第5話反転
クレールは小走りで階段を下りていた。事態は一刻を争う。
獄長室にロックが入ってきたあと、自慢げに自分が行った所業について語り始めた。
中身はひどいもので、どのように拷問してどのような反応をしたのか。とにかく惨たらしい内容だった。ロックから瀕死ではあるが少年は生存していると話を聞いて、現在に至る。
クレールは強き者は弱き者を守る義務があるという考えの持ち主である。
少年も彼からしたらその弱き者の一人だ。
小柄な体格もそうだが、一番の理由は彼が魔力を一切持たないことである。
魔力とは生物が先天的に保持している力だ。
身に纏うと、身体能力が飛躍的に向上する。
魔力は基本見えないものだ。しかし、クレールほどの実力者になると見る事が出来る。
魔力のような強大な力は戦闘には必須事項だ。
本来であれば魔力を持たないものは存在しない。
いや、存在出来ないといった方が正解だ。
この世界の空気中には”魔素„という物質がある。
魔素は体内に取り込まれると魔力を生成する性質を持つ。
世界にいるだけでどんな存在も自然と魔力は身についてしまうのだ。
常識的に考えると少年は稀で、奇怪な存在。
だが、それだけだ。
クレールはそんな弱い人々を守るためこの仕事をしている。
守るべき対象が今、近くで息絶えようとしているのだ。
彼の行動が任務に支障をきたす可能性があるとしても少年を助けないわけにはいかない。
クレールには少年を救える方法があった。
彼の能力は対象者を触れれば時を止める事が出来る。
少年の状態にもよるが傷口の時間を止め、止血することで命を繋ぎ止められるかもしれないのだ。
階段を下り終え、監獄の最深部に辿り着く。
クレールは正面にある目的の場所に向かって走り出した。
彼がこれほど焦ったことはここ数年ない。
見慣れているはずの殺風景な廊下に不気味さを覚えるほどだった。
やっと部屋の前まで行き着いたクレールは、走る勢いそのままで扉を開ける。
だが、部屋に入ると立ち止まる。
視線の先には......
五体満足の朱殷しゅあん髪の少年が笑みを浮かべ、座っていた。
◇
クレールは目の前の少年の様子に驚愕を隠しきれていなかった。
風貌は、変わっているが遥人であることは間違いない。
ロックの話では薬を使わなければ死に至るまで拷問をしたはずだ。
彼が嘘をついたとは思えない。
残る可能性は自力で治癒したことだ。
だが、それなら規格外だ。
短時間で治るのは異常過ぎる。
ロックは四肢を切り取ったのだから。
「あなたはハルトくんですよね? 大丈夫ですか?」
少年は何も返答しない。
クレールは不気味に思うが、もっとコミニュケーションを取るため近づこうと一歩踏み出す。
ーー 目の前に少年がいた。
不意の接近にクレールは足が動かない。
少年はその様子に薄笑いを浮かべると殴りつける。
しかし、拳は届かない。
クレールの腹部のギリギリで拳は止まる。
「危なかったです。あなたに掛けた能力は先程一時的に解いただけです。まだあなたは私のコントロール下にあるのですよ。では、ゆっくりお話を聞かせていただきましょうか」
クレールは勝ちを確信していた。
基本能力は一つしか持てない。
少年の能力はおそらく回復系だろう。
いくら脅威的な治癒力があったとしても動けなければ意味がない。
そう思っていた。”彼の表情„を見るまでは......
それは、”捕食者の目„だった。
状況から考えれば有利なはずのクレールをただの”獲物„としか認識していないのだ。
突然、朱殷の光が辺りを照らす。
それは少年を中心にどんどん強くなる。
クレールはその輝きと共に起きている異変に気付く。
「魔力が発生している。それに、急速に膨れ上がっていく......」
同時に少年の身体が震え始める。
徐々にその動きが大きくなる。
クレールは瞬時に後退し、距離を取る。
彼の本能が警鐘けいしょうを鳴らしていたのだ。
このままだと仕留められると。
パリン
何かが割れるような音がした瞬間、物凄いスピードでこちらに近づいてくる。
危険を感じたクレールは黒い玉のようなものを取り出し、地面に投げつける。
すると、黒煙が発生し周辺を包む。
黒煙で自分の身を隠すと魔力で自身の身体能力を上げ出入り口に向かう。
「なっ!?」
ーー 突然行く先に少年が現れる。
少年はとてつもないスピードで蹴りを入れてきた。
クレールはとっさに両腕でガードするが吹き飛ばされる。
蹴りの衝撃で煙が晴れ始めると、少年がゆっくりとクレールの方に向かってくるのが確認できた。
「能力を無効化された今、正直私に勝ち目はゼロと言ってもいいでしょう。確かに私の能力は対象に触れなければ発動しません。ですが、偉人達は私たちに素晴らしい知恵を残してくれました...... それは“魔力による能力の強化”です」
「......」
少年は歩みを止め、無言でクレールを見つめる。
「さぁ、ハルトくん。この数の魔弾を避けきることはできますか? 」
完全に黒煙が完全に晴れると、クレールの周りに数えられないほどの球状の黒いエネルギー体があった。
魔弾が少年に襲いかかる。
初弾をジャンプして避けると走り出す。
少年は俊敏な動きで床を蹴りながら避け続けクレールに接近してようとするが、彼の周辺には常に魔弾があるため迂闊に近づけない。
「ではこれはどうでしょうか?」
少年は魔弾に囲まれて逃げ道を塞がれてしまう。
が、これまでの戦闘の影響で散らばっている鉄の破片を拾い、魔弾に投げつける。
魔弾に当たり、爆発が起きる。
すると、魔弾は消滅し、代わりに鉄の破片が浮いていた。
「まさか、そのようなやり方で回避するとは。機転が利きますね。ですが..... チェックメイトです」
少年はさっきの10倍以上の数の魔弾に囲まれていた。
そして少年を押しつぶし、今までとは比べ物にならないほどの大爆発が起きた。
「終わりましたか。しかし私に全力を出させるとは...... 彼は何者なのでしょうか。まぁ、それはあとでたっぷりと聞かせてもらいましょうかね」
クレールはメガネを指で押すと、少年を回収するため爆発によって起きた煙の中、歩を進める。
だが急に腹部に温かさを感じ、頭を下げる。
そこには、朱殷の魔力を纏った手が生えていた。
「ぐふっっ」
自分の状況を理解すると激痛が襲い共に吐血する。
後ろを振り返ると戦闘不能になったはずの少年がいた。
「なぜ......?」
「ありがとう。あなたのおかげだよ」
少年は初めて口を開き、続ける。
「“魔力による能力の強化„とてもためになったよ。それを知らなかったら危なかった」
「ど、どういうことですか......?」
「あなたは勘違いしているみたいだけど、僕の身体能力は魔力によるものじゃない。能力の副産物だよ」
クレールは驚嘆した。
”魔力による能力の強化„をした状態でやっと追い詰められた力が能力の副産物であれば、彼の全力とはどれほどなのだろうか。
それを想像しただけで恐ろしくなる。
「さぁ始めようか、演戯ふくしゅうを」
そこには泣き叫ぶ
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