第29話 俺と津賀
あの時、俺は気づいてやれなかったのだ。津賀からのSOSに……
恐らくもう既に津賀一人ではどうすることも出来なかったのだろう。
案の定俺という唯一の防波堤がいなくなったことにより、津賀迫害は、深刻化の一途をたどった。
学校で居場所が無ければ、外に居場所を求めるのが普通の人が考えること、津賀もその例外ではなく、外に居場所を求めたのであろう。
だから、彼女は外に逃げ場を求めた結果として社会人の彼氏持ちだとか、氷のビッチだとか、そう言った異名がつけられてしまったのだろう。
一度悪い噂が流れてしまった人間に関わる者はいない。少なくとも同じクラスというカテゴリーにいる限りは。
何故なら、その人と関わることによって、今度は自分が省かれてしまうのではないかという不安があるからだ。
結局、みんながそうしているから、風の噂でそう言われているからと言って、自分を守るためにそうやって標的を作ってなんとなく有耶無耶のままに時を進めていく。
醜くて、残酷な青春。それが、クラスという集団にいるための手段だから。
だが、その3年間の間に津賀は成長したのだ。少なくとも、見た目だけで恋愛を決めるような軽い女ではなくなった。恋愛というものを大切に扱うようになった。
菊田が津賀のことを逃げ場として使い、へらへらと学校生活を謳歌している間に。
そんなことを考えていると、菊田は再び俺の首に腕を回してきた。
「なあ、羽山よ。こんなクソビッチ放っておいて俺についてこいよ。いい女、いくらでも紹介してやるぜ?」
だから、自分の非を認めずに、ただただ人を見くびるだけ見くびって、自分の都合のいいようにしか解釈しない。自分がこんな女に騙されたんだと被害者面している菊田が何より許せなかった。
「……黙れ」
「あっ? ごふっ!!?」
気が付いた時には俺は菊田の頬を思い切り殴っていた。
「いってぇな! 何すんだテメェ!?」
尻もちをつき、殴られた頬を押さえながら俺を鬼の形相で睨みつける菊田。
俺は倒れている菊田の前に立ち、上から見下すように睨み返した。
「何にも変わってねぇのはテメェの方だ菊田。何被害者面して女を弱い者扱いしてんだテメェは? 元はと言えばお前にも責任があるだろ? こいつのことを一度でも好きになったなら、その責任くらい自分だけで足洗えよ! 何他の奴巻き込んで自分だけいいきになって生きてんだボケぇ。そんなに人の上に立つことが偉いと思ってたら大間違いだぞ?」
俺は菊田の胸ぐらをつかむ。
「いいか? 俺はオメェみたいな奴が一番気にくわないんだよ。何がクソビッチだ? お前だってそのクソビッチ呼ばわりしてる女に一度心を動かされてる身だろうが!」
俺はさらに怒気を強めて見下ろしながらまくしたてる。
「一度好きになった女のこと、ちゃんと見てねぇ証拠じゃねーか。自分のいい通りに解釈して、全部悪いとこを相手に押し付けて、自分逃げ道だけを作ってのうのうと生活する。そうやって好きになった女にも向き合うことが出来ないお前みたいなクソ男はどぶに捨てられたクソ女でも食ってろ!」
俺はドンッ! っと菊田を突き倒して、津賀の方を向いていく。
俺の行動に驚いている津賀の手を掴んだ。津賀の手はふるふると震え、冷たくなっていた。
「行くぞ」
そう言って、俺は津賀と一緒にその場を去っていく。
そのまま、菊田の方を振り返ることもせず、俺はひたすらに歩き続けた。
「ねぇ、やおやお……」
俺の怒りは中々収まらず、次第に歩くペースが速くなっていた。
「やおやお!」
津賀に強い口調で言われて我に返った俺は、バッと手を放して振り返った。
気が付けば、横浜の街を一望できる海っ端の公園まで来ていた。
「ごめんね・・・・・・」
すると、津賀が俯きながらか細い声でそう呟いた。
俺は盛大なため息をついた。
「何が?」
俺がほとぼり冷めぬ少し強めの口調で聞き返すと、津賀が顔を上げる。
その瞬間、俺は一瞬で後悔した。
津賀は、ボロボロと涙を流しながら今にも嗚咽を吐きながら号泣しそうな勢いだった。俺は咄嗟に津賀を慰めようとする。
「あっ、いやっ、これはそのぉ……」
「やお~!!!!」
その瞬間、泣き崩れるようにして津賀は俺の胸元に頭を埋めた。
俺はそれを必死に受け止めて頭を撫でてやる。
「ごめんね・・・・・・辛かったよな」
恐らくこの涙は、俺がいなかった空白の3年間の涙であることは間違いない。
津賀はずっと耐えてきたのだ。苦しみの中にどうしかして逃げ場を探しながら頑張ってきたのだ。
だから、俺は自分がいなくなってしまったことをただずっと謝り続けることしか出来なかった。
◇
しばらくして、津賀がようやく落ち着いたところで、公園のベンチに座って夕焼けの太陽が沈んでいく海の景色をぼおっと眺めていた。
津賀はその間も、俺の肩に頭を置いて甘えてきていた。
「ごめんね、やお」
すると、沈黙を破るように津賀が謝ってきた。
「別に、気にすんな」
「そうじゃないの……」
津賀は俺から離れて、身体を俺の方に向き直る。
「あいつが言ってたこと本当なんだ。だからさ・・・・・・やおやおを幻滅させたかなって」
恐らく津賀が言っているのは、氷のビッチというあだ名をつけられた原因となった年上の社会人の人に逃げ場を作っていたことだろう。
だが、俺はそんなことで幻滅するような男じゃない。一度でも津賀に心動かされたものとしては・・・・・・だから、俺は優しい目で微笑みかけた。
「そんなことない。確かに俺は、高校時代の津賀に何があったのかは知らないけど、それだけで幻滅したりするようなことはしない」
「……そっか」
「おうよ」
俺がそう言うと、津賀は少し恥ずかしそうに視線を逸らして。
「ありがと・・・・・・///」
と呟いた。
俺は菊田に対してあんな怒りを抱いたのであろうか?
他人の出来事なら俺にとっては関係のないことであるはずだ。
だが、そんなの分かりきっていることだ・・・・・・
俺は津賀のことが……
◇
帰り道、やおやおは結局地元の駅まで私を送ってくれた。
「家まで送って行かなくて大丈夫?」
わたしに対して、やおやおは最後まで心配そうに気遣ってくれたが、これ以上やおやおに迷惑を掛けられないと思い、家まで送ってもらうのは断った。
そうして、今は一人で星空を眺めながら線路沿いの道をトコトコと歩いていた。
あぁ……ダメだな私。またやおやおに頼りっきりだ。
大学で再会した時、運命だと思った。これは神様が私に与えてくれた恩恵なのだと。
しかし、現実というのは残酷なもので、やおやおには他に好きな女の子がいた。
私は取り繕って、やおやおの恋を後押ししてあげようと思っていた矢先だったのに……
「どうして、忘れられないのかな……」
気が付いた時には一人でそう呟いていた。
中学時代、お互いに絶妙な距離感を保ったまま、始まらなかった恋。
そこから始まってしまった、私の逃げ場の探しどころ。上っ面の色目使いで、他の男を手玉にとる行為。
「はぁ……ほんと、私って最低な女だ……」
やおやおの恋を応援しなきゃいけないのに、それなのに、心の中でやおやおを取られたくないと思ってしまっている自分がいた。
もし……もしも私が菊田に告白される前に、やおやおが私に告白してくれていたら。私たちは今頃どうなっていたのだろうか。
答えは、すぐに別れていたか、長くは続かずに気まずい関係性になっていたのどちらかだっただろう。今みたいに仲良くとは出来ていない気がする。
だが、今なら……今まで秘めてきた想いを爆発させたらどうなるだろうか?
それは言われなくても、答えはもう出ているようなものだった。
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