真夏の夜の打ち上げ花火

第8話 『Where Does She Belong?』

隆二がはたと気付いて言った。

「葉月ちゃん、君って彼氏いるんじゃなかったっけ？！」

「あ…」

「さすがに地方遠征なんかに勝手に行ったら、彼氏に怒られるよね？　誤解もされるだろう？」

葉月は一瞬、言葉に詰まる。

「あ……なんか俺、困らせちゃった？」

「いえ、そうじゃなくて……」

「じゃあ聞くけど、このところ毎日のようにここに来てくれてるじゃない？　葉月ちゃんは彼氏に何て言って出てきてんの？」

葉月はまた部が悪そうな顔をする。

「いえ、それが……会ってなくて」

「え？　そうだったんだ？　それっていつから？」

「実は……花火大会の二日前から」

隆二は指折り日数を数えている。

「え？　それからずっと？！」

「ええ。花火大会の後に連絡があったんですけど……私ね、ちょうど夏休みの中間レポートの提出もあったので、彼が 〝家に来い〟 って言ったのを断ったんです。そしたらパッタリ連絡が来なくなって……」

隆二が顔をしかめる。

「それ、めちゃめちゃ怒ってるパターンじゃない？　あれ？　でも……まてよ？　っていうか、そもそもすっぽかしたのは彼氏の方だよね？　怒るのはおかしくない？」

「まあそうですね。でも、連絡が途絶えるのなんてしょっちゅうなんで……私も気にしてないっていうか。今までも、こんな事は何度もありましたけど、しばらくして会っても、別に怒ってもなくて……」

「そうなの？　最近の若いヤツの恋愛はわかんないからな……みんなそんなにドライなわけ？」

隆二はカウンターに両ひじをついてかがむと、指を組んだ上にあごをのせて話す。

「いえ、友達の話を聞いてると、みんなそんなこともなくて……」

「友達は？　彼氏と頻繁に会ったりしてるって？」

「はい。その友達カップルはよくデートもしてるし、ほぼ毎日 連絡取りあってたりとか」

「まぁ君らぐらいの年齢だったら、それが普通だろうな。ねぇ葉月ちゃん、差し出がましいようだけど、うまくいってるの？」

「ん……うまくいってるもなにも。そもそも会ってないんで」

隆二は静かに体を起こしてトールグラスを取り出すと、新しいカクテルを作って差し出した。

「まあ俺が口出すことじゃないけどさ、葉月ちゃんは今のままで満足なのかな？」

そう聞かれて葉月は返答に困る。

ただ間違いないのは、決して満足な訳じゃないと心が示していることだけだった。

葉月はおもろにスマホを出すと、何かを打ち始めた。

「ん？　どうした？」

「ああ……今、『エタボ』の野音ライブに行ってくるって、彼にメッセージを送りました」

「え、今？」

「はい。これでOKです」

そう言いながらも伏し目がちな彼女に、何らかの感情を察する。

少し静かになった葉月をちらりと見ながら、隆二はトーンをあげて話し出した。

「さぁさぁ、しんみりしないで！　楽しいことが待ってるんだからさ、飲もう！」

そう言って、自分も三杯目のビールを注いだ。

「リュウジさんがライブに出る時はここのお店、どうするんですか？　まさか閉めたりしないでしょ？」

「もちろん。助っ人を呼ぶんだ。君が今日会ったうちのバスケチームメンバーの晃（アキラ）、わかる？」

「ああ『Kc.White』が好きそうな、シューティングガードの？」

「そうそう！　凄いな、よくわかったね！」

「ええ。プレイスタイルを見たら、好きなプレイヤーが誰かは、大体分かっちゃうんです」

隆二は関心したように首を振る。

「ホント、NBA詳しいよね！」

「ええ。大好きなので、よく観てるんです」

「葉月ちゃんは誰が好きなの？」

「もちろん『ST.Jonson』ですよ。シューティングガードがメインだけど、スモールフォワードやポイントガードも出来るじゃないですか？　カッコ良すぎですよね？！」

「なんだ！　俺と一緒じゃん」

「ええ。私も意外とミーハーなので」

隆二が眉をしかめる。

「おいおい、それって何気（なにげ）に俺がミーハーだってディスってるよね？」

「あ、ごめんなさい」

隆二はまた空（くう）を仰いだ。

「……だ・か・ら！　そこで謝ったら、すべて認めてることになるんだって！　気を付けてよね！」

「ああ、すみません」

「また謝る……まぁ、でもまさか、この店で女の子相手にNBAの話が出来るとは思わなかったな。ここもスポーツバーに転身するか？」

「じゃあ、この辺りに巨大スクリーンが要りますね！」

「おお？　乗って来るねぇ！　俺も去年は『NBAファイナル』を観にアメリカに行ったんだけどさ、その時に現地のスポーツバーを回ったんだけど、あれには刺激を受けたなぁ」

「え！　六月の？　『ウォリアーズ』が優勝した時？」

「うん、そう」

「すごーい！　生（ナマ）で観たんですね！　いいなぁ。凄い迫力なんでしょうね！」

「ああ、もうショーアップステージ観てるみたいな感じだったよ。迫力も魅せ方もサイコーでさ！」

「いつか私も行きたい！」

「ホントだな、また行けたら……」

〝君と一緒に行きたい〟と言いかけて、隆二は慌てて声を止めた。

「あーあ、今日はホントによく笑った。君といたら時間忘れちゃうな。楽しいよ」

葉月は恥ずかしそうに少し俯く。

「そんなこと言ってもらったことないです」

「え？　なんで？　今日ファミレスでも言われてたじゃんか」

葉月はあのファミレスでの、過保護な扱いを思い出して笑った。

「あ、そっか！　私、すっかり甘やかされちゃたんでしたっけ？」

「いいのいいの、女の子はそれぐらいで」

「いいんでしょうか？　ダメな女になりませんか？」

「あはは！　ダメな女だって！？　どんな定義だよ！　まぁ君なら、いくらちやほやされたってダメな女にはならないんじゃないか？」

「確かに、そんなに勘違いしないタイプだとは思いますけど」

「ふーん、謙虚だね」

葉月はにっこりしながら、両手でトールグラスを包む。

「よし！　それじゃあ、日程会議をしよう！」

「日程会議？」

「ああ。“旅のしおり”は作ってあげられないけど、スケジュールは大まかに言っとかないとね！　俺は次の木曜日からリハーサルで呼ばれてるんだ。当日は午後からだから、朝イチ出発でも間に合う。木曜日からの予定は大丈夫？」

「はい、特に何もないので」

「そっか。じゃあ出発日は木曜ってことで！　そこから三日間リハ、厳密に言うとリハと自主練だな。宿泊施設にスタジオも完備してるから、最初の方はこもるかもしれない。あんまり相手はしてあげられないかもしれないけど、仕事頑張ってね。そして四日目が本番だ」

「想像するだけでワクワクしますね！」

葉月なにこにこしながらカウンターに身を乗り出す。

「ワクワクはそれだけじゃないぞ！　本番が終わったら盛大な打ち上げがあるんだ。いつもメンバー含め大所帯で壮絶に飲むから、翌日もなかなか酒が抜けなくて、みんな車で帰れないからもう一泊する、ナンテ事もあるくらいなんだけど……」

「壮絶に……ですか……」

「まあ、みんな酒強いしね。ああでも、葉月ちゃんが付き合うことはないからね！　適度に楽しんでくれればいいから」

「なんだか未知の世界……」

「あはは、そう思うよね。それより、俺らがリハーサルしてる間、葉月ちゃんがヒマじゃないか心配だなぁ。そりゃめちゃめちゃ観光地だからさぁ、行ける所はいっぱいあるにはあるけど……一人じゃつまんないでしょ」

隆二は再び、かがんでカウンターに肘をつく。

「いえ、私、全然大丈夫です。一人でどこでも行けちゃうタイプなので」

「へぇ、若いのに渋いね。まあ俺も休憩時間は付き合ってあげられるから、それなりに楽しんでよ。あと、リハーサルも見てていいから」

葉月は恐れおののく。

「ええっ！　本当にそんなことしていいんですか？」

「そりゃスタッフだからね」

「……だったら、一日中そこにいてお手伝いします！」

葉月の顔がうっとりとほころんだ。

「あーっ！　今、俺じゃなくて柊馬（トーマ）さんを見て過ごす想像をしただろ！？」

葉月は笑みを浮かべたままだ。

「おいおい！　否定しねぇのかよ！」

隆二は額に手をやりながら、背中を向けた。

「全く！　女子って生き物はホントにゲンキンだよなぁ？！」

そう言って膨れっ面で四杯目のビールを入れる隆二を、葉月は微笑みながら見つめていた。

第８話　

『Where Does She Belong?』　ー終ー