第15話 『Have A Great Shopping』for us
高架下のshop『full of original』で葉月によって、まるで着せ替え人形のように鏡の前であれやこれやと服をあてがわれた隆二の買い物は、最終的に葉月のインスピレーションに伴った、カーディナルレッドのシャープなTシャツと、黒のクラシカルなロックTシャツ、そして『TOMMY HILFIGER』と見まごうほどの、白地に赤と紺のラインが施されたトリコロールカラーの上品でタイトなTシャツが採用となった。
店員の話によるとその 『TOMMY』ライクのTシャツは、デザイナーをしている彼の兄の委託品なのだそうだ。ジャンルが違いすぎて、逆にあまり回ってこないらしく、
店員がはす向かいの小さなショップを指差して言った。
「君の雰囲気だったら、あの店はどうかな? ボクはぴったりだと思うんだけど。とか言って、ボクのカノジョのお店なんだけどね! よかったら見てあげて」
にこやかにそう言って、包んだTシャツを渡してくれた。
そのお店は彼の見立て通り、葉月の好みだった。
『avant-garde』
「ナンテ読むんだ?」
「ああ、フランス語なんですよ、アバンギャルドって聞いたことありません?」
「あるある。最先端とか、革新的とかかな? 葉月ちゃん、ファッションに詳しいね。そういやぁ、アートにも興味があるって、初めの頃に言ってなかった?」
「そうでしたね、最初はリュウジさんに美術部だったの? って聞かれましたもん」
「そうだったなぁ。そしたら意外や意外、バスケ部だったけど。しかも強豪校の」
「あはは」
その店のラインナップは、少しフェミニンさを残しつつ、個性を主張したTシャツの数々。
袖にレースがあしらわれていたり、少しハードなモチーフが縫いつけられていたり と、それぞれが一点もの、ハンドメイド感溢れるこだわりのある品々ばかりだった。
「あー、これも可愛い! この組み合わせも絶妙だわ」
さっきのお店の人のカノジョだという店員が、色々合わせてくれる。
「彼女、キュートだからゴスロリっぽいのも似合いそうですね」
「ゴスロリって……」
隆二が口を押さえて笑いをこらえた。
顔を輝かせて鏡の前に立っている葉月を見ながら、若い子は何着ても似合うんだなあ、と感心してしまう。
「あー、迷っちゃいます! 動きやすいざっくりしたTシャツも欲しいんですけど、やっぱりちょっとフェミニンなカットソー的なのも、ジーパンに合わせやすいし……」
最終的に葉月が悩んだのは、ロック色の強い大判のTシャツと、肩から斜めに大きくフリルが着いた女性的なカットソーだった。
カノジョ店員が言う。
「そうね、フリルの方がスタイルが断然よく見えるからお似合いだと思うけど、フェスに行くって言ってましたよね? だったらこういうざっくりしたTシャツにレギンスだけ、っていうのが定番でもあるしね……」
鏡の前に座っていた隆二が立ち上がって言った。
「じゃあそのフリルのTシャツ、俺に買わせてよ」
葉月が慌てて両手を振る。
「いえいえ、何でですか? それだとさっきお礼に買った意味がないじゃないですか!」
「いいじゃんか。今度は俺が買い物に付き合ってもらったお礼として」
「お礼だなんて、私だってこんなに楽しんでお買い物しているのに……」
「いいのいいの! 女の子がキャッキャと楽しそうにしてる姿が、オレらオトコにとって、どんだけ楽しいか!」
「え? そんなことを思うオトコがこの世の中にいるんですか?」
「あのね……君は一体どんなオトコと付き合ってきてるんだ?」
二人の会話を聞いて、カノジョ店員さんがコロコロと笑っていた。
「じゃあ、二つともお包みしますね!」
カノジョ店員さんに微笑ましく見守られながら、高架下を後にする。
「本当にありがとうございます」
「いいよ、オレだってこれ、ありがとうね」
リュウジは肩からかけたスティックケースを、さらに高く持ち上げて見せた。
「しかし、今日は良い収穫だったなぁ! オレも女の子と買い物することなんて、まずないしな」
「そうなんですか? 彼女はついて来てって言わないんですか?」
隆二は葉月の方に向き直る。
「あのねぇ君、今オレがシングルだって、薄々気づいてるよね? それでそういうこと言うわけ?」
「すいません。配慮に欠けました」
葉月がペロッと舌を出した。
「お? オレをからかう気か?」
「いつもやられてるので、仕返しです!」
そう言って、少し走り出そうとする葉月の手首を、隆二はすかさず掴んで引っ張った。
「わっ!」
その勢いで葉月の頭が、隆二の胸にコツっ と当たった。
そっと見上げる葉月に、隆二が笑って言った。
「大人をからかってると、お仕置きしちゃうぞ!」
すると葉月の顔がみるみる赤くなって、 さすがに隆二も焦りだした。
「あーごめんごめん! 葉月ちゃんはシャイだったよ、忘れてた! じゃあ今日は、今から葉月ちゃんを家まで送るからね」
「そんなのいいですよ。今日はそんなに荷物も多くないし」
「いや、そうじゃなくて、明日早朝にさ、 車で君を迎えに行くから、先に道を知っときたくて」
「あー、なるほど。そういうことですか」
「確か、湊駅の近くって言ってたよね?」
「はい」
「じゃあまずは、オレん家についてきて」
しばらく歩いただけで、そびえ立っているそのハイグレードなタワーマンションが見えてきた。
ずっとそのタワーマンションを見つめる葉月の横顔を隆二は見ていた。
「リュウジさん」
「ん? なに?」
「あのマンションって、上にラウンジとかプレイルームとかあるんでしょう?」
「まあ、そうだね。バーラウンジと、あとはちょっとしたジムやプールだな」
「プール!」
「そうだよ」
「普段利用したりするんですか?」
「まあ、気分転換したい時とか、暇な時は割と使ってるほうかもな。ジャズバーでの仕事じゃ体力つけらんないからさ、ライブ前になると割とジムには通うようにしてるよ。だからここ一か月は結構行ったかな?」
「すごいですね!」
「なに? 葉月ちゃんもプール入りに来る?」
「いや、そんな……そういうことじゃなくて、まるでホテルみたいだなって。住んでるマンションの上にラウンジとかプールとかジムがあるとか、ちょっと想像できなくて」
「そう?」
隆二は、葉月の耳元で囁いた。
「だったら今度、うちに遊びに来ればいいじゃん?」
葉月の顔がまた赤くなっていく。
隆二が笑い出した。
「ヤバいよ葉月ちゃん! オレ、病み付きになりそう!」
「やめてくださいよ! その意地悪体質!」
「あははは」
マンションの自動ドアが開いた瞬間、吹き上げるような涼しい風に、顔のほてりが癒されていくのを感じる。
以前、お茶を頂いたコンシェルジュさんに会釈をしながら、ソファーの脇を通ってエレベーターに乗り込み、今度は地下駐車場へ向かった。
エレベーターを降りると、すぐに目を引く黒に赤の差し色と、車内に見える赤と黒のコントラスト。
本当に美しい、ピカピカの車。
「あー! そっか!」
葉月が言った。
「リュウジさんは、いつもは赤を着てるわけでもないのに赤のイメージがあったのは、この車のせいだったんだ! えーと……なんて車でしたっけ?」
「アストンマーチン?」
「そう! このアストンマーチンの都会的なフォルムと赤の差し色が絶妙で……それがなんかリュウジさんのイメージとリンクして……」
「なんか、そんなふうに言ってくれると嬉しいな! オレも相当こいつのこと気に入ってるしね。さあ乗って!」
そのシートに身を包まれるのも、久しぶりのように感じた。
本日の戦利品について、話に花を咲かせていると、すぐ湊駅付近に着いた。
「そこを曲がったところです。T字路になってて」
「ここでいいの?」
「はい。この道の突き当たりが家なんで」
「そっか、じゃあ明日もここに車停めて待ってるから」
「お世話になります!」
隆二は車を停めると、後方から荷物を取り、葉月の方に回ってドアを開けてくれた。
「何かわかんないことあったら、連絡してきて」
そう言いながら、よいしょっとそのシートから体を起こした葉月の手を取り、グイっと引っ張って立ち上がらせてくれた。
「ありがとうございます!」
「じゃあ明日、早いけど、よろしく」
「はい! よろしくお願いします」
葉月は渡されたショッピングバッグを持って、手を振りながら、しばらく後ろ向きに歩きながら家へ向かった。
門に手をかけ、振り返ってみる。
隆二は車の脇に立ったまま、こちらに手を振ってくれていた。
心の底から気持ちが温まるのを感じる。
葉月も手を振って、部屋の中に入った。
宿泊の用意をしながら、今日1日のことを考えていた。
いつの間にか、素敵なお店に出入りして、リュウジさんと親しげに話すのも、素敵な車に乗せてもらうのも、すべては花火大会の日から始まったんだ……
つい最近の、たった2週間ほどの出来事なんだと思うと、改めて人の出会いの不思議さを感じる。
そんなほっこりしているのもつかの間、気付いてしまった!
明日、どこに行くって?
野音よ!
しかも『Eternal Boy's Life』に会えちゃう!
どうする、どうする!
落ち着かなきゃ!
でも落ち着けるわけがない!
どうしよ、どうしよ!
もう興奮の鐘が、頭の中で鳴り響いてやまない。
そして明日からも、また更なる出会いと経験が、自分のもとに降ってくる。
支度を整え、キャリーバッグを閉じると、一段と胸が高鳴る。
今夜は眠れそうにない。
ならば、存分に『エタボ』に染まろうと、音楽プレイヤーを枕元に置き、曲に聞き入りながら、30分ごとのスリープタイマーを二度、解除した。
第15話『Have A Great Shopping』ー終ー
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