第7話鏖殺

あたりが血で染まり地獄と化した大部屋にハルトはいた。


「何十人も切り殺すと返り血が凄いな。服もボロボロだし着替えるか」


 亡骸のほうに眼をやるが、全てが血で汚れてしまって状態の良いものはなかった。

 ハルトは小柄な衛兵の亡骸を見つけるとその衣服に触れる。

 すると、血の汚れはハルトの身体に吸い寄せられていき、汚れは完全に消えてしまった。


「やっぱりこの能力は便利だな」


 ハルトは自分の能力に満足げな表情をすると着替えを済ませ、ロックによって開けられた穴から外に出る。

 眼前には監獄というより洞窟のような廊下が広がっていた。

 壁には等間隔に松明が設置されており、歩くのには問題はないが辛うじて奥に階段が見える程度は明るい。


 ハルトはその急激の変化に全く動揺を見せずそのまま進み、階段を登る。


 階段は廊下と同じようなつくりで不格好な段差だが役目はしっかりと果たしていた。

 しばらく登り続けると小さな個室に到着する。

 物置部屋として使用されているようで色々なものが置いてあり、相当使われていないのか至る所に蜘蛛の巣が張ってあった。


 ハルトは周りを見渡すとドアを見つけ、そのまま開ける。


「あの人も食えない人だ。ここまで揃えてくるとは......」


 壁にいくつもの檻がある広間に囚人たちがおり、一斉にこちらに目を向ける。

 

 数は見ただけでも千人は超え、全員からは常人とは比べ物にならないほどの魔力を出しており、中にはロックと同じように人外の者もいた。

 量、質共に衛兵を遥かに凌駕している。

 ハルトは自分の手が震えているのを確認すると笑みを浮かべた。


「いや~んかわいい子ね。私がお先にいただちゃうわ」


 囚人の中からオネエ口調の髭面の男が笑顔で歩み出る。

 オネエ口調の男は緊張感のないような話し方をしているが他の囚人たちと同じように実力者であることが伺えた。


「私の名前はラゲルよ。よろしくね」


「申し訳ないけど時間がないんだ。全員で掛かってきてくれない?」


「あら、つまらない冗談ね......」


「冗談に見える?」


 ハルトは、にらめつけながら低い声でラゲルに問いかける。

 突如、ラゲルの雰囲気が変わった。


「ごめんね。私そういう態度をする子嫌いなの」


 完全に男の声に戻ったラゲルはハルトに殺気をぶつけると、大きく息を吸いハルトに向かって大声を出した。

 音の波がハルトに襲いかかる。

 だが、その音の波を瞬時に血の太刀を作り出すと相殺した。


「私の攻撃を無効化するなんてすごいわね。でも私の勝ちよ」


 ハルトはラゲルの言葉を無視して切りかかろうとする。

 しかし、急に激しい眩暈めまいに襲われ倒れ込んでしまった。


「私の能力はご覧の通り“声を操る”能力よ。でも、私の声は特別でね。普段は無害なんだけど、能力を使うと私の声を聞いた相手の鼓膜に負荷を与えてひどい立ち眩みを起こさせるの。しかも私が解除しなきゃ治らないわよ」


 ラゲルは勝ち誇った態度でハルトを見下げる。

 そのままラゲルは近づくと懐から短刀を取り出し、短刀を振り上げた。


「じゃあね」


 が、その短刀は振り下げられることはなかった。



 ーー 代わりにラゲルの首が落ちた。


 ラゲルの身体の向こう側には赤黒い太刀を持ったハルトがいた。


 大部屋は騒然とする。

 囚人たちは口々にありえないと漏らし現実を受け止められずにいた。

 この局面を乗り越えるためには鼓膜に負荷を掛けているラゲルの声を取り除かなければならない。

 方法としては能力を掛けている人間を倒すことが思い浮かぶ。

 だが状況的に無理があるのだ。

 確かに声を魔力によって力づくで解除する方法もある。

 しかし、不可能だ。

 仮にそれだけの魔力があったとしてもただでさえ扱いが困難な上に激しい眩暈が起きている。これならまだラゲルを倒した方が楽だ。


 囚人たちは考える。

 目の前の少年がどのように局面を切り抜いたのかを。

 すると、一人の囚人が耳から血が垂れているのに気付く。

 瞬間その囚人はある仮説に行き着いた。


「お前まさか鼓膜を破ったのか......?」


 ハルトからの返答はない。

 これで仮説が真実となった。


 事実に囚人たちのハルトを見る目は恐怖の色で染まり、言葉を失っていた。 


「なに?」


 囚人たちが異様な目で自分をみることにハルトは疑問を覚える。


「こ、鼓膜を破ったのか...... ?」


 囚人は勇気をだして震えながらも、もう一度同じ質問を投げかける。


 -- 囚人の首が喪失する。


 ナノサイズの血の槍が何千、何万も集まったハルトの血が囚人の首を消滅させたのだ。


「これが答えだよ。くだらないこと聞いてる暇があるなら」


ーー 死ねよ


 囚人たちにとてつもない殺気が襲う。 


 場は凍り付く。そこで初めて少年の異常性に囚人たちは気付く。

 回復力は勿論のことだが、十代の少年が放つ殺気ではない。


 彼は異質だ。狂っている。誰もが彼が”悪魔„に見えていた。


「じゃあいくよ?」


 ハルトの言葉に呼応こおうするように物置部屋から大量の赤黒い液体が侵入し、囚人たちを襲う。

 想定外の襲撃に大半の囚人が対応出来ず、朱殷しゅあんの血の餌食になっていった。

 退避に成功した囚人たちはそれぞれの能力でハルトを攻撃する。

 だが、ハルトを守る血の壁に阻まれて届かない。逆に血の壁に飲み込まれ命を散らす。


 攻撃が止む。

 この一瞬の攻防で残った囚人はたったの十人だった。

 全員、満身創痍だがまだまだ戦意は残っている。


「あいつはもう力を使い切ったぞっっ! 野郎ども進め!」


 リーダーらしき囚人の叫びに希望を感じて一斉に攻め寄せる。


「気づけよ。もう終わってるってことに」


 刹那、囚人たちの身体が破裂する。

 少しでもハルトの血によって負傷すれば血を支配されてしまう。

 どんな凶悪な力を持っていても無傷でやり過ごすことはできないのだ。


 ”ヤガミハルト”は進む。決着をつけるために。






 北の辺境にあるヴァローナは今までにない盛り上がりを見せていた。

 理由はアルディエル牢獄の視察団がやってきたからである。

 視察団は夏のこの時期になると牢獄に一番近いヴァローナに休憩のためにやってくのだ。

 普段なら話題にはなるが盛り上がることはない。

 盛り上がる原因は視察団のメンバーにあった。

 それは今年の代表である“龍殺し”として名を馳せた少女にある。

 名もない農民の出身の騎士で15歳に邪龍を討伐し、18歳で師団長に任命された有望な出世株だ。

 今ではその経緯と美貌から国民の人気者になっていた。

 そんな人物が来たとなればお祭り騒ぎになっても仕方がない。

 昼時の現在、ヴァローナの正門には人集りが出来ている。

 話題になっている彼女がアルディエル牢獄に向かうという話を聞きつけ、一目でもその美貌を拝もうと集まったのだ。

 その数は数え切れず、この街の全人口が集結したのではないかと思ってしまうぐらいの人数はいる。


 突然歓声が上がった。

 今回のヒロインが姿を現したのだ。

 その少女は後ろに三人の男女を連れて正門にある馬車の方へ歩いていく。

 宝石のように輝く青い瞳を持つ彼女は軍服に身を包み、美しい赤髪を靡なびかせ歩みを進める。

 整った顔立ちをしているものの、その表情は軍人そのものでクールな印象をそのばにいる者たちに抱かせた。

 少女は馬車に乗り、アルディエル牢獄へ向かう。


 “ヤガミアマギ”も進む。自らの願望を叶えるために。

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