第48話 尾行
決行日当日、俺たちは日本で一番有名はわんちゃんの銅像がある場所に集まっていた。
ここは、わんちゃんではなく、ワンチャンが各場所で狙える若者の街。SHIBUYAである。
ここ最近では、youtuberの街頭アンケートの格好の場になっていたり、わんちゃんの目の前にあるスクランブル交差点が、外国人の間で超人気観光スポットと化しており、辺りを見渡しただけでも、多国籍の人たちが入り乱れている。だが、その中でも最も割合を占めているのはもちろん日本人だ。最近では、日本の観光名所に行くと、日本人を探す方が難しいという状況も多々ある中で、流石若者が集まる街、SHIBUYAである。
だが正直、船津はまだしも、俺・橋岡にとってはここにいる若者たちとは、剃りが全く合わない気がしてならない。
SHIBUYAにいる若者というイメージは、流行の最先端に敏感で、ファッション性にあふれているという感じがある。
最近では、ハロウィンのイベントであったりとか、ワールドカップなどで、若者が悪乗りして暴れ出したりとか、そういうイメージが付いてしまっている人もいるかもしれないが、いつでもSHIBUYAは日本の最新の情報を発信し続けて、日々進化している街なのだ。
おそらくここに集まる若者は、その新しいものを取り入れたいと思ってやってくるのだろう。新しいものというのは、偏っていってしまえば、今までの常識を覆すようなこともある。だから、ここでは道理に著しく反しない限りのことであれば、ある程度は何でも許されてしまう街ともいえるのだ。
だから、誰かが横断歩道で暴れ始めれば、最新の流行を求めてやってきた若者たちは、ここではそうしていいのだと謝った認識をしてしまう。そこから、集団心理的にみんなやってれば怖くないという相乗効果が生まれ、あのようなハロウィンやワールドカップのようなカオスな状況が起こるのだ。
他の町で同じようなイベントが行われても、警察が出動してパニック状態になるという光景は、あまり見たことはないだろう。
長々と説明してしまったが、何が言いたいかというと、俺には空気が合わない街であるということだ。
ほら、隣にいる橋岡なんて、人の多さに酔ってしまったのか、心なしか血の気が引いていて顔面蒼白になってるし。
「来た」
そんな風に、SHIBUYAこと、渋谷観察をしていると、ターゲットを見つめていた船津が声を上げる。
その合図とともに、俺たちはチラっと緑の電車の方を眺める。
そこに、ターゲットが現れた。乙中の彼氏は、待ち合わせをしていたと思われる女の子と、仲良さそうに挨拶を交わしている。
乙中が彼氏のLINEのやりとりを盗み見て、待ち合わせ場所と時間を覚えていたので、それを聞いた船津が、乙中の彼氏を尾行することを提案し、今こうして尾行大作戦を決行しているのだ。
俺たちは3人でフォーメーションを組み、乙中を隠すように壁となってわんちゃんの近くにスマホを適当に操作するふりをして立っていた。
乙中さえ気づかれなければ、向こうにとって、俺たち3人は見知らぬ男たち。怪しい行動をとらなければ、尾行だとも気づかれまい。
乙中の彼氏は、背丈が180センチほどあるだろうか?
意外と長身で目立ちやすい。
一方でお相手の女の子の方は、ニコニコと愛想を振る巻いて、ここぞとばかりにアピール記する気満々といった様子で気合が入っているようだ。
見た感じ、年は俺たちと同い年、ないしは高校生くらいかもしれない。
二人は話しながらゆっくりと並んで歩きだし、俺たちの前を通ってスクランブル交差点の方へと向かっていく。
「よしっ。プランXを実行する」
「ラジャ」
船津の掛け声とともに、橋岡が応答する。
ってか、なんだよプランXって……
船津と橋岡が怪しまれないように、2、3メートルほど後ろを尾行する。
二人が壁となり、そのすぐ後ろを俺と乙中が歩いてついていく。
「ご、ごめんな。なんか二人とも探偵みたいに楽しんじゃって……」
「ううん、平気」
乙中は淡泊にそう答えるが、やはり自分の彼氏が他の女の子と仲良さそうに遊んでいる姿を見るのは、多少ショックもあるのだろう。
どうしたらいいのか分からずに、視線を右往左往していた。
そうしているうちにたどり着いたのは、渋谷に着たらまずここでしょ!
と言わんばかりに立っている109『通所マル9』の前で立ち止まって、入ろうとしていた。。
すると、そこで、船津と橋岡の脚が止まった。
「くそっ、あやつやりおる……男子が入りずらい109を選ぶとは……」
「隊長! どうしますか?」
もうすっかり潜入班気取りの二人。
船津はしばし顎に手をやって思案する。
「よしっ、ここからはプランBに作戦を変更する。弥起、頼む!」
いやっ、だからまずプランBってどんな作戦なのかを教えてくれ!
◇
船津のプランBの説明を終えて、俺と乙中がカップルを装って建物内に潜入および尾行。橋岡と船津は、入り口付近で待機。という戦略が練られ、実行される。
俺と乙中は、乙中の彼氏とその女の子が服を選んでいるところを、気づかれない程度の距離を保ちつつ、尾行していた。
「なぁ、乙中。本当にこんなことしてよかったのか?」
俺は乙中に向かって語り掛けるが、乙中からの返事はない。
心配して振り返ると、乙中は俺の問いかけを聞かず、服選びに勤しんでいた。
「っておい! お前話聞いてるのか?」
「これとかどう?」
俺の話を聞くことなく、服を合わせて似合っているかどうか聞いてくる始末。
俺が呆れたようにため息を吐くと、乙中が少し不安そうな表情を浮かべる。
「仕方ないじゃん。こうやって気を紛らわしてないと、余計なこと考えちゃうし……」
乙中は手に持ってた商品をぎゅっと握りしめて俯いてしまう。
そうか、こいつはこいつなりに思う所があるんだろう。
だからこうやって、誤魔化していないと身が持たない。そう言った感じだろう。
それなら、乙中のペースに俺が合わせてやるのが筋というものだ。
「そのぉ……悪かった。その服、似合ってると思うぞ」
俺が頭を掻きながら言うと、その態度が意外だったのか、乙中がキョトンとして俺を見つめる。
次第に、乙中の頬が朱に染まり、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「あ、ありがと……」
全く、これではどちらが浮気しているのかどうかも怪しくなってきてしまうではないか。
俺たちの間に妙な沈黙が流れる。だから、周りの声もよく聞き取れたのかもしれない。
一組の男女の声がこちらに近づいてくるのが聞こえた瞬間、乙中がはっ!と表情をこわばらせた。
「隠れて!」
「へっ!?」
俺は乙中に引っ張られる形でしゃがみこむ。直後、俺たちの前を一組の男女が通り過ぎていく。チラっと横目で見ると、乙中の彼氏と連れの女の子だ。
仲睦まじげに談笑しながら、幸いにも俺たちに気が付くことなく通り過ぎていった。
ふうっと息を吐いて安堵し、立ち上がろうとした時、袖の辺りに引っ掛かりを覚える。
見ると、乙中が俺の袖をぎゅっと力いっぱい掴んで、ふるふると震えていた。心なしか、顔色も悪く青ざめているように見える。
「乙中、大丈夫?」
俺が心配して尋ねると、乙中は震えた身体を懸命に動かして、もう一方の腕を俺の胸元辺りに置いた。
よろけそうになった乙中の身体を、俺は両手で押さえる。
「ごめん……腰抜けちゃってしばらく立てそうにないや……」
乙中は小刻みに震えたまま、座り込んだままだ。
ここは、尾行は一時中断して、乙中の回復に努めた方がよさそうだ。
「大丈夫だよ。ゆっくりでいいから、まずは落ち着くまでゆっくり深呼吸して?」
俺に言われた通りに、乙中は深呼吸を繰り返す。
彼女の身体は細くて、可憐で、でも、どこかすぐに消えてなくなってしまいそうな儚さを感じる。
だから俺は、しばらくその震える乙中の肩を、ぎゅっと掴んだまま離さなかった。
この空気に、雰囲気にのまれて消えてしまわないように……
乙中の彼氏尾行大作戦は、乙中の容体急変により、途中で中断となってしまった。
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