第8章 文化祭・終焉編
第121話 絶対に破れない締め切りが、ここにはある!
福島での西城家と藤野家への訪問を終えて、一足先に俺は都内へと戻ってきた。
いつもと変わらない大学生活を送りつつ、西城さんの帰りを待つ間は、西城さんに頼まれた編集作業をするべく、サークル活動に熱を入れていた。
編集を一から先輩に教わり、試行錯誤しながら映像を繋げていく。
にしても……改めて自分の顔をまじまじと見ながら編集作業するのって、恥ずかしすぎて顔から火が出そう。
PCの画面越しで見る自分を、見れば見るほど『うわっ、この表情はないわ』とか、『演技へったくそだな』とか、自暴自棄な感想が漏れ出てしまう。
羞恥心を何とか捨てきり、俺は心を無にして編集作業へ没頭していった。
◇
編集作業は、授業後から夕方まで毎日行った。
その後、藤野の家に向かい、家庭教師活動も並行して再開した。
藤野も一旦都内の家で受験勉強に注力することとなり、今は懸命に実践問題の復習や、苦手分野の克服に時間を費やしている。
正直、頭の中は家族の動向が気になり、勉強どころではないと思う。
しかし、彼女は心配するそぶりを見せることなく、勉強に集中していた。
もしかしたら藤野も、俺と同じように、余計な心配をしないよう、何か他のことに力を入れることで、西城さんの事についてあえて考えないようにしているのかもしれない。
慌ただしく日々を過ごしているうちに、一週間が経過した。
『絶対に守りきらなければならない締め切りが、ここにはあるんです!』
文化祭まであと二日と迫る中、俺は目の下に大きな隈を作りつつも、部室で編集作業を黙々と進めていた。
大まかなストーリー構成は既に済んでおり、後は細かい音の調整や、明るさ補正なども終えた。
しかし、ここで映像以外の部分で大きな山場を迎えていた。
俺は、部室のデスクトップPCの前の机に、魂が抜けたような顔で突っ伏していた。
「何のサウンド挿入すればいいのか全く分からねぇ……」
ドラマや映画において音楽やサウンドというのは、演出上最も有効に使える魔法のような武器。
場面にマッチする音楽が嵌れば、その場面をさらに引き立ててくれる。
逆に言えば、場に合わないような曲を挿入してしまったら、見劣りするものが完成してしまう。
元々、『ちょっぴりシリアス展開ありの家族をテーマにした壮大な恋愛ドラマ』なんて見たことがない俺にとっては、無理難題にも近い作業だった。
先輩たちも授業やらバイトに勤しんでおり、生憎部室に今日は俺一人。
アドバイスを貰いたいにももらえない。
だが、今日中にある程度場面ごとの音楽を決めておかないと、明日の最終チェックで細かい修正や補正をする時間が無くなってしまう。
それを踏まえて、なんとしても今日中に終わらせておかなくてはならない、厄介なものだった。
ポケェーっと上を向いて途方に暮れていると、部室の扉がコンコンとノックされた。
「はい……」
俺が声を上げると、部室の扉がゆっくり開かれる。
ドアの隙間から顔を現したのは、意外な人物だった。
「やっほー……やおやお」
「津賀……」
「私もいるよ!! 編集の進捗どうかなぁと思って様子見に来た!」
津賀と浜屋は、元気な様子でズカズカと部室に上がり込んできた。
そして、興味深々と言った感じで尋ねてくる。
「どうよ、進捗具合は?」
その眼差しから俺は目を逸らして、どこか遠くを見つめた。
「あぁ……もうだめかもしれん」
「えぇ!? ちょっと、大丈夫!?」
「あははっ……これは見に来て正解だったみたいね」
二人はおもむろに俺の編集している机の前までやってきて、デスクトップPCの画面をのぞき込む。
「なんかよくわかんないけど、結構できてるんじゃないのこれ?」
「そうね……見たところは問題なさそうに見えるけど……」
「それが問題大ありなんだな……」
身体を丸めて、ため息まじりに俺が答えると、二人がキョトンと首を傾げる。
「どの辺がヤバそうなの?」
「音楽」
「音楽?」
「挿入曲で悩んでいるのね」
「そうそう」
浜屋はおおよそのことを察してくれたようだが、津賀はきょとんと首を傾げている。
「一応西城さんには、イメージ共有して選定はしてもらったんだけど、どの場面にどの音楽入れればいいか全くわからなくて……」
俺が答えると、状況を理解した津賀が当たり前のように言ってくる。
「へっ? そんなの、いい感じの奴適当にばばーっていれちゃえばいいんじゃないの?」
「それが出来れば苦労しないんだよなぁー」
残念ながら、俺に曲選定のセンスはない。
すると、津賀がとんと胸元に手を当てて言ってくる。
「なら、私手伝ってあげるよ! こういうの結構自信あるし」
「マジで? すげぇ助かるわ……」
「仕方ないわね。乗り掛かった舟だわ。私も手伝ってあげる」
ふっとため息まじりに、浜屋の手伝いの意志を表明してくれる。
「二人ともありがと……助かる」
俺がぺこりと頭を下げると、なんてことないように二人は言う。
「別に、こういうのはお互い様でしょ!」
「羽山くんばかりに任せっきりなのも申し訳ないし、少しは役に立てれば何よりよ」
俺はもう一度姿勢を正して気合を入れ直して、突如現れた救世主たちと共に、最後の仕上げへと取り掛かった。
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