第10話 『Who is the man of fate』
葉月は徹也の顔をまじまじと見た。
徹也が今、言おうとしている “アレ” の理由が、あの日花火大会の日以来、ずっと気になっていたから……
その時、背後から中扉がギイッと開く音がした。
「わりぃな徹也! 遅くなった。あれっ? 葉月ちゃん? 来てたんだ!」
「あ、リュウジさん! お疲れ様です」
隆二はレジ袋を二つ、カウンターに置いて言った。
「あれれ……と、いうことは? 二人は運命の再会ってこと?」
「そんな大袈裟なもんじゃねえよ」
カウンターの中に入り、買い物を仕分けしながら隆二がまくし立てる。
「んなことねぇだろ! だって花火大会以来なんだろう? なになに、もしかして話、盛り上がってたとか? まさか俺……お邪魔ムシ?」
「リュウジさん、なに言ってるんですか……」
葉月が困った顔を見せる。
隆二はさらに続けた。
「あ、そうだ、知らないだろ徹也! 葉月ちゃんは意外とシャイなんだぞ。あんま、いじんなよ!」
隆二がそう言うと、葉月は顔を上げて抗議する。
「ちょっとリュウジさん! いじってるのはリュウジさんじゃないですか!」
「あはは、そうか。ごめんごめん! あ、葉月ちゃん、飲み物作るね。いつものでいい?」
「あ、はい」
徹也が二人のやり取りを見ながらポツリと言った。
「葉月ちゃん……か?」
「え?」
「いいテンポだね」
「……テンポ? そうですか?」
「うん」
オレンジ色のカクテルが置かれた。
「なに? それ」
「えっと……リュウジさん、これなんて名前でしたっけ?」
「ファジーネーブルだよ」
隆二は徹也の方に目をやる。
「葉月ちゃん、お酒はあんまり得意じゃないんだってさ」
「ふーん」
「徹也は? 次なににする?」
徹也は肩肘をついて、改まった口調で言う。
「いつもので」
「はぁ? いつものだと? ! お前、いつもって言うほど来ねぇじゃねぇか!」
隆二が呆れたように目を見開く。
「ちょっと言ってみたくなっただけだよ」
「なんだそれ? 笑えるな! 徹也らしくなくてイイや」
隆二はは愉快そうに奥に入っていった。
「お二人、仲いいですね」
「まあ、腐れ縁ってやつかな」
「気のおけない友達って感じですけど」
「そう?」
隆二が奥から出てきて二人に言った。
「あのさ、悪いんだけど、しばらくここ空けてもいいか?」
「いいけど、どうした?」
「奥に団体が来るから、その準備にホールの方に駆り出された」
「了解」
「わりぃな。何かあったらスマホに連絡くれ」
徹也の前に同じグラスを置いたリュウジは、葉月に手を振って、奥のフロアへ消えていった。
「聞いていい?」
「はい。何ですか?」
「この店、実際来てみてどう? なんか親友も来てる、とかいってたよね? ここで会った?」
「いいえ、まだ」
「どうして? 親友なんだろ?」
「あっちは多分、いつも彼氏と一緒だから……」
「お互い彼氏を紹介したりしないの?」
「ああ……全然接点のない人たちだし、年齢も違うし……気を遣わせちゃいそうで」
「もしさ、今その親友がここに入ってきたら、僕たちを見てどう思うかな?」
「どう……って?」
「君の彼氏と間違わないかな?」
「あ、それはないかと」
葉月は手をパタパタと横に振りながら言った。
「え? なんで? 僕が君のタイプじゃないから……とか、言われちゃうのかな?」
「まさか!……というよりも、逆かな……」
「逆?」
「実は、その親友には、今の彼氏と早く別れなさいって言われてて……」
「なにその話?」
そう言って、徹也はすぐ訂正する。
「ああ、いいよ、話さなくて。それって僕は聞かない方がいいよね?」
「いえ……別に」
「デリケートな話でしょ? 他の男になんか、話さない方がいいんじゃない?」
「いえ、私は全然話せるんですけど、鴻上さん、せっかく飲みに来てるのに、なんか盛り下がっちゃったりしたら申し訳ないなぁ……って思って」
「それは別に気にしなくていいけどさ。僕も一応人生においては先輩だから、ひょっとしたら君が分からない男の気持ちも代弁出来るかもしれないしね」
葉月が徹也の顔を遠慮がちに見上げた。
「そう……ですよね?」
徹也がグイッとグラスをあおる。
葉月もつられて、ゴクリと飲んだ。
オレンジの甘酸っぱさの、その奥のほろ苦い香りが、一気に身体に立ち込めて
葉月は彼との日常を話そうと思った。
同じことを話したときに、親友は
この人も同じことを言うだろうか?
そこに一番、興味が湧いた。
ただ……少し状況が違った。
お酒が入ると、なんだか言葉のトーンが変わってくる。
普段の自分が気付かなかったような事がフッと浮かんで、第三者のコメントのように、自分自身を責めたてたりもする。
一通り話したつもりだったが、鴻上さんは足らないと言った。
もっと傷付けられているハズだ、と。
どうしてそれに気付かないんだ? と。
我慢は美徳ではなく、馴れ合いに安らぎを覚えるなんていうのは、むしろ執着という名の醜態だ、と……
葉月は不思議な気持ちに
なんだか、バスケ部の時の顧問の先生に怒られているような気持ちになって、だんだん心地よくなってきて、当時のことを思い出していた。
怒られている時は本当に怖くて、泣いてしまったこともあったけれど、先生が私に怒る理由は私を良くしようという情熱に他ならなかった。
なんの
もちろん、そう気付いたのは引退してからだったけど……
試合に負けて引退が決まった時の、最後のミーティングの時に、先生が涙を流しながらかけてくれた言葉と肩に置いてくれた手の温もりを、生涯忘れないだろうと、思っている。
「ねぇ葉月ちゃん、僕の話、聞いてる?」
葉月はその言葉に、うなだれていた背筋を伸ばす。
「はい。……別れます!」
とっさにそんな言葉が出て、自分でも驚く。
「はあっ?! なんでまた急に聞き分け良くなってんの?!」
「あ……だって鴻上さん、私の為を思って言ってくれているんですよね?」
「いや、もちろんそうだけど……」
「私の親友も、私の為を思って言ってくれているんです。だったら間違いないなって……」
徹也は肘をついて、頭を重そうに支えている葉月に向き直った。
「ちょっと待った! そこに君の気持ちはある?!」
「あ……正直、わかりません」
「え、好きか嫌いかも?」
「いえ……好きなんだと思ってました。こんな感じが……」
「こんな……感じ?」
「だから、彼もこんな感じで私の事を好きなんだと思ってたんですが……ちょっと違うみたいですよね?」
「ん……究極の鈍感?」
カウンターに両手をついていた葉月が、徹也の顔を仰ぐ。
「今日は鴻上さん、なかなか手厳しいですよね?」
「違うよ、ホメてんの!」
「ホメてるようには……初めてあった花火の日は、言ってもらったことないような事を言ってもらえて……すごく幸せな気持ちになったのに」
「君は明朗で素敵な女性だ。って?」
「ええ……」
「あのね! 今この場で、全く同じことを思ってるよ! それを君自身がわかってないから、つい僕も……あれ?」
徹也は葉月を観察する。
彼女はグラスを片手に真正面を見たまま、ぼんやりしていた。
「あの……もしかしてすごく酔ってる?」
「……鴻上さんはどうなんですか?」
「いや、まぁ僕もそこそこ酔ってるとは思うんだけど、君は大丈夫?」
「……ええ。私、彼と別れますから」
「え、あ……そう。いや、それにしても、ずいぶん
「……誰かのために別れるもんなんですか?」
「お、中々うたうじゃない。じゃあ言い方を変えるよ。誰のせい?」
「ん? 誰の……せい?」
大きな目を何度もパチパチ瞬きしながら、葉月は小首をかしげた。
「君の気持ちに変化をもたらしたものさ。今までは親友が助言しても、別れなかったんだろ?」
「……確かに。ここに来るようになってからですかね。色々気付く事が出てきて」
「そう……お酒の苦手な君が毎日通うくらい、気に入ったんだ? ここには来たことがなかったんでしょう?」
「ええ」
「気に入ったのは……リュウジ?」
「どうしてそうなるんですか?」
「別に」
「別に、って……」
徹也はグラスをあおった。
「毎日通うって、相当だよ? 熱入ってるよね? バスケも一緒にやったって」
「鴻上さんはバスケには来ないんですか?」
「なんでオレが?」
「だって元チームメイトもいるんでしょ?」
「いるけど、そういう話じゃないじゃん?」
「そういう話? 再来週も行きますよ、鴻上さんも体育館に……」
「あのね!」
「はい……」
「僕はリュウジの邪魔にはなりたくないんだ!」
「……え? 邪魔って、なんの?」
一瞬、表情が止まった葉月に、徹也は更にけしかけてくる。
「とぼけるんだ? 毎日毎日通いつめて、理由は明確だろ?」
「……理由?」
「お目当ては『Blue Stone』のリュウジなんだろ?」
「……どうしてです? 私そこまで音楽に詳しいわけでは……」
表情一つ変えない葉月に、徹也は頭を抱えた。
「あー、そういう事じゃなくて……だったら……だったらどうして毎日毎日、ここに通ってたんだ?」
その言葉に、葉月の顔が急にパッと明るくなり、質問の意図をようやく得たかのように頷きながら、笑顔に変わった。
「ああ、そういうことですか。 だって……鴻上さんが来るかなって……そう思って」
「へっ?」
徹也は拍子抜けた声を出した。
「リュウジさんが、そのうち鴻上さんが来るだろうって言うんで」
徹也が驚いた顔で言葉に詰まっている間に、葉月はそのままカウンター倒れ込んだ。
「うわっ! いきなりどうしたんだ?! ち、ちょっと!」
第10話 『Who is the man of fate』ー終ー
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