第72話 夏休み、休みなし
翌日、俺は帰り道、新幹線の窓から車窓をぼおっと眺めていた。
思い出してしまうのは、昨日の西城さんとばったり遭遇してしまった、昨日のコンビニでの出来事。
西城さんが見せた悲壮感漂う、物寂しそうな去り際の表情が、何度も頭の中でフラッシュバックする。
「やおやおさ……」
「ん?」
そんな時、隣に座っている津賀にふと声を掛けられて、車内へと顔を戻す。
津賀は、スマートフォンをタップしたまま、ぼそっと言い放った。
「美月ちと何かあった?」
深刻そうな口調の津賀に対して、俺は出来るだけ明るく答える。
「いや、なんもねぇよ」
「そう……それならいいんだけど」
それ以上言及する様子もなく、津賀はポチポチとスマートフォンを操作し続けている。
津賀が他に何も話してこないと分かった俺は、再び車窓へと顔を向けた。
西城さんとの関係性が拗れに拗れてしまい、もう修復できる感じはしない。
けれど、何故だろう。この諦めのつかないむしゃくしゃする気持ちは……
どうして西城さんのことを思うと、こんなに心が痛むのだろうか。
もし……もしこの感情が何かしら西城さんに好意的なものを持った上でのものだとしたら。それは、何も生むことが出来ない、最悪な感情である。
◇
「ただいま~」
津賀と東京駅で別れ、電車を乗り継いでようやく家に帰ってきた。
2週間ぶりの実家は、どこか安らぎを覚え、安心感を俺に与えてくれる。疲れた様子でリビングへ入ると、ソファで寝っ転がっている我が癒しの妹弥生が、嬉しそうに立ち上がった。
「お兄ちゃん! おかえり!!」
そして、そのまま抱きついてきた我が妹を盛大に抱きしめる。
「おわっと……弥生どうした?」
普段帰って来て、こうして俺の元に抱き付きに来るような妹ではないはずなのに……
しばらく様子を伺っていると、俺の胸元でスリスリと頬ずりをしていた我が妹は、満足そうに顔を離した。
「うん! お兄ちゃんの匂いのままだ!」
「何わけの分からないこと言ってんだよ」
俺は弥生を軽くあしらって、弥生を引き離そうとするが、弥生は背中に回している腕に力を入れて、俺から一歩も離れようとしない。
「や、弥生?」
いつもと様子が違う弥生を訝しんでいると、弥生がポソっと呟いた。
「寂しかった……」
その言葉を聞いて、俺は目が覚めたように弥生をぎゅっと抱きしめ返した。
兄妹だって、2週間も家にいないと、普段はいるのが当たり前なだけに意識しないが、寂しさを感じるもののようだ。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「おかえり」
「うん、ただいま」
俺はポンポンと弥生の頭を撫でてやる。
えへへっ……っと嬉しそうな声を上げる弥生。
俺もつい頬が緩んでしまう。だが、そんなほっこりとした雰囲気を突き刺すような風が吹く。
リビングの扉が開かれて、母親が呆れた表情で俺たちを見つめていた。
「何やってんのあんたたち?」
「お兄ちゃん成分吸収中」
「妹成分吸収中」
そうして、母親の目の前でお構いなしに、抱き合っていると、母親が盛大にため息を吐いた。
「はぁ……感動の久々の再会を称え合っているのはいいけど。弥起は洗濯物出して? 今日中に洗濯するから」
「はーい」
名残惜しむように、俺は弥生に回していた腕を離す。
弥生も、渋々といった感じで背中に回していた腕を離した。だが、その表情はご満悦の様子で……
「はぁ……お兄ちゃん成分吸収」
そんな満足そうな笑みで言われたら、お兄ちゃんブラコンの道に走っちゃう!
そんな弥生の様子を見て、母親が口を開く。
「あんたがいなくて、ずっと寂しそうにしてたから仕方ないけどね」
やっぱり今の時代、妹だな! 俺の妹はこんなに愛らしいわけがない!
俺は、社会人になっても絶対に一人暮らしはしないと心に誓った。
すると、母親が思い出したように口を開く。
「あぁ……そう言えばお父さんが後で話があるって言ってたわ」
「えっ……父さんが?」
帰って来て早々話とはなんだろう?
とても嫌な予感がする。
◇
父さんが会社から帰ってきた後、久しぶりに家族全員で食卓を囲って、免許合宿での出来事を一通り話し終えてた。
「そうか、そうか……」
父親は、ニコニコとしながらご満悦の様子。もしかして、話ってそんなに重要なことじゃないんじゃ……
そんなことを思い始めた矢先のことだ。父親がおもむろに口を開く。
「それじゃあ、弥起にはこれから免許合宿代の元を取ってもらうために、しっかり働いてもらうからなぁ!」
「はい??」
今、なんていった?
働いてもらう? どういうことだってばよ!?
どうやら、俺にのんびりとした夏休み生活を与えてくれる人は、周りに一人もいないようです。
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