第47話 乙中の相談
俺たちは、乙中の相談を聞くため、食堂へと移動した。
4人かけの机に、俺、橋岡と並び、向かい側に乙中、船津が座って、乙中が話しを切り出すのを待っていた。
重い空気感が張り詰める中、気にする様子もなく、乙中はカチカチをスマホを操作していた。しばらくして、乙中は何かを見つけ出して、俺たちにスマホを見せてきた。
俺たちがその画面をのぞき込むと、そこには白い歯をキラっと輝かせてはにかむ、部活着姿の、いかにも運動できます系イケメンが映っていた。
画面を見終えて、俺たち3人がこいつは誰?っと乙中に視線で問う。
「私の彼氏。今浜大のサッカー部で活躍してる」
「か、彼氏!?」
橋岡が驚いたように声を張り上げる。
「すげぇイケメンだったな」
「そうだな」
一方で、船津と俺は、冷静にその男の第一印象の感想を分析した。
俺たちの知能の低いような反応に、乙中が呆れたようにため息を吐いてから、話を続けた。
「高校の同級生で、彼から告白されて去年の夏くらいから付き合い始めたんだけど、最近様子が変なんだよね」
そこで、また乙中の表情が暗くなる。
「変というのは?」
俺が続きを促すと、乙中は頬杖をついて窓ガラスに付着している水滴を眺めながら呟いた。
「浮気……してるみたいなんだよね」
「お、おう……」
予想をはるかに超えるディープな話が返ってきたため、反応に困ってしまう。
「う……浮気……」
橋岡に関しては、彼氏の画像辺りから話についてこれていない。放心状態といった方が良いだろうか?
「で、でも浮気してるっていう確証はないんだろ?」
俺が少し前向きに物事をとらえようとして質問すると、乙中は首を横に振る。
「見ちゃったんだよね……LINE」
「ま、まじか……」
連絡している物的証拠を見てしまったのであれば、もう確定じゃんこれ。
重苦しい雰囲気が漂う中、乙中はさらに話を続ける。
「でも、まだ浮気かどうかはわからない。『今度一緒に遊ぼう』的なやりとりだけだったし、『好き』とか『愛してるよ』とかそういう直接的なのはなかっから、普通に友達なだけかもしれない。まあ、相手側の方はすごい顔文字とか絵文字とかスタンプとか使いまくってて、完全に狙ってる感じだったけど」
話を切るようにして、乙中が重いため息を吐いた。
「つまりは、浮気かどうかは分からないけど、可能性はゼロではないと?」
「まあ、そんな感じ」
乙中は悲しい表情を浮かべながら、窓ガラスから視線を動かそうとなしない。
さて、ここで訪れてしまった沈黙。どうしようかと船津とアイコンタクトを取る。
船津は俺に顎で指示を出してくる。どうやら、相談に乗ると切り出した奴がなんとかしろということらしい。
「えっと……それで、乙中はその彼氏とどうしたいの?」
俺が尋ねると、乙中は困ったように目を泳がせてから答えた。
「うーん……わかんないや」
「……そうか」
分からないと言われてしまったら、こちらとしても何も行動のしようがない。
別れたいとか、付き合ったまま頑張りたいとか何かしらの目標というか、決意表明くらいはしてほしい。
まあでも、そう言ったからといって、世の中すべて自分の思い通りにいくとは限らない。思うようにうまくいかないのが、人生というものでもある。
それに、相談に乗ると促したのは俺たちの方からだ。多分、乙中自身まだどうしていいのか分かなかったから、あんなに一人で悩んでいたんだろうし。正直、答えが見つからないといったところであろう。
俺がどうしたものかと考えんでいると、沈黙を破るようにして、2限終わりのチャイムが鳴った。
それを皮切りに、船津が口を開く。
「そろそろ昼飯にするか」
「そうだな、午後の授業もあるし」
ようやく正気に戻った橋岡も船津の意見に賛同し、ひとまずは昼食をとることにする。各々自分の鞄から、事前に用意していた昼食を取り出して机の上に置いていく。
気が付けば3人とも、いつでも食べられる状態になっていた。どうやら食堂のご飯を食べるのは俺だけみたいだ。
「おれ、注文してくるわ」
「おう、わかった」
「ん」
そう言い残して、俺は席を立ち、一人食券機の方へと向かった。
今日は何にしようかな?
メニューを見ても、これといって食べたいものはなかったので、こうなった時の最終手段、1000円を入れて適当にボタン同時押しを実行する。
ぽちっと押されたのは、日替わりBランチ……油淋鶏定食だった。
ということは、定食コーナーね。
俺は食券とおつりを手に取り、カウンターへと向かった。
「いらっしゃいませー。って、羽山じゃん!」
そこには、もう見慣れた光景が広がっていた。
「よっ、よろしく」
挨拶と共に、食券をカウンターの上に置いた。
「はいよ」
俺から食券を受け取り、藤野春海は早速準備に取り掛かる。
もう手つきも手慣れたもので、てきぱきと作業を進めていく。
それも相まってか、彼女が背負っていた、鉛のように重い過去の重圧は、そこにはないように見え、雰囲気もどこか軽やかに思える。
彼女自身が、過去を前向きな気持ちで捉えられるようになったことで、それが雰囲気や立ち姿にも表れ始めているようだ。
そこにいるのは、食堂のお姉さんとして、はきはきと仕事をこなして、昔と変わらない愛想を振りまく、藤野春海の姿だった。
「あっ、そうそう羽山!」
俺がそんなことを思っていると、ご飯をよそいながら、藤野春海が思い出したように口を開いた。
「私、大学受験することにした!」
「えっ・・・?」
突然の宣言に思わず変な声が出てしまった。だが、藤野春海は気にした様子もなく、作業を続けながら話を続ける。
「まあ、羽山みたいに鷹大入れるような学力は私にはないけどさ、やっぱり人生一度きりだし、ちゃんとしないとだよね!」
その表情には、これから始まる試練に対して立ち向かっていく強い意志のようなものが感じられた。むしろ、その試練にわくわくすらしているように思える。
「そっか……頑張れよ。俺も出来ることがあれば手伝うからさ」
「うん! ありがとう、期待してる」
「いや、期待はしないでくれ」
「えぇー?」
いやっ、だってねぇ?
受験勉強に関して、俺が出来ることって限られているだろうし……
一番大切なのは、本人の努力の部分が大きいからね。
「まあこの話は、今度するとして……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でもない! はい、お待たせ! 油淋鶏定食セット!」
そう言って、お盆の上に、ライスとサラダ・油淋鶏が乗せられたお皿とみそ汁が載せられた。
「おう、サンキュー」
俺はお盆を受け取って、その場を後にしようとする。
「また今度、LINEするね」
お盆をもって戻ろうとした去り際に、ウインクしながらそう言われてしまった。
俺は視線だけで返事を返して、席へと戻った。
席に戻ると、船津と橋岡が待ってました!
というように先ほどとは打って変わった表情を浮かべて俺を出迎えた。
「おっ、やっと戻ってきた!」
「……なんだよ?」
「乙中さんの彼氏をどうするのか、方針が決まったぞ!」
「えっ!?」
驚いて乙中を振り向くと、ぷいっと視線を逸らされた。
あっ、これは思わずぼそっと独り言を零したら、タイミング悪く聞かれちゃって、話が勝手に膨らんでいったパターンだ。
そんな乙中の気持ちなど気づくはずもなく、船津が高々と宣言した。
「題して! 『尾行大作戦!』」
ぱふぱふぱふという効果音が聞こえてきそうなほどに、オーバーリアクションをして見せる船津と橋岡。ホントこいつら、調子がいい奴らだ。
苦笑いを浮かべながら乙中の方へと視線を移すと、乙中は窓ガラスを眺めながら、「もう勝手すれば……」っと呟いた。
心なしか、乙中の頬は赤く染まっている気がする。まあ、彼女自身なりの感謝の裏返しなのかもしれない。
だがまあ、これである程度の方針が決まったなら、後は綿密な打ち合わせと内容を詰めていくだけだ。
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