第1話

統合暦10年4月2日15時56分(グリニッジ標準)

月・ラグランジュポイントL1中間宙域

地球連合宇宙軍(ENCF)第4艦隊 機動兵器母艦ノルマンディー格納庫


「ルクスの野郎はどこだぁ!?」

「ここにいますが。」

 格納庫の端にある休憩所に、おやっさんこと整備班長がぶちギレながら入ってきた。

「てめぇ・・・出撃の度に壊しやがって!予備パーツもてめぇのせいで枯渇しかかってんだ!」

「・・・。」

 事実なので何も言えない。

「しかも、射撃戦してるはずなのに、何で装甲に切り傷があるんだよ!?」

「無駄だよおやっさん。ルクスは何言っても近接格闘しかしねぇんだ。」

 上官が敵に回った。隊長、あんただけは信じてたのに!

「はぁ!?近接格闘って・・・射撃向きの機体で何やってんだぁ!」

 そう。今乗っている機体は高感度センサーや高倍率カメラアイといった装備が充実しており、100mm以上の口径を持つ狙撃砲での中長距離射撃戦向け機体のM03ハンターで、近距離射撃なら頭部に備えられた30mmガトリング砲で(かろうじて)こなせるが、近接格闘を想定して作られていない。その為、格闘用の武装など搭載している筈もなく。

「基本は殴る蹴る。たまにタックルと頭突きです。」

「戦い方を聞いてんじゃねえんだよ!二度とお前の機体は整備してやらん!」

「なっ・・・。」

 ノルマンディーにおけるおやっさんの「整備してやらん」は、艦からの追放を意味している。曰く、機体を労らないパイロットはクズ(意訳)だそうだ。ついでに言えば、俺は前にいた艦からも追放された。

「いやいやいや!そんな殺生な!」

「ア゛ァン゛・・・?」

「す、すんませんでした。」

「分かったらさっさと荷物纏めて出てけ。艦長には俺から伝える。」

「はい・・・。」

 はぁ・・・どっかに近接戦闘しかできない機体ねぇかなぁ・・・。

 そんなことを考えながら、休憩所を出た。


同17時01分

ラグランジュポイントL1近傍宙域

ENCFアベンエズラ基地直属 大型巡洋艦アタランテ


 事務仕事をしていると、ノックもなくパイロットスーツを身に付けたままのテストパイロットが大股で入ってきた。顔は鬼の形相だった。

「お、お疲れ様です。」

「お疲れ様じゃねぇ!あんなじゃじゃ馬二度と乗ってやるもんか!俺は降りる!」

 私は、今日もテストパイロットに怒鳴られる。

「命がいくつあっても足りやしない!俺はあんたら技術屋のモルモットじゃねぇんだよ!」

 フルフェイスのヘルメットを床に叩きつけ、部屋を出ていった。

 一人になり、先程まで隠していた物が口と目から溢れる。

「・・・分かっています。これまでの機体と全てが違うことくらい。」

 加速性能、旋回性能、機動の際にパイロットに降りかかる力。機動性の限界を目指した機体は、パイロットの肉体にも刃となって襲いかかることくらい。

(どこかに耐えられる人、いないかなぁ・・・。)

 涙を浮かべながら、都合の良いことを考えていた。

「そんなことより・・・どうしよう・・・次のパイロット・・・。」

 その時、艦内通話用の電話が鳴った。

「はい、渚です。」

『お嬢様、次のパイロットが見つかりました。』

「・・・そうですか。その人は今どこに?」

『地球静止軌道のステーションにいるようです。』

「・・・分かりました。明後日こちらに呼んでください。」

『御意。』

 次の人はどうなるんだろうか・・・?次ダメだったら計画凍結と予算停止の申請しよう。


同4月4日10:21(グリニッジ標準)

地球静止軌道上ステーション「アリア」ラウンジ


 ノルマンディーを(強制的に)退艦させられた俺はアリアでの待機命令を受領。これまで戦闘漬けだったのもあり、暇な時間を過ごしていた。今はラウンジのソファーに深く座り、頭を抱え、自分のこれからを考えていた。

「はぁ・・・どうしよっかなぁ・・・これから。」

 現在の最前線がラグランジュポイントL2とその周辺。最前線でないとはいえ、けっこう近い宙域にいる訳で、ここで退役するわけにもいかないよなぁ。

 自分のことで悩むのは久しぶりで、なかなか考えも纏まらない。

「ルクス・ゲートランド准尉ですね?」

 後ろから声を掛けられた。男ではない。若い女の声だ。

「そうですが何か。」

「なら良かった。」

 そう言うと、髪を後頭部で結んだ女性軍人が俺の正面にやって来た。

「私は第1試験機動兵器小隊所属、マリー・ジロンド少尉です。あなたにはパイロットとして、私と一緒に来ていただきます。」

「生憎、今は休業中でね。他を当たってください。」

 今も頭の中は彼女が言った事以外の選択肢で一杯だった。やっぱり軍隊に入るんじゃなかっt

「近接戦闘特化機が用意されています。実験機ですが。」「行きます。」

 即答だった。いや、即答してしまった。

 その後、俺は発着場に連れていかれ、連絡艇に押し込められたのだった。


同11:25(グリニッジ標準)

月上空

大型巡洋艦アタランテ格納庫


「おいおいおい・・・何だよあの巨砲は・・・こいつ巡洋艦だよな?」

 先程、カタパルトデッキの露見していない―――装甲板で覆われている―――アタランテとすれ違った時に目に入った、艦首方向上面に連装2基4門搭載されている主砲は巨砲と称するのが相応しい艦砲だった。巡洋艦の主砲としてはかなり、というかとてもデカい。

「試製410mm荷電粒子砲CpC-X1ヴァーミリオンです。現在建造中のグナイゼナウ級打撃戦艦やセーパット級高速戦艦に搭載予定の物の試作品です。」

 戦艦クラスの主砲じゃないですかやだー。

「へー。それじゃ、こいつはさしずめ試験艦ですね。」

「艦の類別は大型巡洋艦ですが。そして、あれがあなたに乗っていただく機体です。」

 格納庫の一郭にその機体はいた。ほっそりとした外見に腰部には大型の剣が2本マウントされ、丸みのある、というより丸みの多い特徴的な頭部には固定武装用の開口部―――M03ハンターを含め、これまでの機種には頭部にガトリング砲を備える―――が無い。カメラアイは同盟のモノアイタイプでも、これまでの機体の様なバイザータイプでもない。まるで人間の目のように、2つに別れていた。両肩の端にはブースターと思わしきユニットがついている。

「こちらがMHW-X1スサノヲです。」

「成る程。確かに近接戦闘しか出来なさそうだ。」

 自然と口の端を持ち上がる。顔にはこれ以上出てない(と思う、いや思いたい)が、心の中は飛び上がりそうな程に喜んでいる。

 連絡艇からずっと一緒にいるの彼女は、突然右手を上に挙げ、揃えた指をスサノヲの正面に掛けられた橋―――有重力下でのMHWへの搭乗と平時のMHWの固定に使う物―――の上に座り込む白い塊を指す。

「そしてあちらがスサノヲの主任設計者、清華院 渚お嬢様です。」

「マリー、帰ったのですね!その方が?」

 ジロンド少尉の声を聞き付けたのか、立ち上がってこちらに振り向き、降りてくる。居住区にある(と思われる)重力発生装置の力が格納庫に及んでいるはずもなく、ゆっくりと、まさに飛ぶように降りてくる。

「ええ。」

「初めまして。ルクス・ゲートランド准尉です。」

 そして目の前に着地する。案外背が小さい。俺は172cmちょうどだから、160かそこらだと思う。

「よろしくお願いします、ゲートランド准尉。ナギサ・セイカイン技術少尉です。」

 天使の微笑みながら、手を差し出してきた。待って、可愛い。

「ルクス准尉で構いません。」

 手を握り返す。

 うぉっ!?技官とは思えないくらいに手が柔らかい!しかも肌触り(?)めっちゃいい!すべすべしてる!

「ルクス准尉?どうかされましたか?」

 手を握ったまま、清華院少尉が小首を傾げ、ジロンド少尉は絶対零度の視線を送ってくる。

「い、いえ!何も!」

 慌てて手を放す。あぶねぇ、殺される所だった。

「そ、それで何をすればいいんです?」

「じゃあ立ち話も難ですし、ブリーフィングルームに行きましょう。どこか開いている所はありますか?」

「第4ブリーフィングルームが開いています。そこでやりましょう。ルクス准尉、ついてきてください。」


同11:35

第4ブリーフィングルーム


「準備が出来たので、始めます。」

 清華院少尉が前に立ち、スクリーンを立ち上げる。SHIというロゴの後、写ったのは先程見た機体の青図(設計図の事)と写真だった。

「これが、私が本社及び開発局から指示を受けて開発したMHW-X1です。先程見たと思われます。」

「はい。で、アレはどういった機体なんですか?」

『どういった機体』とは、どのような目的で作られたか?ということだ。例えば、一昨日まで乗り回していたM03ロングシューターであれば、長中距離での砲撃をもって、敵を排除する。またM03よりも前の機種であるM01ビギニングであれば、実用実験機も兼ね、射撃と格闘の両立を意図していた。結局、格闘はパイロットの個人技能に頼らざるをえず、M03のように射撃に特化していくことになる。

 閑話休題。

「まずは、機動性の限界を目指したものです。あとは、そうですね・・・強いて言うなら、近距離戦闘及び格闘による敵MHWの駆逐・・・といったところ、ですかね?」

「なるほど。」

「そのため、スサノヲはこれまでの機体と一線を画する性能を持ちます。ジェネレーター出力、バーニア推力も桁違いです。」

 現行機のM03との比較表が表示された。全高などの一部の数値を除いて、確かに桁が1つ大きい。

「機動性を追及するために両肩端部にフレキシブル・ブースターを搭載し、装甲は必要最低限に留めた結果、推力比は」

 と、こんな感じで語ること30分。

「あの、結局何をすればいいんですか?」

 しびれを切らした俺は、話が一段落ついた所でそう聞いた。

「准尉にやっていただくのは、標準搭載時での機動性試験です。具体的には76mm自動砲と振動剣を積んで飛んでいただきます。」


同16:25

艦内食堂


 クラッカーの破裂音と色とりどりの紙テープが舞うなか、そこにいる大勢の将兵が声を合わせた。

「「「「ルクス准尉、アタランテにようこそ!」」」」

「・・・。」

 頭の処理が追い付かない。

「えっと・・・これは?」

「ルクス准尉の歓迎会です。」

 人垣の中から一際背の低い女性士官が出てきた。肩と襟の階級章は大佐、すなわちこの艦の長だ。左胸の名札には安曇野 雅とある。

「艦長のミヤビ・アズミノです。これからよろしくお願いします。」

「ルクス・ゲートランド准尉です。こちらこそお願いします。安曇野艦長。」

「今日はあなたの着任記念です。存分に食べて、飲んでください。ただし、羽目は外さないように。」

 その証拠に、長机には大量の瓶―――主にビールとジュース―――と大量の料理、紙コップと紙皿が並び、壁には輪飾りがつけられ、有機ELの大型スクリーンにはポップ調の字で『アタランテへようこそ!』と表示されている。軍艦だよなここ。

 歓迎してくれるのは個人的にも嬉しい。が、だからって、私物整理中にバラクラバで自室に押し入り、拉致するかの如く連れ出すのはどうかと思う。

「了解しました。」

「ゲートランド准尉の了承が取れました。では皆さん、コップを手に。」

 了承が取れなかったらやらないつもりだったのだろうか。

 各々コップを手に取り、ジロンド少尉を始めとする何人かによって、それに八分目まで飲み物が注がれる。

「僭越ながら、私、安曇野 雅が乾杯の音頭をとらせていただきます。ゲートランド准尉の着任を祝って、乾杯。」

「「「「「「乾杯!」」」」」」


同21:30

ラグランジュポイントL2 第2コロニー群第3地区「サザンクロス」宙域

同盟軍第一特務艦隊 旗艦ノーチラス

隔離区画


「放せッ!放せって言ってんだろ!」

「大人しく入れ!」

 そう言って兵士は赤い髪―――赤と言うよりも朱か紅、形容するなら炎―――の少女を檻の中に放り込む。

 少女は尻から落ち、軽く涙を浮かべる。

「イッテ!乙女の尻は大事なんだぞ!って、おいコラ!聞いてんのか!」

 その抗議を鮮やかにスルーし、兵士は立ち去った。

「姉さん・・・大丈夫?」

 蒼の髪を持つ少女―――赤髪の少女の妹―――が聞く。

「私は大丈夫・・・それよりウィンは?」

「寝てるわ・・・あの喧騒の中で寝続けられるのは正直凄いと思う。」

「・・・まだ、まだ時間じゃない。」

「ええ。まだ時間じゃない。でも受け入れてくれるかしら?私たちみたいなのを。」

「受け入れてくれるさ。奴らだって色んな情報が欲しいはず。」

「それに、賭けるしかないわね。」

 赤髪の少女は、檻の中にある蛇口を捻り、手に水を取って頭からかけたあと、薄暗い中で獰猛に笑う。

「一泡吹かせる準備は出来てる。」

「ええ。」

「さーて、寝よ寝よ。」

 赤髪の少女はそのまま床に横になる。先ほどの荒さとは裏腹に、穏やかな寝息をたて始める。

「毛布くらい被りなさいよまったく。ふわ~・・・。」

 蒼髪の少女も隣に並ぶ様に横になった。隔離区画に3人分の寝息が、淡く響く。

 彼女達の脱走計画は密かに、そして着実に進んでいた。

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The Darkness Sea of Frozen(執筆停止中) 磯風とユキカゼ @isokaze

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