第16話 『To a new dream trip』

朝、目が覚めるとハッとした。


今日はついに待ちに待ったThursday!

昨夜は『Eternal Boy's Life』を聴きながらベッドに入ってしまったので、頭の中で歌ってしまって、結局一時間以上寝付けなかった。


それまでの時間も、持っていく服を選ぶのも、リップの色を決めるのも、シミュレーションするのが楽しくて仕方がなかった。

まさしく遠足の前の日……まるで小学生並だ。


あれもこれもと収集していくにつれ、荷物は膨らみ、訳がわからなくなってくる。

何度か支度を見直して、なんとか妥当な量に忖度した荷物を詰めたキャリーバッグの横には、着ていくと決めていた昨日の戦利品がハンガーに掛けられていた。


あの憧れの『Eternal Boy's Life』

遂に彼らに会える!

トーマに! キラに! ハヤトに!

あの曲を、生で、すぐ側で、聴くことが出来る!

そう思うだけで心の中に、何か熱い一筋の物が流れ落ちるような……そんな高ぶりを感じる。


玄関を開けると、眩しい朝日が差し込んで、思わず目を細める。

陽の温度を感じながら、ワクワクに胸を膨らませた。


キャリーカートをゴロゴロ転がしてT字路に出ると、そこには真っ白なものすごい存在感のある車が止まっていた。


車のサイドミラーに手をかけた隆二が、こちらを向いて手を振る。


「おはよう葉月ちゃん」


「おはようございます……この車……」


葉月があっけにとられていると、運転席からもう一人男の人が、ピョンと降りてきた。

男の人、というよりは男の子?


「初めまして! 大浜裕貴です。リュウジさんの弟子で……」


「あ?  弟子にした覚えはないけどな」


「あ……いや、ボーヤの……」


「坊や?……って?」


「いや……そうじゃなくて」


屈託ない葉月の顔を見て、隆二がたまらず吹き出した。


「あの……じゃあ、ローディーってわかります?」


「わかりません」


隆二が身をよじって笑いだした。

「あはは。朝から飛ばしてるね、葉月ちゃん。今日も面白いじゃん!」


「別に面白くしようとしてるつもりはないんですけど!」


「まあいいや、乗って! ユウキ、荷物を後ろに入れてやってよ」


「はい、わかりました!」



葉月は車の横で佇んでいる。

「この車は……またすごいですね。いったい何台車持ってるんですか?」


隆二は笑ってごまかした。

「今日はちょっとロングドライブだからさ、あっちの車じゃあ、ちょっと持たないかなと思って」

眩しいほどピカピカの、真っ白のレンジローバーだった。


「ボクが運転するんで」


「えっ!」


「あ! 今、“お前に運転できるのか? こんなでかい車が”って、一瞬思ったでしょ?」


「い、いえ、思ってませんよ!」


裕貴はいたずらに睨むと、すっと笑顔に戻した。

「葉月さんだっけ? 助手席に乗って」


「え、助手席? 助手席にはリュウジさんが乗るんじゃ?」


裕貴は首を振った。

「ううん、基本的にリハとかツアーとか、そういう時には、リュウジさんは後部座席でずっとイメトレしてるんだ」


「イメトレ?」


「そう。脳内リハーサルってとこかな。シミュレーション? だからリュウジさんは会話もしないからさ、葉月さんは助手席に座ってよ」


「いいんですか?」

隆二を見る。


「そうそう、俺はずっとこれだから!」

隆二は、昨日葉月がプレゼントしたスティックケースから取り出した黒いスティックを、片手にかざして見せた。


「早速使って下さってるんですね」


「そうなんだ、もう昨日から恋人みたいにずっと一緒に!」


「何です? またからかってるんですか?」


「いやいや、本当のことだからさ! 葉月ちゃんもそのTシャツ、すごく似合ってるじゃん! あそこの店員さんカップル、見立てがいいよね?」


「あ、このTシャツ、ありがとうございます! ホント! リュウジさんこそ、やっぱり白、似合いますね。思ってた通りのフォルムで。もう『TOMMY HILFIGER』そのままですよね。すごくイイ感じです!」


「嬉しいなぁ。あの店、アタリだな」


「ホントに! また買いに行きたいです」


「そうだな!」


そんな二人の会話を不思議そうに見ていた裕貴が、少し意地悪に言う。

「はいはい、では出発しますよ!」


レンジローバーは、その車高のおかげで視界も良く、なんとも乗り心地の良い車だった。


葉月は早速スマホを開く。

後ろから助手席のシートに近付いた隆二が、葉月のその手元を覗いた。

「なに見てんの? ん? ああ、“ボーヤ”調べてんだ。あはは」


「えーっと、“特定のミュージシャンの付き人として雑用を担う弟子のような若者”……合ってます?」


隆二と裕貴が同時に笑った。

「そのまんまだな!」

「そういうことです! 葉月さん」

裕貴が言った。


「あーあ、このまま俺も葉月ちゃんの面白い会話に参加したいけど、まぁ行きだけは ちゃんとイメトレしていくわ。じゃあ後はお若い者同士で楽しんで!」


「リュウジさん、なんかお父さんみたい」


「何気に傷つくなぁ。ちょっと自分たちが若者だからって」

そう言うと、隆二は運転する裕貴の肩をパツンと叩いた。


「痛っ! なんでボク?」


そして、ヘッドフォンをつけて後部座席に身を沈める。


高速道路に入り、ビュンビュン流れていく町並みの向こうに、山や海が見えて、葉月は左右をキョロキョロ見ていた。


「ねえ葉月さん」

裕貴が声をかけた。

「何歳なの?」


「20歳だけど」


「今年20歳?」


「ううん、もうすぐ21歳になる」


「そうか。名前、葉月だから8月生まれっぽいね?」


「そうなの!」


「いつ?」


「え?」


「誕生日。いつ?」


「ああ。31日」


「8月31日か。なんか宿題に追われてる日ってイメージだよね」


「確かにそうだった! 子供の頃はパーティーどころじゃなかったわ」


「そうだろうね。実はボクも21歳なんだ」


「そうなの?」


「あ、年下だと思ったでしょ」


「……ええ、まあ」


「もう慣れたけどさ。どうしても若く見られちゃって。リュウジさんに弟子を入り申し込んだ時なんて酷いよ!  “中学生はお断り”だなんて言われてさ。本当なのか冗談なのか、未だに分からないけど。まあ、それでも無理矢理まとわりついて、こうやってボーヤをやらせてもらってるって訳」


「そうなんだ。“弟子入り”ってことは、大浜くんは……」


「ああ、ユウキでいいよ。同い年なんで 呼び捨てで」


「それはちょっと……」


「なんで? これから数日間一緒に過ごすのにさ、呼び捨ての方が親近感湧いて、いいじゃない? 遠慮し合う新しい友達ナンテめんどくさいでしょ? ハイ、呼んでみて!」


「え……いきなり?」


「いいじゃん! 早く!」


「じゃあ……ユウキ……?」


「そう! その調子! ところで葉月、ボクに何を質問しようとしてたんだっけ?」


「え? 葉月……?」


「ボクも呼び捨てでいいでしょ? 当然じゃない?」


「まあ……そうだね。なんか慣れなくて」


「大丈夫、そのうち慣れるって! で、なに?」


「ああ、ユウキ……はドラマーなのかなって」


「そうだよ。葉月はさ、リュウジさんが色々なバンドでドラムやってるの、知ってる?」


「ううん。あまり音楽活動の話、聞いてなくて」


「そうなんだ? 口止めされてるわけでもないし……この際リュウジさんのこと、色々しゃべっちゃおうかな」


「あ、聞きたい聞きたい!」


「じゃあ、まずはボクとリュウジさんの出会いからね」


第16話 『To a new dream trip』

ー終ー



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