3 幼馴染み
「それじゃあ、行きましょうか」
朝の身支度を一通り終えた私たちは、通学鞄を肩にかけ、登校の準備を終える。
姉妹揃って通学することが常であり、私たちは毎日学校までの道程をいつも共にする。
そこにもう一人、加わる人物がいるのだが。
「きっと有栖ちゃんももう待っててくれてるだろうしね」
「ちょっと待たせ過ぎちゃったかもしれないわね」
玄関の扉を開けるとそこには案の定。
「遅かったじゃない詩葉」
黒髪をツインテールにまとめた、つり目の女の子が私たちと同じ制服に身を包んで立っていた。
「みか姉も、おはよう。良い朝ね」
私とお姉ちゃんで露骨に態度を変えるその女の子は、私たち姉妹の幼馴染みにして一つ年下の女の子(年下なのに私のことは呼び捨てにする)、名前を入栖有栖(いりすありす)ちゃんと言う。
「有栖ちゃん、今日も待っててくれてありがとうね」
「べ、べつに、待ってたわけじゃないっていうか、一人で学校行くのがなんか嫌なだけよ」
有栖ちゃんは今朝もわかりやすいツンデレで少し頬を赤らめている。
ふりふり揺れるツインテールが可愛い。
私たちの住んでいるマンションの隣の部屋に、彼女、有栖ちゃんたち一家は暮らしている。
彼女たち家族は、姉妹二人で暮らす私たちのことをよく気に掛けてくれて、何かあった時にはいつも頼りにさせて貰っている愛すべき隣人だ。
時々作りすぎた料理をお裾分けにと持ってきてくれるが、最近その頻度が少し増えているのは有栖ちゃんがお料理の勉強をしているから…というのには気付かないふりをしている。
有栖ちゃんがこうして家の前で待っていてくれるのはもうずっと小学生の頃からであり、一緒に登校することが当たり前のようになっている。
昨年、私たち姉妹が一足先に高校に入学してしまった時は別々の登校路に有栖ちゃんも少し寂しそうにしていたが、今年の春からは彼女も同じ高校に通うことになり、また一緒に同じ道を歩いて行くことが日常になった。
「きりきり行きましょ。もうそんなに時間に余裕ないんだから」
有栖ちゃんは鞄からスマホを取り出し時間を確認して、
「どうせ今日もまた詩葉が寝坊したんでしょ。全く高校生にもなって恥ずかしい限りだわ」
「へへへ、面目ない。でもそんなこと言ってきちんと待っててくれてる有栖ちゃんが大好きだよ」
「ふ、ふん。大好きとか、べつに嬉しくないし」
またツンデレしてる有栖ちゃんがやっぱり可愛い。
抱きしめたくなる。
「ねえ、うたちゃん、お姉ちゃんにも大好きって言って?」
「はいはい、お姉ちゃんも大好き大好き」
「わ~い、お姉ちゃんもうたちゃんがだ~~~~~~いすき!」
「まったく、この姉妹は朝から」
「私たち相思相愛だもんね、うたちゃん」
「いやいや、そこまでじゃないけど」
「ないの!?」
学校までの道程。
もうすっかり葉桜になった街路樹の道を歩きながら、他愛もない会話を繰り広げる。
それはいつも通りの朝の景色で、私にとってこれ以上ない幸福の形なのだ。
「有栖ちゃんはもう高校には慣れたかしら?」
お姉ちゃんは少し心配そうに尋ねる。
私たち三人はずっと一緒に過ごしてきたからこそ、お姉ちゃんにとっては有栖ちゃんも私同様妹のようなものなのかもしれない。
年長者として有栖ちゃんがうまくやっていけてるのか気になるのだろう。
「ええ、みか姉。概ね順調にやってるつもりよ。友達も何人か出来たし、勉強の方も別段問題ないわ」
「ほんと、有栖ちゃんは可愛くて勉強も出来る自慢の幼馴染みだよ」
「本当にそうね。でも有栖ちゃんならもっと偏差値の高い高校に通えたんじゃないかしら?今まで聞いてこなかったけど、どうしてうちの高校にしたの?」
私たちの通う高校はバリバリの進学校という訳ではなく、そこそこ緩い感じの平均的な学力の学校だ。
昔からお勉強がよく出来た有栖ちゃんならもっと良い高校に進学することも出来たのではないかと思うが、どうやら私たちの高校が彼女の第一志望だったらしい。
「確かにもう少し偏差値の良い高校にチャレンジしてみてもよかったかもしれないけど」
有栖ちゃんはちょっと気恥ずかしそうに、
「ふ、二人が通う高校だったから、そのね。また一緒に通いたいなって思って」
そう言ってもじもじと赤面する。
「有栖ちゃんまじ天使」
有栖ちゃんの可愛さとか嬉しさとか何か色々な感情が交じって思わずそんなことを呟いてしまう私。
「なに馬鹿なこと言ってんのよこの詩葉は」
「だってだって有栖ちゃんすごく可愛いんだもん!私たちと一緒の高校に通いたいって思ってくれてたなんて幼馴染み冥利に尽きるよ!」
「そりゃあ、これまでずっと一緒だったんだからまた一緒がいいじゃない!私くらいになると何処の高校に通ったって同じだし!」
「自信たっぷりな有栖ちゃんも可愛いよぉ」
「うるさいうるさい~!」
照れ隠しにぷんすこと頬を膨らます有栖ちゃんはまるで小動物みたいで見てるだけでとっても癒やされる。
ああ、ありがとう神様、有栖ちゃんと幼馴染みにさせてくれて。
「ところで、有栖ちゃんは、お星様に願い事をするとしたらどんなお願い事をする?」
お姉ちゃんにもした質問を有栖ちゃんにもしてみる。
彼女ならどんなふうに答えてくれるのだろう。
「お星様?何よ突然。詩葉の頭の中は前からメルヘンだと思ってたけどついにメルヘンが限界突破したの?」
「そんなにメルヘンじゃないよ!昨日の夜、綺麗な彗星を見たからさ。有栖ちゃんは星に願いをかけるならどんなお願いごとをするのかと思って」
「そもそも、彗星と流れ星なんて全然違うじゃない」
「うん、それはお姉ちゃんとも議論したけどまあまあ置いといて。気楽にいこー」
「星に願い事ねぇ。馬鹿らしい」
有栖ちゃんは胸を反らし腰に手を当て、
「願い事なんて自分で叶えるものよ。他人にも、ましてやお星様なんかに叶えさせるものじゃないわ。自分の手で掴むものよ」
堂々とそう言ってのけた。
「なるほどねぇ、そういう考え方もあるか」
「有栖ちゃんは格好良いのね。お姉ちゃん関心しちゃった」
私たち姉妹は有栖ちゃんの堂に入った物言いになんだか自然と納得してしまった。
彼女なら願いを自分で手にするくらいやってのける。
幼い頃から見てきた彼女は確かにそういう芯の強い子だった。
「それに、願い事って口に出したらダメってよく言うじゃない。どんなに小さな願いだって、胸の奥にきちんと大切にしまっておかないと、知らない間に消えてなくなっちゃう。そういうものじゃない?」
有栖ちゃんはどんな願い事を胸に秘めているのか、ますます気になったけど、それをしつこく聞くのも無粋なような気がした。
「だから私は星にお願い事なんてしないわ。私の願いは私だけのものだもの」
そう言って豪快に笑ってみせる有栖ちゃん。
きっと彼女は彼女だけの願い事をいつも胸の中に秘めているのだろう。
それがどんなものであろうと、彼女の願いがいつか叶うといい。
友人として、幼馴染みとして、そのためならなんだって協力してあげたいと思う気持ちが、もしかしたら親愛というのかもしれない。
「私は有栖ちゃんのこと応援してるからね」
「なによ、別に詩葉に応援されなくたっていいわよ」
「ええ~、お姉ちゃん、有栖ちゃんが冷たいよ~~~」
「まあまあうたちゃん、お姉ちゃんの胸の中で泣いてもいいのよ。そのまま泣き疲れて眠りにつくうたちゃんを膝枕して頭をなでなでしてあげたい」
「それは遠慮しておくね」
そんなことを話しているうちに、あっという間に私たちの通う高校の校門が見えてきた。
住宅街の一角に建てられた、そこそこの敷地面積を誇る我らが学舎。
それぞれの用途に適した校舎が幾つかあるが、そのうちの主に学習に使われる棟へと歩を進める。
キンコンと予鈴が鳴る中、校門前に立っている生徒指導の先生と挨拶を交わし、たくさんの生徒が昇降口へ向かって歩いて行く。
「それじゃあ、放課後またね」
「あんまり待たせないでよね」
有栖ちゃんと帰りの約束を取り付け、各々のクラスへと向かう。
賑やかに始まった今日という一日が、お互いにとって素敵なものになればいい。
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