君と不死鳥
中村あさ
第1話 6年前、リアとセダのこと
僕らは、孤児だった。
気づいたら、本当にいつのまにか一緒にいるようになって、僕の日常は前より少し賑やかで、愉快になった。
彼女の名前はリア。
リアノードにある教会の前に捨てられていたから、リア。
たぶん、同じ年。
天気雨が好きで、雷が嫌いな女の子。
「セダ!きたよー!!」
そう言って彼女は毎日、雨の日だって教会から僕の働く小さな商店にやってきた。
この商店は、3歳の時親に捨てられてからずっとお世話になっているところで、給料が少ないかわりに寝床を提供してもらっていた。
「リア!?この時間、牧師さんからお説教受ける時間じゃないの!?」
「しっつれいな!私にだってお粗相がない日はあるのー!」
リアは少し怒ったように頬を膨らませた。
「あっ!パキアおばさんこんにちは〜!!」
「おう、リアかい。今日は珍しくお粗相しなかったんだね、」
「みんなそれ言う!私そんなに怒られてるかなあ…?」
彼女は今度はがっくりと肩を落とす。
「冗談だよ、でもお粗相がないのはいいことだ。えらかったねえ。」
「えへへ〜!」
今度は僕の商店の女将、パキアさんに頭を撫でられ、リアはだらしなく顔を緩めた。
リア。明るくて、感情豊かな女の子。
僕はリアが好きだった。
彼女が来ると、僕は空腹やら貧乏やら不安やら…そういう不幸なことを全部忘れて幸福に満たされてしまった。
僕は彼女が好きだった。
自分が彼女を世界一幸せにしてあげるんだ、なんてそんなことをガキのくせして本気で考えていた。
…そのためには金がいる。
それだけしか分からなかったが、それだけはしっかりと理解しているつもりだった。
だから僕はがむしゃらに、寝る間も惜しんで働いた。
「ねえ、ゼダ?最近お仕事増やしてるって、オバさんに聞いたんだけど、急にどうしたの…?」
そんなある日、リアは僕のことを心配そうに覗き込んだ。
…リアだけには言わないでって頼んだのに、パキアさん…。
「それに私にだけは言わないでってどういうことなの!?」
思わず大恩あるパキアさんにため息やら悪態をつきそうになって、がんばって抑える。
「なにその苦そうな顔ー!」
リアは楽しそうにケラケラと笑った。
「私ね、これでも心配してるんだよ?セダが身体壊しちゃったりしないかって…。」
リアはだんだんと悲しそうな顔になった。
「大丈夫だよ、僕身体だけは何故だか人一倍丈夫だし…。」
「うーん…。」
納得していなそうな顔。
「夢が出来たんだ…。そのためだったらなんでもやりたいってくらいでっかいやつ。そのためには金が必要なんだよ。」
彼女は今度は急に嬉しそうに目を輝かせた。
「え、え?ほんと!?夢、のため…。そっかー。そしたら頑張らなきゃだね…!どんな夢!?」
全く、相変わらず感情の起伏が激しい…。
嬉しそうな彼女を見るのは嬉しかったが、
さすがの当時の僕にも「君を幸せにするため」、だなんて歯の浮くようなことを打ち明けられる勇気はなかった。
「え、えーと…うん、秘密!まだ、秘密!」
「えー!パキアおばさんがすんごくニヤニヤしてたからすっごーく気になってたのに、残念!」
「…!?」
僕はその3日ほど前にパキアさんの質問攻めにあい、理由も打ち明けてしまっていたのだった。
いくら話好きとはいえパキアさん、限度があるぞ…。
「ま、いいや!まだってことはさ、いつかは教えてくれるんでしょ?」
そう言って彼女は少し意地悪っぽく微笑んで見せた。
うん、いつかは、必ず。
ー必ず。
結果として、その「いつか」は思っていたよりずっと早くきた。
それから少し経ったある春の日のことだ。
「セダ、セダ!!」
その朝、新聞と一緒に王都から届いた重々しい封筒の中身を握りしめて、パキアさんは少し震えていた。
「…?」
どうしたというのだろうか、王都といわれて思い出したものといえば、数週間前にやってきた旅商人が、そういえばそこからきたと言っていたな、というくらいのものだったが。
…皆さま方揃いも揃って利発そうで、商売に対して過ぎると思われる程に貪欲だった。
商売になる可能性があるといってはそこらの草花を取ってきて質問攻めにされ、少々うんざりしたことがまだ記憶に新しい。
もしかしてその時に何か粗相をしたのだろうか、だとしたら…
「…ダ!セダ!!聞いてる!?」
パキアさんの声で僕は急に現実に引き戻された。
「…へ?」
「だから、あなた、王都で働けることになったのよ!!もう明日の朝には迎えがいらっしゃるって!」
パキアさんは本当に嬉しそうで、僕はただただ驚いて、それが僕にとってどんなことなのか、あまり考えられなかった。
ー
なんせ話好きのパキアさんのことだから、その日のうちにそのことは町中に広がった。
「セダっ!!王都に行っちゃうって、本当!?」
昼過ぎ、息を切らして飛び込んできたリアが見たこともないほどに複雑な表情をしていたことを、今でも鮮明に覚えている。
「ちょっと、行こう…?」
ー
市場は、いつもと違う色をしていた。
教会の鐘はいつもより不思議な音を奏でていた。
彼女の声は、いつもより少しだけ、重く響いている気がした。
ー
一日中街を歩き回って、最後にはリアの教会についた。
しばらくの静寂のその後、遠慮気味に口を開く。
「リア、この前うちの店に王都から旅商人がきたのは知ってるよね?」
「うん。」
「その人たちが僕の薬草の知識を買ってくれてたみたいなんだ。それで、今度王都でこの辺の草花を薬草かなんかとして売りはじめるんで来ないかって。」
草花の知識は、役に立つからと幼い頃からパキアさんに仕込んでもらったものだった。
「お金、今よりたくさんもらえるようになるんでしょ?セダが行っちゃうのは寂しいけど…セダの夢、近くなるね!それは、私もすっごくうれしいよ…!」
リアはそう言って悲しそうに笑った。
今、伝えなきゃ。
そんなリアを見て、強く思った。
「セダ、頑張り過ぎるなよ!」
伝えなきゃ。
今すぐ伝えなきゃ、絶対後悔すると思った。
「リア、僕…君が好き、だ!」
最後、思った時にはもう声がでていた。
思いの外声が出た、とか急だったかな、とかそういういろんな感情が瞬間的に僕の頭の中を何度も何度も駆け巡った。
「…へ?」
リアは豆鉄砲でも食らったかのような顔になり、力が抜けたようにこくんと首を傾げる。
「…この前秘密って言った、僕の夢…あれ、リアを世界一幸せにするってことなんだ、」
耳の先まで熱くなり、心臓がバクバクいって声は上ずった。
リアの顔も一周遅れでみるみる赤くなっていく。
「ど…どしたの、急に…」
「…向こうに行ったら、言えなく、なるから。リア、僕の夢、応援…してくれる?」
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「…バカ。当たり前だよ、バカ。セダのバカ、笑ってお別れしようと、思ってたのに。」
リアの頬を伝っていくつもの雫が茶色のスカートに吸い込まれていった。
「わ、たし、も…好き、大好きセダ。セダ、と!ずっと、一緒にいたいって、思う!セダが王都にいっちゃったら、もう、会えないと思って、怖かった!だから、だからきっと帰ってきてね、私を忘れないでね!早く帰ってこないと私、いなくなっちゃうんだから!」
最初絞り出すように、ひとつひとつ確かめるように紡がれた言葉は、最後には叫びになって、僕の胸に深く、突き刺さるように、いつまでもいつまでも響いた。
周りではいつのまにか、気持ちのいい快晴を背景に、空に薄い雨がキラキラと輝きながら舞っていた。
ー
「…天気雨だ」
彼女はそう言って涙を拭った。
ー
僕たち、12歳の春だった。
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