第27話 元カレ

 あっという間に迎えた日曜日。

 今日もまた、津賀愛奈のかもとして横浜デートを敢行していた。


 今日の津賀は、特に目的があるわけではないらしく、クインズスクエア内のショッピング街をぶらぶらと周りスルーピータウンを見て回ってから、ワールドポーターズで映画鑑賞をした後、ワールドポーターズ内のイタリアンレストランで遅めのランチを取り終えて、ぶらぶらと観光地名所を散歩していた。


 はたから見たら、やっていることはデートそのものなのだが、俺と津賀の間にそう言った感情は一切ない。どちらかと言えば、仲のいい悪友同士が肩を並べて歩いているといった方がしっくりくる。


「いやぁ、にしてもなんかやおやおとこうして横浜歩いてるとか笑っちゃうね」

「いや、笑うなよ」

「あははっ冗談、冗談。本当は嬉しいよ」

「それは、どうも……」


 素の笑顔で言われたら反応に困る。


「そういえば、やおやおはさ」

「ん?」

「どうして美月ちのことが好きなの?」

「……へ!?」


 驚いたように津賀の方を向くと、津賀は興味津々といったように俺の顔を覗き込んでいた。


「美月ちのどこに惚れたの?」

「そ、それは・・・・・・」


 今度は俺の反応をからかうように押し気味に聞いてくる。完全に津賀のペースに飲み込まれてしまい、答えざる負えない状況に追い込まれた俺は、恥ずかしいの承知で、心から思っていることを口にする。


「まあ、可愛いのはもちろんなんだけど。やっぱりいつも笑顔で明るく振舞ってるところ……とかかな」


 まるで、中学生いや、小学生かよというような動機に、津賀はぶっと噴き出した。



「わ、笑うなよ///」

「いや、ごめんごめん」


 津賀は息を整えてから、ふぅっと吐息を吐いて微笑みを向ける。


「いやぁ・・・…やおやおらしくていいんじゃない?」

「感想雑!」


 聞いておいてそれはないんじゃいないですかね津賀さんよ。


「まあでも……今日くらいは、私の事考えてくれててもいいんじゃない?///」


 そう言いながら、わざとらしく身体をちょこんと肩に寄せてくる津賀。その可愛さに、ドキっとさせられてしまう俺。あぁ……脈が無いって分かってるのに、どうしてこうも簡単に心がざわついてしまうんだろうか・・・…


「なんちゃって! まあ、それは無理なお願いだよね……」


 そう呟いて、津賀は俺の身体から離れた。

 もう少しその温かみを感じていたかったと思ってしまう自分がいる。

 はぁ・・・・・・ホント津賀って罪深い奴。


 そんなことをしている時だった。一人の男の声が俺たちに襲い掛かってきたのは・・・・・・


「あれぇ? もしかして羽山?」


 振り返ると、そこには眩しいほどの金髪で、耳にピアスを光らせ、アロハシャツに白の短パンを履いて、左右に女二人を連れながら蟹股で歩く、いかにも俺が関わりたくないランキング上位に入る男がやってきた。


 まさに大学デビューで両手に華ではっちゃけているというのが正しい表現だろう。

 そんな中学の同級生である菊田翔きくたつばさは、軽々しい調子で俺に声を掛けてきた。


「お前……菊田か!?」

「久しぶりじゃん!元気にしてたかよ~」


 へらへらとした口調で俺の前まで歩いて来た菊田が、バシバシと俺の背中を叩いて再会を勝手に祝福する。


 両サイドにいるいかにもリア充でーす。わたし達はトップカーストの偉い人なんです感醸し出した女たちは、誰?と菊田に尋ねていた。


「中学の同級生。で、同じ部活の戦友よ」


 誰が戦友だボケ。

 お前のせいでこっちとら人生無駄に迂回してんだぞこら?


 こみあげてくる怒りをぐっと堪えつつ、ふと隣を見ると、先ほどまでいたはずの津の姿がない、辺りをキョロキョロと見渡すと、電柱の端で縮こまって、絶対に気づかれまいと他人のふりをするかのように背を向けている津賀の姿があった。

 そりゃそうなるわな。だって、津賀にとって菊田は、再会したくない男ランキング一位の存在であるはずだから。

 菊田は津賀が中学の時に付き合っていた元カレなのだ。


 だが、俺がキョロキョロと挙動不審になったのがいけなかったのか、俺の視線を追うようにして菊田も津賀の方を見てしまう。

 すると、菊田は少し驚いたような表情を浮かべた後、いかにも嘲笑するような笑みを浮かべて、わざとらしいオーバーなリアクションを取りながら津賀の方へ回り込んだ。


「あれ? あれれれれぇ~? もしかして、津賀じゃん? ひっさしぶりぃ~元気?」

「……ひ、久しぶり、菊田」


 顔を引きつらせて挨拶を交わす津賀。明らかに戸惑っている様子で、落ち着きがない。

 その間にも、菊田は顎に手をやって意味ありげな視線で俺と津賀を交互に見つめる。


「ふぅ~ん。なるほどねぇ……」


 そして、俺たちの関係をどこか納得したかのように、今度は蔑むような笑みを俺に向けて高らかと口にする。


「お前、まだ楠大の氷のビッチにカモとして使われてんのかよ。モノ好きな奴」


 その瞬間、津賀は目を背けるように顔を俯かせたのが視線の端に見えた。

 なんだその異名?


 俺が首を傾げていると、菊田がわざとらしく説明してくる。


「あぁ~そっかぁ! 中卒クソ野郎の羽山くんには教えてないんだぁ~。それなら教えてやるよ。そいつはな、高嶺の華気取ってクラスの奴からはぶられて、逃げ場を求めて社会人の年上の男に手を出しては色目使って男をたぶらかす。氷のビッチになったんだよ」

「えっ・・・・・・」


 俺が津賀に目をやると、津賀は俯いたままじっと地面を見つめていた。まるで、早くこの場から消え去っていなくなりたいとでも願っているように。


 やはり・・・・・・津賀は、高校で迫害されるべき存在になってしまっていたのか。

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