10 季節外れの転校生はなんとなく事件の匂いを薫らせるものなのです

明くる日。

連続でサボる訳にもいかないので私たちはいつものごとく三人で登校した。


昨晩は流石に真夜中の散歩には出かけなかったので、目覚めもぱっちり良好で有栖ちゃんを待たせることもなく余裕を持って学校にやって来る事が出来た。


教室に入るなり、何人かの生徒が学校を休んだことを気に掛けてくれた。

みんな少し心配そうにしてくれていたのでちょっぴり嬉しかったが、サボって遊びに出掛けていたことを思うと胸がちくりとした。


暫くはあまりサボらないようにしよう。


「それじゃあみんな席に着け~」


担任教師の一言で、ざわざわと騒いでいた生徒たちがそそくさと席に着く。


「突然だけど、転校生を紹介するぞ~」


教壇に立つ担任は、少し気怠そうに手を叩く。


転校生という単語に、教室中が賑やかになる。

担任の言うとおり、それは突然の勧告であり、転校生がやって来るなんていう話はこれまで誰も聞いていなかったはずだ。


新学年が始まってまだ一ヶ月弱しか経っていないこの季節に転校生が現れるということはあまりないだろう。

もしかしたらこれこそ、コメットちゃんの言っていたような世界に起きている異変の一つかもしれない。

思わずそんな風に私は身構えてしまう。


「おーい、入ってきていいぞ~」


担任の間の抜けた呼びかけにより、教室の扉がゆっくりと開かれる。


十分に開かれた扉をくぐって、一人の少女が入ってくる。


そこに現れたのは、浮き世離れした風貌の少女。

私たちと同じ制服に身を包んではいるが、銀色の長い髪が彼女の異質さを物語っている。

幼い顔つきの青い瞳は、少し眠たげに周囲を見渡していて。


そう、それは……。


「はじめまして。私は峯崎コメットなのです。どうぞよろしくお願いします」


徹頭徹尾紛うことなきコメットちゃんだった。

ちゃっかり峯崎とか名乗ってる。


一体これは何事なのだ?


「そういう訳だ。新しい級友として仲良くしてやってくれ。苗字からも分かるように、峯崎詩葉の親戚らしい。詩葉、面倒みてやってくれな」


「は、はい」


何故コメットちゃんが転校生として現れたのか、今すぐにそう問いただしたくなる気持ちを抑えて平静を装い笑顔で返答する。


教室の生徒たちは、私とコメットちゃんを交互に見つめながら、不思議そうな顔だったり訝しげな顔をしていたが、想像するにきっと私たちが全く似ていないことを疑問に思っているのだろう。


そりゃあ似ていないさ、全くもって血のつながりなんて無いんだもの。


「一番後ろの空いてる席、丁度、詩葉の隣だな。そこに座ってくれ」


「はい、わかりましたのです」


担任に促されるまま、コメットちゃんは私の隣にある空席へとやってくる。

私の方を見つめる彼女の瞳は、ドッキリに成功した時のような喜色を湛えていて、驚いている私の様子をどうやら彼女は楽しんでいる様子だった。


「ちょっとコメットちゃん、これどういうことなの?」


私は小声でコメットちゃんに問いかける。


想像だにしていなかった状況に、なんとも裏返った声を発してしまう。


「あとで説明するのです」


コメットちゃんはしたり顔でそう答える。

今は他の生徒もいることだし、話せないということだろう。


「じゃあ、授業始めるぞ~」


一通りの連絡事項を話し終えた担任は、そのまま彼女の受け持つ授業を始める。


私はコメットちゃんが突然転校生として現れたことの衝撃が収まらず、暫く授業に集中出来ずにいた。

何となくそわそわして居心地が悪く、担任の説明も上の空だ。


隣に座るコメットちゃんの様子をちらちらと窺うと、彼女はちゃっかり教科書とノートを開いており、真面目に授業に取り組んでいた。

人間の教育を受けたことがないはずの彼女だが、すらすらと板書をしているあたり、観測者であり調停者である不思議パワーみたいなものでどうにかしているのか。


そもそも、教科書やノートなど、一体いつの間に彼女は準備をしていたのか。

昨日の朝、制服に一瞬で着替えたように、彼女の改変能力のようなものでぱぱっと作り出してしまったのだろうか。

戸籍すら持っていないはずのコメットちゃんがこんな風に平然と学校に通えてしまうのも、その辺りの力が関係しているのかもしれない。


色々と便利だなぁ。



お昼休み。

コメットちゃんの席の周りには人だかりが出来ていた。


季節外れの転校生であり、その風貌も浮き世離れしていて、さらに私の親戚であるということから、生徒たちの興味を引いたのだろう。

矢継ぎ早に生徒たちは色んなことをコメットちゃんに質問している様子だった。


当のコメットちゃん本人は、つつがなくそれらの質問に答えていた。

その姿は結構上手くやるもんだなぁと関心さえするものだった。


「ごめんなさい、そろそろ。詩葉と話したいことがあるのです」


生徒たちの質問攻撃が一段落した頃、コメットちゃんはにこやかに席を立ち上がると、


「詩葉、行くのです」


私の手を握り、教室の外へと出るように促した。


「う、うん、わかったよ」


コメットちゃんに引かれるまま教室を後にする。


私たちが向かったのは、人気の無い屋上。

初春の暖かい日差しが真上から降り注ぐ中、お弁当を食べながらコメットちゃんの話を伺うことにする。


「学校というものは様々な人間の見本市のようなものなのです。たくさんの思想や価値観を持った人間がいてとても興味深いのです」


コメットちゃんはスティック状のお菓子のようなものをもぐもぐと食んでいる。

これが昨日言っていた固形食糧というやつだろう。


「学校にはたくさんの人間がいるわけですから自然、色々な噂や情報が集まってくるものなのです。その中には、世界で起こっている異変や改変などの情報も紛れているかもしれません」


固形食糧を一本食べ終わるとまたべつのそれを取り出して彼女はもぐもぐとし始める。

やっぱりコメットちゃんの食欲というものには目を見張るものがある。


「そんな訳で、私が直接学校に潜入してそれらの情報収集をしようということなのです。別に、詩葉たちが学校に行ってしまって暇だったとか寂しかったわけではないのですよ。実地で得た情報には特別な質感があるものですからね」


きっとコメットちゃんは暇だったんだろうし、寂しかったのだろう。

必死にそれらしいことを言ってるが、結局は学校というものに通ってみたかっただけなのかもしれない。

何となくそういう雰囲気を彼女の言葉尻からひしひしと感じた。


なんとも可愛い子である。


「とりあえずコメットちゃんが学校に来た訳はなんとなくわかったよ。それで、これからどうするの?」


そもそも、学校で情報収集をしようというのは、私たちの中で決められたことだった。

昨日は色々とあって学校を休んでしまったし、今日からは次第にそれらを始めていこうと思っている。

だが、生徒たちに色々と物事を尋ねると言ってもなかなか簡単にはいくものではないだろう。


転校してきたばかりの生徒のコメットちゃんより、それまで同じ時間を過ごしてきた私の方がスムーズに物事を進められるような気がする(というかそう思いたい)し、結局のところ今すぐコメットちゃんに出来ることは余り多くないだろう。


「ふふふ、私を舐めて貰っては困るのですよ」


コメットちゃんは似合わない不敵な笑みを浮かべている。

なにか考えを持ち合わせているのだろうか。


「もう既に、幾つかの情報を得ているのです」


いつの間にそんな情報を聞きだしたのか、コメットちゃんの手の中には生徒たちから得たという噂の類いを書き記したメモが握られていた。


「はえ~。コメットちゃん手が早いねぇ」


「こういうのはスピードが命なのです」


ちょっと誇らしげに胸を反らしてコメットちゃんは言う。


「それで、どんな情報が集まったの?」


果たしてコメットちゃんが集めたという情報は一体どんなものであるのか。

少し好奇心がくすぐられる。


「まずはこれなのです……うちのクラスには一人、ずっと学校に来ていない生徒がいる」


「ああ、そうだね。確かにここ最近ずっと休んでいる子がいる」


その生徒とはお昼休みや行事の時に時々話したりする仲だったが、もともと口数少なく悪言い方をするなら塞ぎがちな女の子だった。


「坂上さんのことでしょ。でも、なんというか、あんまり身体も丈夫じゃないみたいなことを聞いているし、異変とかじゃなくて単純にお休みしてるだけなんじゃないかな?」


悲しいことではあるが、生徒が学校に来られなくなってしまうということは特別珍しいことではない。

病気がちな子が長期間休んでしまうということも儘あることだ。

坂上さんの場合は特別いじめられていただとかいう話も聞かなかったし、そんな様子も見られなかったから、単純に身体の調子が余り良くないだけな気がする。


「詩葉の言うとおり体調不良で休んでいるだけなのかもしれませんが、一応気に掛けておく必要はあると思うのです。何が妖しいかはまだわかりませんからね」


二つ目はと、コメットちゃんは再びメモを読み上げる。


「百合と噂される生徒がいるが、どうやら彼女は双子の姉だけじゃなく幼馴染みの下級生とも淫靡な関係があるらしい。とっかえひっかえ寝ているようだ」


「それ、異変でも何でもないね!次行こう!」


完全に私のことっぽいけど、そんな事実は存在しない。

というか私、そんな風に見られているのか……本当に気をつけなきゃ。


その後もコメットちゃんから語られるものは、取るに足りない噂に過ぎないものや、なんてことない面白エピソードばかり。


「これが最後なのです……街の外れの丘にある大きな屋敷には、最近吸血鬼が住み着き、夜な夜な処女の生き血を啜りに現れるらしい」


コメットちゃんから語られた最後の情報もまた、信じるに足らない都市伝説のようなものだった。


「吸血鬼ねぇ。ほんとにいたら面白いけど、まずそんなことはないだろうね」


結局コメットちゃんの集めた情報からの収穫はゼロらしかった。


「今回はダメだったけど、コメットちゃんの行動力には驚かされたよ。この調子でいけばすぐに有力な情報に出会えるかもしれないね」


私はコメットちゃんを励ます気持ちでそう言った。


しかし、コメットちゃんは、


「吸血鬼、いるかもしれないのですよ」


至極真面目な表情でそう言ってのけた。


「まさか。だって、吸血鬼は物語の中の怪物だよ?ほんとにいるなんてことはないと思うけど」


真実は小説より奇なりとは言うが、小説の中から怪物が出てきたなんて試しはない。

あくまで創作物は創作物だ。

現実に干渉することなんてできるはずもない。


「人の紡ぎ出す物語には、時折真実が紛れているのです」


「そりゃあ吸血鬼のモチーフになったような人や動物はいたのかもしれないよ。でも、吸血鬼そのものが実在するなんてことはないでしょ」


マーシー・ブラウンという女性が吸血鬼のモチーフになった人物だとか、吸血コウモリの存在だとか、吸血鬼に紐付けされる人や動物は確かに存在する。

だがそれはあくまで実在する人であり、動物である。

物語に紛れている事実にファンタジーは介在しない。


「そもそも、吸血鬼というものは、別の世界には存在するのですよ」


「どういうこと?吸血鬼が別の世界に存在する?」


「詩葉のいるこの世界は、数多存在する平行世界の一つに過ぎないという話はしましたね?」


「うん。パラレルワールドみたいなことでしょ」


SF小説なんかでよく題材にされるような設定。

そんな法則に基づいて世界は構成されているという。

それが世界の成り立ちだとコメットちゃんは語っていた。


「その平行世界の中には、吸血鬼などの怪物が平然と闊歩する世界も確かに存在するのですよ」


「物語の中の化け物が本当にいる小説やアニメみたいな世界があるっていうこと?」


「そういうことです。平行世界同士というのは稀に重なり合うことがあるのです。その時、お互いの世界の存在が片方の世界に干渉してしまうことも極めて稀にですがあります」


無限に存在する平行世界同士が重なりあうことでお互いの世界の存在が干渉し合うことがある……。

本当にSF小説のような話だ。


「そのようにして巡り会った、大昔の人が見た別世界の存在が、今日に伝わる怪奇伝説や怪異の類いとなっているということも往々にしてあるのですよ」


「つまり、吸血鬼もそんな風にしてたまたまこの世界に来ているかもしれないっていうこと?」


「はい、その通りなのです。例の彗星の影響によって平行世界同士が繋がりやすくなっている今なら、異世界から吸血鬼というものがやって来ている可能性だって十分にあるということです」


私は思わず言葉を失ってしまう。


異世界からの来訪者がこの世界にやって来ている。

この世界に存在していない筈の怪異が、日常のすぐ傍に迫っているかもしれないという現実。


私の穏やかな日常が突然にその色を変える。

唐突に現れた怪異に全てを台無しにされるかもしれない。


想像しただけで寒気がする。


そんな恐怖がすぐそこにあるかもしれないということ。

今私たちが直面している問題は猛毒の危険を孕んでいる。


「怖がらなくてもいいのですよ。こういう時のために私がいるのです。私の傍にいる詩葉や美歌子、有栖のことはどんなことがあっても守ります。それにこの学校の人たちも、街の人たちも、誰も危ない目には遭わせないのです」


コメットちゃんの言葉には、不思議な安心感があった。


「ですから私は、丘の上にあるという屋敷に一度行ってみたいのです。何もなければそれだけで安心出来ますし、何かあれば私の力でぱぱっと解決なのです」


一見幼く見えるコメットちゃんが、何故だかとても頼り強く思える。

彼女が人間を超越した存在であるということを改めて感じた。


「うん、わかったよ。ようやく面白くなってきたね!私たちの力で吸血鬼なんてやっつけちゃおうよ!」


さっきまでの不安な気持ちが、好奇心へとどんどん変わっていく。


コメットちゃんを信じると決めたのだ。

こんな状況さえも楽しまなくては損だろう。


「丘の上の屋敷って言ったらこの街にそんな目立つところ一つしかないし、なんとなく場所はわかると思うから私に任せてよ!」


「ええ、案内をお願いしますです」


コメットちゃんは満面の笑みでそう言った。


昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえる。


眠い昼下がりも、少しのスリルのおかげで何だか冒険のような気持ちになる。


本当に吸血鬼なんてものが今この街に存在しているのだろうか?

事実はまだわからないがもしそれが本当なのだとしたら、どうにかしてコメットちゃんと一緒に事の解決にあたりたい。


私の日常を怪異なんてものに壊される訳にはいかないのだ。

私の変わらない退屈な幸せは、誰の手にも汚させない。


何故だかとても、放課後が待ち遠しい。


…私はそんな非日常に、とても、浮き足だっていたのだ。


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