうがねえな、変なことすんなよ。分かったか!」
「大丈夫ですよ。逆に僕がキラさんから 葉月を守りますから」
「また、男っぽいこと言って、ガキのくせに」
「いつまでガキ扱いなんですかね」
「ヤツには俺が釘をさすよ」
「本当、ああいうタイプ、ヤバいと思いますよ」
「ほう? お前にもそういうの、わかってきたのか?」
「だから、ガキ扱いやめてくださいって言ってるじゃないですか!」
「あははは」
葉月が戻ってきた。
「盛り上がってますね。師弟関係は良好って感じ?」
「まあね」
そう言う裕貴を、隆二はベンチの端に追いやった。
「ここ、座んなよ」
隆二が隣を指差す。
右側にちょこんと座って、ミルクティーをあけた。
目の前にパノラマが広がる。
手前の木々から小さな街が広がり、夏を感じさせるもくもくとした白い雲が空の高さを表現している。
日差しが強くて右手で影を作ると、更にその向こうに海がキラキラして見える。
太陽を感じた。
左手にあるハート形のモニュメントの前に カップルが並んで、スマホで写真を撮っていた。
不意に隆史のことを思い出した。
あれからずっと放置されてる、いや、放置している……
どっちだろう?
もはや付き合っていると言えないと思うけれど。
それでも私は、隆史の彼女でいなきゃいけないんだろうか?
考えれば考えるほど、わからなくなった。
恋愛の定義も、恋人の定義も、そもそも何もわからないまま、付き合おうと言われてただ付き合っただけ。
愛が何なのかも、分からないままだった。
ただ一緒にいれば、そういうのは自然とわかってくると、そう思っていたから……
「葉月ちゃん、どうかした?」
隆二にそう言われてハッと我に返る。
「いいえ、別に」
葉月は腰を上げてそのカップルのもとに歩み寄った。
「景色も入れて、お2人の写真撮りましょうか?」
カップルは嬉しそうにスマホを葉月に渡す。
撮っている葉月も、なぜか幸せそうな顔をしているのを、隆二と裕貴はじっと見ていた。
「いい子ですよね、葉月って」
「ああ、そうだな」
まるでスキップするように戻ってきた葉月は、ベンチに戻ってニコッと笑った。
風がビューンと吹いて、汗がスーっと引いていくのを感じた。
その時、何かがふわっと飛んできて三人が座るベンチの前の手すりに止まった。
「リュウジさん! 見てください、珍しいな! タマムシですよ」
「うわー! キラキラだな。見てみなよ葉月ちゃん!」
そう言って2人が彼女を振り返ると、葉月はかなり後方にいた。
「え? 何してんの?」
「えっと……ちょっと虫は……」
「まさか、虫、苦手なの?」
「ええ、かなり」
「かなり?!」
「そうなんだ……意外だな」
「でもさあ葉月! これタマムシだよ。ほんと、すごい綺麗から見てみ!」
そう言って裕貴はタマムシを捕まえると、手に持ったまま、葉月の方に進んできた。
「待って、待って、待って! 本当にダメ! 本当にダメだから、やめて! もうやめて!」
葉月が走って逃げ出した。
それを追いかける裕貴。
「まるで小学生だな。お! さすが女バス! 走れるねぇ」
隆二は笑いながら立ち上がった。
「おいユウキ! いい加減やめとけよ。車に戻るぞ」
助手席に戻った葉月は憤然とした面持ちで裕貴を睨む。
「ごめん葉月……そんなに怒んないでよ」
「ひどくない? 本気でダメだって言ってるのに!」
「だって、面白いんだもん! ねぇリュウジさん」
「いや、俺は一応止めたぞ。お前が意地悪なだけだろうが」
「リュウジさん、顔が笑ってますよ」
葉月が後ろを向いて、隆二を睨んだ。
「まあまあ、機嫌直してよ。この後ついに『エタボ』とご対面だぞ。想像してみて?」
葉月は途端に静かになった。
隆二はまた後ろで、ヘッドフォンをつけてパチパチとやり始めている。
「葉月、そんなに緊張しなくていいよ」
「そうよね、もうすぐ生でメンバーに会っちゃうわけでしょ? どうしよう!」
「今からそんなにガチガチになってたら、メンバーに会う時にヘンな人だって思われちゃうよ」
「それは嫌!」
「じゃあ、リラックスだ。あくまでも自然に! ファンじゃなくて、スタッフとしてだよ」
「自然に……ああもう! 自然がわからない!」
「だめだ、こりゃ……」
裕貴はため息をついた。
第19話『Highway service area』ー終ー
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