決意
「うあああああああああああああああああああああ!あああああああああああああああああああああ!」
走った。走った。ただひたすらに走った。一刻も早く、少しでも遠くあの場から離れたかった。それ以外のことは何も考えられなかった。
当てなんてどこにもない。何せ初めての場所だったから。
我に返って、周囲の状況をある程度把握できるようになるまでえらく時間を消費してしまった。
幸い、走り回っているときに敵性存在と出くわすことがなかったのは不幸中の幸いというべきか。
実は走り回っている最中に、使い魔たちが何とかご主人を落ち着かせようとなだめようとしたり、敵と出くわさないように舵を切ったりしてくれていたことを優人は知らない。
「こ・・・ここは・・・・いったい」
あたりを見回してみると、そこにはダンジョン化の影響により巨大化した遊具が、あれはジャングルジムだろうか、ともかく巨大な遊具の残骸達が優人の目に入った。
「確か、この元公園の中心には大きなジャングルジムがあった・・・んだよな、じゃあここはダンジョンの・・・ちゅっ中心部付近!」
ダンジョンは中心へ近づくほど危険度が増す。それは中心が一番ダンジョン内の魔力などの影響を受けるからであり、その付近に存在する生き物たちは例外なくその恩恵ゆえに・・・・・
「ブオオオオオオオオオオ!!!!」
力が強く、大きな体躯を持った存在が多い。
「ぐわわ!何だ?!」
凄まじい咆哮が轟き、思わず耳を抑えしゃがみこんでしまう。
「糞、なんだ」
そういって声のした方向を見ると、そこには絶望がのっしのっしとこちら側へ歩いてくるのが見えた。
「」
体長は3メートルほど、赤い体毛に包まれ、大木のような太い四肢、そしてあの牙ときたら!頬からはみ出ている牙は太く、湾曲しており優に1メートルはあるかと思われた。
そんな悪魔のごときイノシシが、こちらをじっと見つめて舌なめずりしていた。
「あわ・・・あわわわ・・・」もはや言葉すらまともに発せられない。完全に足がすくんでいた。
明らかに格上、そしてこちらは足がすくんで動けないうえにまともに思考ができないときてる。
こうなった者がどういう末路をたどるかは想像に難くない。
イノシシが前足で地面を蹴っている。突進の予備動作だ。その上炎まで纏っているではないか、とぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。
炎の温度が最高潮になった瞬間、イノシシが突進してきた。動く間などなかった。このまま死ぬと思って顔を覆った矢先、頭上の力をためていたジンベーが尋常じゃない爆音を発した。
その爆音にイノシシの鼓膜が破裂し、思いっきり転倒。優人のすぐ横を地面を削りながらすっ飛んで行った。
「えっえ?」優人は全く理解できずに呆けてイノシシを眺めている。
「ブゴオオオオオオオオオ!」と怒りを秘めた咆哮をまき散らしながら闇雲に動き回った。その衝撃は離れているにもかかわらずこちらまで届くほどであった。イノシシが狂乱し、無茶苦茶な動きで木々に突進していると、木々の間から空気弾が飛んできて怪物イノシシに着弾した。
イノシシが苦悶の声を上げ、空気弾が飛んできた方向をキッと睨む。
そして空気弾が飛来したほうから、イノシシと同じような体躯の化け物亀がドスドス音を立てながら突っ込んできた。
「ギョゴオオオオオオオオ!」
「ブオオオオオオオオオオ!」
そうして互いに殺意をむき出しにした咆哮を上げながら壮絶な死闘を開始した。
イノシシは亀に突進を繰り出すが、亀は余裕そうにその突進をはじき返し、逆に空気弾をイノシシの近距離から発射した。
イノシシは空気弾に当たり苦悶の声を上げるが、すぐに復帰し、お返しとばかりに炎をまとった突進を亀にお見舞いした。
今度はその突進を亀は弾き返せず、たたらを踏んだ。
二匹の死闘の余波に、立っていられずに尻餅をつく。もはや優人は完全に打ちのめされていた。
無理だ、あんな中に割って入って正面から戦うだなんて、俺には無理だ。
そして理解した。自分にあんな怪物たちと正面から戦うことなどできはしないと。そんな勇気もないということを。
ジンベーや白玉と一緒に索敵し、オールに全速力で出口まで飛ぶように指示ながら彼は思った。
俺はもう戦わない。俺は空気になろう。誰にも悟られないようにずっと遠くから。戦うためにではなく、逃げるために、生き残るために訓練しよう。
飛び去りながら、もう一度あの怪物たちに目を向ける。
あのイノシシが、負けている。ゴミのように空気弾で吹き飛んでいる。亀が勝利の雄叫びを上げ、化けイノシンの内臓を食い散らかしていた。
もう二度と、敵に姿を晒さない様にしよう、そう彼は決意した。
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