第52話 乙中の心中

 週末回って、月曜日。

 朝、LINEを見ると西城さんから連絡が届いていた。

 自宅にも無事にいくことができ、家族ともちゃんと話し合うことが出来たそうだ。

 弟と仲直りした仲睦まじい写真も送ってきてくれた。

 明日の夕方ごろ、帰ってくるとのことだった。



 ◇



 俺は、授業が終わった放課後に、乙中の彼氏尾行計画が失敗に終わったため。この後の一手をどう興じるか作戦会議を行っていた。だが、中々いい案は思いつかずに会議は滞ってしまう。終いには、各々スマホをいじったり、手遊びを初めてみたりしてしまう始末。

 そんな重苦しい空気の中、俺は浜屋を追っていったときに目撃したあの出来事を話すかどうか悩んでいた。


 交差点での分かれ道、俺は浜屋の方を選んでしまった。

 あの時、もしも乙中の彼氏の方へ歩みを進めていたら、今頃進展があったかもしれない。しかし、ただの目撃証拠だ。写真もなければ、俺が見た!っと言える物的証拠が一つもない。


 俺が意を決して口を開こうとした時、先にその重い沈黙を乙中が破る。


「もういいよみんな……」


 その一言で、俺たちの視線が乙中に一気に集中する。


「色々協力してくれてありがと。あとは私一人で何とかするよ」

「いやっ、でも……」

「ここまで協力してきて何もしてあげられないってのも」


 船津と橋岡が申し訳なさそうに言うが、乙中は首を横に振る。


「いいの。いつかはこうなるんじゃないかと思ってたから。私自身、どこか納得いった部分もあるし」


 乙中の表情は、暗いままで、どこか諦めたような顔をしているように見えた。


「ごめんっ」


 そう言い残して、乙中は席を立ちあがり、逃げるように走り去っていってしまった。俺たちはその乙中が去っていく方を、ただ眺めることしか出来ない。

 

 乙中にも、今回の尾行で色々と思う所があったのだろう。だが、その心中は本人のみぞ知る。


 何もしてあげられなかったという不甲斐なさだけが、俺たちの心に残る。


「なにか、出来ないのかな……」


 その空気拭うように言葉を発したのは橋岡だった。

 橋岡は、顎を手の甲に乗せて、真剣な表情で俺たちに語り掛ける。


「俺はさ……乙中さんのこと、ちょっといいなぁ~っとか思ってるからかもしれないけど。あんな悲しい表情を浮かべてる乙中さんを見るのは心が痛む。どうにかして、俺たちに何かできることはないだろうか?」

「……」

「……」


 俺たち3人は考える。

 橋岡の気持ちどうこうは置いておくとして、橋岡が言っていることはもっともだった。

 乙中から受けた相談を最後まで受け持つのは、一種の義務のようにも思えるし。あれ以上乙中を悲しませたくない。だが、乙中があの状態である限りは、正直これ以上相談に乗ってあげることも難しいのではないかと思えてしまう。


 その意見に対して、思案していた船津が自分の意見を述べる。


「確かにそうかもしれないけど、先に乙中の痛んだその心を癒してあげる方が先決だと俺は思う。何や気休め程度でもいいから」


 船津の提案も間違ってはいない。

 乙中と乙中の彼氏の問題自体は、結局のところ本人たちが解決しない限りは、俺たちには手助けやサポートする程度しか出来ない。だとすれば、ベクトルの方向性を変えて、少しでも乙中に楽しんでもらうことがしてあげる方がいいのではないかと、船津は提案しているのだ。


「やおは、どう思う?」


 自然と橋岡と船津の視線は俺へと向けられる。


「俺は……」


 ここで、俺は一間置いて考える。


 橋岡の言うことも、船津の言うことも、どちらも正しい意見だ。

 ただ、俺はあの瞬間がふと頭に蘇る。

 浜屋を追っていた途中の交差点。浜屋を追うか、乙中の彼氏を追うか。

 俺は自分の事情だけを考えて、浜屋を選んでしまった。その後悔が、心の中でわだかまって残っている。だからこそ、俺の意思は橋岡の方の意見に固まっていた。


「俺は、乙中の彼氏問題をどうにかした方がいいと思う。そうじゃないと、ずっと乙中もあのままだし……俺たちに出来ることは少ないかもしれないけど……」


 俺がそう言うと、船津は軽くため息を吐いた。


「そうか……弥起がそういうなら、その方がいいかもな」


 何故俺がこれほどまでに信頼を置かれているのかは分からないが、とにもかくとも俺たちの方針は固まった。だが、当の本人がいなければ……本人の了承が得られなければ、話を進めるにも進められない。結局今日は、これといっていい案が出されることもなく、流れ解散となった。

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