第82話 浜屋莉乃の告白

翌日、俺は幹部の人たちに、演者をやるのべを伝えた。


幹部の方たちも、俺がやることになり、ほっと胸を撫でおろして安堵の表情を浮かべていた。その後、撮影の主要メンバーが集まるグループに招待された。中には、津賀や浜屋も入っている。これで、今後日程決めや打ち合わせ、稽古などを経て、本格的に撮影が始まっていくのだろう。


夏合宿二日目は、ホテルの人にマイクロバスで送迎をしてもらい、ホテルから少し離れたところにある体育館でスポーツ大会が行われた。


えっ……なんで文科系のサークルなのに運動するの?


疑問に思ったが、どうやら大学生という生き物は、どうにもこういったイベントごとを楽しもうという部分は共通しているらしく、最初はかったるそうにしていた連中れらも、気が付けば楽しそうな笑顔を振りまきながら身体を動かしていた。まあ、文化系のサークルの場合、どうしても元運動部の人たちは運動が出来るので手加減したとしても必然的に目立ってしまう。

俺も例外ではなく、バレーボールやバスケの球技種目には、『一年生は若いから』という理由でスタメン。いや、貴方たちは昨日飲みすぎた二日酔いのせいで動けないだけですよね?

そんなことを思いながらも、気が付けば俺もこのイベントを楽しみ、笑顔が出るようになっていた。


そして、一年生の中で特に目立っていたのは津賀だった。

持ち前の運動神経を武器に、華麗なドリブル裁きから何本もレイアップシュートを決め、先輩たちからも一目置かれていた。


一方の西城さんはというと……


運動に関しては、かなり難ありのようで、必死にボールを追いかけまわしてはいたが、ついて行くのが精一杯。やっとボールが自分に回ってきたとしても、うろちょろとした後、適当投げシュートを連発していた。

ま、まあ、人の魅力が運動だけで決まるとは限らないからね?


そして、もう一人、野方莉乃こと、浜屋莉乃は、中々の運動能力を秘めている感じはしたが、息切れする前にすぐに他のメンバーと交代を告げ。あとは外から傍観者として眺めて応援する時間が多かった。

ほら、一応芸能関係の仕事してるし、こんなお遊びで怪我でもして、本業に支障が出ちゃったら困るもんね。


そんなことを観察しながら、時間はあっという間に過ぎていき……


気が付けば、空は夕焼け空に染まり、辺りは猛暑茹だる暑さから、心地よい風が触を吹き抜けていくほどまで気温は下がっていた。


旅館に戻り、皆速攻でシャワーを浴びて、温泉に浸かり、夕食を済ませた後は、一度自由時間を挟み、再び宴会場に集まって、最後の夜の飲み会が行われた。


どうして大学生って、事あるごとに飲みたがるのだろうか?


大人という世界に仲間入りが出来た高揚感から? それとも、お酒を嗜むのは大人としての必須条件だとでも思っているのだろうか?


どちらも違う。これは社会に行く前の練習なのだ。社会人になれば、事あるごとに新年会や忘年会、新人歓迎会、退職祝いなど事あるごとに飲み会の席が設けられるので、大学生のうちにお酒の場の雰囲気というものを学習するために、大学生は飲み会の席を設けてお酒を飲むのだ。まあ、結局はみんな酔いたいだけなんだが……


酔いが回り、次々とテンションが上がっていく、先輩たちを見ながら、若干引きつったような表情でその様子を遠目に眺めていた。もちろん未成年なので、俺はオレンジジュース。お酒は二十歳になってからだぞ! 


西城さんや津賀達は、スポーツ大会で仲良くなった女性人たちと一緒に、その輪の中で楽しんでいる。西城さんも、昨日と違って随分と愛想がいい。まあ、一つ俺たちの関係性が変化の兆しが見えたってこともあるのだろうけど、積極的に他の人たちに絡もうと必死だった。

だが、その心配は無用で、脚本会で見事に作品が選ばれた大エースという肩書きが貼られたので、皆が西城さんの元へ自然と集まってきて、質問攻めにあっていた。


そんな光景を微笑ましく眺めていると、ふと視界の端からこちらへと近づいてくる影が見えた。


「こんなところにひっそり座って何してるの?」


浜屋莉乃は、お酒の入った紙コップを持ちながら陽気な感じでやってきた。


「別に、ただお酒の席のテンションについて行けないだけですよ」


そう答えると、浜屋はよいしょっと声を出しながら、俺の隣に腰かけた。

浜屋は、俺の方を見てニコっと微笑んだ後、紙コップに入ったお酒をあおる。

そして、ふぅっとため息に見たと息を吐いて、視線を皆がわいわいしている方へと向けた。


「主役、やることにしたんだね」


浜屋が気さくな感じで聞いてきた。


「まあな」

「美月ちゃん、喜んでたんじゃない?」

「どうですかね?」


俺がそう言うと、浜屋はふふっと笑みをこぼす。


「まあ、私も羽山とこうして共演できてよかったなぁとか思ってるし、素直に喜びなって!」

「なんでお前が喜んでるんだよ……」

「えぇ? ダメなの?」

「いや、ダメではないけど……」


浜屋が嬉しそうに本音を言ってくるのは、正直意外だった。お酒の力で、口元が緩くなっているのだろうか。


「でも、私は羽山と一緒にいると、楽しいなって感じてるよ? もちろん、感謝しきれないくらい色々してもらったし」


俺といて楽しいなんて、高校時代の俺達には、想像もつかなかったであろう。

まさかこうして浜屋莉乃と再会して、同じサークルで一緒に活動しているとは、夢にも思っていないのだろう。


「……ありがとうね、羽山」


唐突に浜屋にお礼を言われた。


「何が?」


尋ねると、浜屋はどこか愁いのある表情で口を開いた。


「高校の時、私に告白してくれてありがとう」


その言葉を聞いて、俺は一瞬胸がドキっとしてしまった。

再開してから、一度もお互いに干渉することのなかった話題。俺たちがずっと尾を引いていたかもしれない関係性。それに、浜屋の方から踏み込んできて、さらにはお礼まで言われた。


驚愕の表情を浮かべている俺をよそに、浜屋は懐かしむように話を続ける。


「私さ、あの時不眠症で結構苦しんでてさ、全然学校も行けなくて、登校日数がこのままだと足らないから進学できないって面談で言われててさ。それで、文化祭を最後に思い出を作って中退するって決めてたの。そしたら、その最後の打ち上げて羽山に告白されて……まあ、あの頃は羽山の事、あんまり知らなかったし断っちゃったけど、今だから思うんだ。あの時、羽山から告白されたのが、私の青春だったんだなって」

「……」


俺は黙って浜屋を見つけていることしか出来なかった。まさか、浜屋が胸の内にそんな思いを秘めていたなんて、思いもよらなかった。

浜屋は、はっと俺の方に振り返り、気恥ずかしそうに頬を染めながらも、ぽそっと口を開く。


「だから、あの時も、今も……羽山には感謝してる」


その笑顔は、何処か懐かしいような感じがして、何処か彼女の決意のようなものも見て取れた。

そして、浜屋はそのまま俺の肩に手を置いて、そこに額を置いた。


「ありがと、羽山」


そう一言いい終えて、顔も手も俺の肩から離すと、切り替えるように立ち上がる。


「よしっ! 言いたいこと言ったし、この話終わり!」

「お、おう……」


浜屋は、俺を見下ろして、ニコっと一度微笑んでから、もう一度、飲み会の輪の中へと入っていった。


浜屋は言った。告白してくれてありがとうと。

俺は思っていた。浜屋は俺の告白が嫌だったと。

だけど、全然そんなことはなくて、浜屋から感謝の意まで述べられて……

俺の高校時代の青春は、少なくとも間違っていなかったのだなということが、身に染みて感じることが出来た。


今日、この時をして初めて、俺は浜屋莉乃という存在の呪縛から解き放たれ、過去にとらわれずに自分の足で歩んでいくことができ、浜屋莉乃への告白の柵を終わらせることが出来た。そんな気がした。

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