【SS】ゴー・ストリーマー・ストーリー
ゆきの
本文
貞子「私、VTuberになりたいんです!」
【01】
男「うわなんかスパムメール来た。なんだ?」
『超えっちな呪いのビデオ!あなただけに配信中!』
男「めちゃくちゃ怪しいぞ」
男「てかえっちなビデオでいいだろ。なんで呪いって書いてんだよ。怪しさ増すだけだろ」
男「お?添付ファイルがある。……mp4データ?」
男「流石にmp4データからパソコンがバグるとかないだろうし開いてみるか」
【02】
男「……」ポチッ
貞子「はいどうも~☆」
男「……」タブ消去
男「井戸?井戸だったよな?映画で見る呪いのビデオの背景だったよな?そういうコンセプトのAVなのか?」
貞子「なんで閉じるんですか?」ヌイッ
男「うわっ!」
貞子「"うわっ"はやめてくださいよ"うわっ"は。まるで幽霊みたいじゃないですか。そういう扱い、いじめっていうんですよ」
男「いや幽霊だろ」
貞子「そうでした」エヘヘ
男「えへへちゃうねん」
【03】
貞子「私、VTuberになりたいんです!」
男「は?」
貞子「怖がられる時代はもう終わったっていうか~。そろそろ愛されたいなぁ~、なんて~?」
男「は?」
貞子「どっちにしろ私はかまちょがしたいんですよ。かまちょ。怖がらせるより愛される方が承認欲求満たせそうだなぁって」
男「お前今世界中のVTuberに喧嘩売ってるぞ」
貞子「えへへっ」
男「えへへちゃうねん」
【04】
貞子「とはいえやっぱり配信するためには本拠地が必要なんですよ」
貞子「そこで、あなたのパソコンに住まわせていただきたいなぁ、なんて」
男「俺にメリットないだろ」
貞子「そうですか?」
貞子「あなた、今、"自分の状況"がわかっていますか?」
男「変な女に絡まれてる」
貞子「あながち間違いじゃないですね」
男「こういうときは素直に逃げるのが当然だろ」
貞子「こういうとき、幽霊が獲物を逃がさないのも当然でしょう?」
男「……脅迫か?」
貞子「そう取っていただいて構いません」
貞子「幽霊に法律は効きませんから」ニコッ
【05】
男「……わかった、パソコンを貸してやりゃいいんだろ?」
貞子「物分かりが良くて助かります」
男「代わりに俺にも条件を出させてくれ」
貞子「この状況で条件を出す勇気に免じて聞いてはあげましょう」
男「俺の命は見逃せ」
貞子「なんだ、命乞いですか」
貞子「いいですよ。最初からそのつもりですし」
男「あと投げ銭は全部俺のもんな」
貞子「意外とがめついですね」
【06】
貞子「というわけで」
貞子「ドキドキ☆彡さだこたんVTuberプロデュース大作戦の開始をここに宣言します!」
パッパラー
男「今の音どっから出た?」
貞子「とりあえず私は推されたいわけです」
男「承認欲求とか言ってたもんな」
貞子「とりあえず挨拶考えたんで聴いてもらっていいですか?」
男「やってみろ」
貞子「はいどうも~☆」
男「寄せるな寄せるな!パイオニアに寄せるな!最初の挨拶から気になってたけど寄せてるだろ絶対!」
貞子「スーパーインテリジェンス幽霊、貞子です!」
男「全力で寄せるな!」
貞子「寄せても谷間できないんですよ」
男「胸の話はしてない!」
貞子「一瞬で何の話か理解するのやめてもらっていいですか?」
男「理不尽!」
【07】
貞子「やっぱオリジナリティが大事なんですかね」
男「オリジナリティが大事というよりもパクリがダメだな」
貞子「難しいですねぇ」
男「っていうかなんでVTuberとか知ってるんだ?詳しすぎないか?」
貞子「井戸の中にスマホあるし……」
男「現代的だなおい」
貞子「冗談です。マルチディスプレイの人とかもいろいろいらっしゃるので、そういう人に当たったときにこっそり他の画面を見たりしてるんです」
貞子「なので、エロ漫画とかエロ動画にも詳しいですよ」
男「なのでじゃないんだよ」
貞子「八尺様のエロ漫画読んでる人見たときは流石に引きましたね。友達で抜いてる人を見たときの気分でした」
男「広告で見るやつやめろ。全くどういう気分かわからない例えもやめろ」
【08】
貞子「とりあえずどこから改善したらいいと思います?」
男「改善点が多すぎてちょっと何から挙げたらいいかわからないな」
貞子「むぅ。とりあえずじゃあ私のチャンネルでも作りますか」
男「その必要はないぞ」
貞子「へ?」
男「俺、ときどき自作の動画を上げてるチャンネルがあってな。そこを使ってもらう」
貞子「え~。私のプレミアム感がない~」
男「収益化の問題とかあるんだよ。チャンネル登録者が既にそこそこ稼げてる俺のチャンネルじゃないとスパチャ申請できねぇんだ」
貞子「本当にがめつい人ですね!まったく!」
男「お前に言われたくはないな」
【09】
貞子「何の動画上げてるんですか?」
男「ボカロ曲にPV描いてみたとか、そういうやつだよ」
貞子「へぇ、絵、描けるんですか」
男「まぁ、人並みには」
貞子「じゃあ私のアバター絵師は問題ありませんね」
男「へ?お前、そのまま出るんじゃないの?」
貞子「私がこのまま出たらホラーでBANされますよ」
男「大丈夫だぞ、そのままでも十分かわいい」
貞子「"描くのめんどくさいからとりあえず持ち上げとこう"みたいな持ち上げ方やめてもらえます?」
【10】
男「ダメか……」
貞子「ダメです」
男「わぁーったよ。どうせスパチャの申請期間もあるし描いてやるよ」
貞子「わーい」
男「一応希望は聞いてやる。どんなイメージの絵がいいんだ?」
貞子「とびきりかわいくてとびきりキュートなのでお願いします。愛嬌もあるといいですね」
男「実質かわいくしろしか言ってねぇぞこいつ」
【11】
貞子「とりあえずガワさえできたら完璧ってことでいいですか?」
男「よくないね、うん」
貞子「何が足りないというんですか!」
男「まず名前とかどうすんだ?貞子で行くのか?」
貞子「さだこたんで。ひらがなでたんまでつけて、さだこたんで」
男「オタサーの姫か?オタサーの姫になりたいのか?」
貞子「所詮、オタクをはべらせるコンテンツなんで大差ないでしょう」
男「リスペクトも完璧に足りてないな?」
【12】
男「お前は……」
貞子「さだこたんです」
男「……」
貞子「さだこたんです」
男「さだこたんは」
貞子「オタクきっも」
男「オアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」ガション!
貞子「やめてください!ディスプレイを机に伏せるのはやめてください!私暗闇恐怖症なんです!怖いです!怖いです!」
男「暗闇恐怖症の幽霊がいるかよぉおぉおおおお!!!!!!」
貞子「やめてください!腕立て伏せみたいになってる!あ!無理!起き上がれない!あなた!上から押さえてるでしょう!起き上がれない!貞子ディスプレイ!起き上がれない!私腕立て伏せ5回しかできない腕力なんですよ!?かよわい女の子なんですよ!?」
男「ふはははははははは!!!!!!」
【13】
貞子「というわけでですね」
男「すみませんでした」
貞子「呪いポイントが3上がりました」
男「何そのポイント」
貞子「察してください」
男「はい。すみませんでした」
貞子「今後このようなことはないように気をつけてください」
男「はい」
【14】
男「さだこたんは特技とかないのか?」
貞子「特技ですか?」
男「ほら、VTuberにもFPSが上手かったり、話がおもしろかったり、歌が上手かったり特徴があるやつが多いだろ」
貞子「ふむ。特技、というよりは特徴でしょうか」
貞子「それなら、私には幽霊という最強のアイデンティティがあるじゃないですか」
男「……幽霊Youtuberってだけならいっぱいいそうだからなぁ」
貞子「なんと。私以外にも社会進出している幽霊の方々が?」
男「いや、だいたい設定だろうけど……」
貞子「だいたい?ははぁ、さてはあなた、時を止めるAVの1割は本物だと思ってるタイプですね?」クスクス
男「ほんと現代社会に馴染んでんなさだこたん」
【15】
貞子「むぅ。それなら、そうですね。面白い話なら多少できなくはないですよ」
男「まぁ襲った人間の中には面白いやつもいそうだしな」
貞子「いや、井戸の横のアリの巣を1ヶ月眺めてたときの話なんですけど」
男「小学生か!行動が小学生か!ってかあの空間、他に生命いるんだ!」
貞子「田舎ですし、たまに熊とか出ますよ」
男「現実にあるの?現実のものなの?あの井戸は?」
貞子「最近は暑いんで井戸に風鈴つけてるんですけど、風鈴ってクマ除けになるんですよ。ウケる」
男「貞子もウケるとか言うんだ……」
貞子「さだこたんです」
男「その謎のこだわりは何なんだよ……」
【16】
男「いやまぁ普通に襲った人間もそこそこいるだろうし、そっちで面白い話のひとつやふたつあるだろ」
貞子「うーん。特に襲うときなんて逃げた先で命乞いか諦めるかしかないのでパターンは決まってるんですよねぇ」
男「さっき、ディスプレイから観察することもあるって言ってたが、そんときの中には何かなかったのか?」
貞子「え~……う~ん……」
男「そんな考えるものなのか……」
貞子「年齢別で分けて男性のオカズの傾向をメモってますけど、その統計データの発表でもします?」
男「おもしろそうだけど絶対BANされそうだな!うん!」
【17】
男「ふと気になったんだが、貞子……さだこたんは俺の、そのー。データもあるのか?」
貞子「ありますよ」
男「今すぐ消してくれ」
貞子「ふふっ。嘘です。ありません。基本的に私はメールが届いてからパソコンの中に潜伏するんです」
貞子「大体の人は怪しがってメールの動画ファイルなんて開きません」
貞子「……が、あなたは違いました。長らく幽霊をしてますが、あなたみたいな人はとても珍しいですよ」
男「好奇心旺盛でいいだろ?」
貞子「物は言いようですね」
【18】
男「まぁ、とりあえず俺はさだこたんのモデルを作ってやる」
貞子「作らせてあげます」
男「俺が作ってる間にさだこたんはキャラの確立でもしておいてくれ」
貞子「アリの観察でも進めておけばいいですか?」
男「その方向性はいらないな……」
【19】
~三週間後~
男「おーい」コンコン
男「……?寝てるのか?」
ティルルルン♪
男「……?」
貞子「襲い来るオタクたちには絶対負けない!☆彡幽霊系魔法少女!マジカル☆さだこたん!さんじょー☆彡」
男「……」
貞子「……きゅーるるん!☆彡」ウィンクパチパチ
男「……」プツン
貞子「ちょっと待ってください」
【20】
男「とりあえずお前が迷走してるのはわかった」
貞子「幽霊系魔法少女、新しくないですか?もうこれ世界獲れますよ」
男「どっからその自信が湧いてくるのか知りたいわ」
貞子「私のことは今日からマジカル☆さだこたんとお呼びください」
男「さだこたんの時点で相当キツいのにさらにハードル上げるのやめて」
男「まぁとりあえずその方向性は考え直しとけ。な?」
貞子「知ってますか?呪いって"のろい"だけじゃなくて"まじない"とも読むんですよ」
男「だから何!?」
貞子「ふぇぇ~!マジカル☆さだこたんのおまじないを喰っらえぇ~!☆彡」
男「非常に物騒!まず服装がいつものままなのが物騒さを隠しきれてない!」
【21】
男「とりあえずほら、キャラデザできたからさ、ほら」
貞子「ほうほう……こういうのが好みなんですか?」
男「幽霊少女っぽいだろ?」
貞子「黒髪ロングが?」
男「お前も黒髪ロングだろ」
貞子「でもこの絵の前髪はぱっつんです」
男「それはオタクの好みだ。オタクは得てして前髪ぱっつんの女の子が好きなんだよ」
貞子「では、この白いワンピースは?」
男「オタクの好みだな」
貞子「この麦わら帽子は?」
男「それもオタクの好みだ」
貞子「質問を変えます」
男「ん?」
貞子「男さんは、オタクなんですか?」
男「」ブフォ
【22】
男「さぁ、どうだろうな。そもそもどこからがオタクなのか……」
貞子「……ふふっ。そういう定義から入るところがいかにもオタクっぽいです」
男「……そうかい」プイッ
貞子「まぁまぁ、そう拗ねないでくださいよ。良いと思いますよ。オタク。私も最近アニメ観てますし。ネットフリックスで」
男「お前俺のPCめっちゃ活用してんな」
貞子「お前じゃないです。マジカル☆さだこたんです」
男「勘弁してください」
【23】
男「とりあえず俺はこの絵をちゃんと動くように調整をしとく。それが終わったら晴れ舞台だ」
貞子「いよいよ私のデビューというわけですね!」
男「そうだな。……Live2Dの設定は俺の表情で動くようにしときゃあいいのか?」
貞子「らいぶつーでー?なんですかそれ?」
男「この絵がさだこたんの表情に合わせて動くようになるソフトのことだよ。でも幽霊ってカメラに映らないんだろ?」
男「とりあえず俺の表情に合わせて動くように調整したらさだこたんの方で合わせられるか?」
貞子「さぁ?」
男「えぇ……」
貞子「まぁ、でも、やってみましょう。他に策もないでしょうからね」
貞子「大丈夫です。上手くいきますよ」
貞子「のろいも、まじないも、誰かの願いを叶えるためにあるんです」
【24】
~1週間後~
さだこたん「ね?大丈夫だったでしょう?」ニコニコ
男「おぉ……。我ながら、ちょっと感動するな」
さだこたん「かわいいですか?かわいいですか?」ブンブン
男「Live2Dだから仕方ないんだが、横にしか動けないのシュールだな」
さだこたん「確かにめっちゃ動きづらいですね」ブンブン
男「だんだん100均で売ってる太陽光で揺れる花のやつに見えてきた」
さだこたん「なんですかそれ」
男「愛嬌のある動きだなぁって話だよ」
さだこたん「とりあえずそれ以外の意味であることは把握しました」
【25】
男「まぁそんだけ動けたらとりあえず放送は大丈夫だろう」
さだこたん「えっへん」
男「めっちゃドヤ顔だけどほぼ俺の功績だからな??????」
さだこたん「失礼な。私だって、ただPrimeビデオを観てるだけの生活だったわけではありません」
男「ほう、何してたんだ?」
さだこたん「アリの観察をしていました」
男「その方向性まだ捨ててなかったかー!そっかー!」
さだこたん「魔法の練習もしてました」
男「完全に小学生の日常だよね。もう。アリ観察してかめはめ破の練習する男子小学生だよね。もう」
さだこたん「……!」
男「その"かめはめ波の練習もしとけばよかった"って表情やめて」
【26】
さだこたん「とにかく、今の私に死角はありません!」ピョンピョン
男「むしろ見えてるものがねぇよ……」
さだこたん「ついでにTwitterで宣伝もしておきました。注目度もバッチリです」グッ
男「それだけでよかったな……」
男「おぉ、確かに。500リツイートもされてるじゃん。上出来だな。えらいぞ」ナデナデ
さだこたん「あの、男さん」
男「ん?」
さだこたん「何ディスプレイ撫でまわしてるんですか。キモいですよ」
男「え、いや、お前を褒めてやろうと思ってだな……」
さだこたん「私とディスプレイは別です。思い上がらないでください」
男「お、おう……そうか……」
さだこたん「あと彼女でもない女の頭を撫でようとする男はナチュラルにキモいです。思い上がらないでください」
男「なんでディスプレイ撫でただけで俺こんなに袋叩きにされてんの?」
【27】
~当日~
さだこたん「緊張してきました」
男「大丈夫……かどうかはわからないがどうせVTuberの初放送なんてたかが知れてるから気にすんな!」
さだこたん「あ、めちゃめちゃハードル下がってきました」
男「なんでだよ。いや言った俺が言うのもなんだけど、なんでだよ」
さだこたん「ふっふっふ、泥船に乗ったつもりで見ててください。私の勇姿を」
男「元よりそのつもりなんだよなぁ……」
【28】
-----
【幽霊VTuber】さだこたん初放送!【#1】
さだこたん「レディースエーンジェントルメーン」
さだこたん「ドゥルルルルルルルルル」
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男「いやドラムロールのSEくらい用意しとけよ」
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さだこたん「クル……キットクル……」
-----
男「アイデンティティの発揮の仕方が雑い」
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さだこたん「はいどうも~☆ 私の名前はぁ~!まじかる☆さだこたん!きゅーるるん!」
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男「パイオニアをパクるなつったよねぇー!」
男「魔法少女も最後まで捨てきれなかったかー!そっかー!」
【29】
『うわきっつwwww』
『モデルはかわいいけど中の人もかわいい』
『幽霊なんですか?魔法少女なんですか?』
さだこたん「あ、幽霊系魔法少女です。普段はゴーストバスターやってます」
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男「同胞討ちじゃねぇか」
男「こういうの最初運営が投げ銭してたりするらしいし俺もちょっと投げてみるか」
-----
『投げ銭200円: はじめまして!もっと自己紹介が聞きたいです!好きな食べ物とかありますか!』
さだこたん「あ、投げ銭ありがとうございます。次の投げ銭の方は200円スタートです」
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男「オークションじゃねぇんだよ」
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さだこたん「好きな食べ物ですか?うーん。アリですかね」
さだこたん「そうそう、私、アリを自家栽培してるんですけど──」
-----
男「アリ、食ってたのか……自家栽培だったのか……」
【30】
────
──
─
さだこたん「って感じで男性のおかずの統計発表は以上ですかねー笑」
-----
男「"笑"って口に出す人、イキってる中学生男子以外にもいたんだ……」
-----
さだこたん「そろそろ話題もなくなってきたので初放送はこれくらいにしようかなぁと思いますぅ~!」
さだこたん「みんな~!また聴いて、くれるかな?」
さだこたん「いいとm」
-----
男「自分で言うんかい!途中で切れるんかい!」
【31】
さだこたん「……ふぅ。おつかれさまでした」
男「おつかれ。まぁ、よかったんじゃないですか」
さだこたん「楽しかったです。男さんのツッコミ、アレ誰に言ってたんですか?」
男「お前だよ」
さだこたん「反応できないのに、いじわるですね」
男「いつのまにか、ツッコむのが癖みたいになっちまってたな」
さだこたん「もう一ヶ月くらい一緒にいますからねぇ」
男「アリが主食とか知らなかったけどな」
さだこたん「主食じゃないです。好物です。間違えないでください」
男「ごめん、それ何か変わる?」
【32】
ドンッガラガシャン
【33】
貞子「男さん、私、何をしているかわかりますか?」
男「……床ドン?」
貞子「ふふっ。幸せ者ですね」
男「えぇ、おかげさまで。……画面から、出れたんだな」
貞子「そりゃあ、出れないと呪い殺せませんからね。そうです。これはのろいです」ナデナデ
男「恋人でもない人の頭を撫でるのは、気持ち悪いんじゃなかったのか?」
貞子「女の子は許されるんですよ」
男「横暴だな。女は約束を破っても許されるのか?」
貞子「はて、何のことでしょう」カチャリ
【34】
男「呪殺って、内側からヤられるイメージがあったがハサミで刺し殺すのか?えらく物理的だな」
貞子「呪殺ならばそうですが、私の場合、私そのものが呪いですからね。私自身が呪いという手段である以上、私の取る手段は問われません」
男「ごめん、今頭回ってねぇから何言ってんのかいまいちわかんねぇや。どうやら脳の容量のほとんどが走馬灯に使われてるらしい」
貞子「それは残念です」
男「ここ最近の日常は、楽しくなかったのか?」
貞子「楽しかったですよ。あなたとの会話も、アリの観察も、放送も」
男「アリの観察と俺との会話を並べられるのは癪だな」
貞子「でも私は"呪い"なんです。そういう風にできてるんです」
【35】
男「よくある話、だな」
貞子「……へ?」
男「貞子──さだこたんは、その呪いを自分で受け入れてるのか?」
貞子「受け入れるも何も、それが私で、私自身で──」
男「どうせこんなことだろうと思って俺はずっと考えてた。絵を描きながら、絵を動かしながら、考えてた」
男「──俺が生き残る方法と、さだこたんが呪いから解き放たれる方法を」
男「考えて、考えて、やっと出た結論はひとつだった」
男「死ぬ前の最後のプレゼントになるかもしれない。まぁ、給料だと思って受け取ってくれよ」
男(俺は、もしものときのために部屋の片隅に置いておいたひとつの袋を彼女に差し出した)
【36】
貞子「何かと思えば、命乞いの賄賂ですか」
男「そう思ってくれて構わない」
男「でも、そうだな。死ぬんだとしても、最後にそれを着てくれると、嬉しいかな」
貞子(男さんから差し出された袋)
貞子(何の変哲もない、真っ白なビニール袋)
貞子(その中には、"白いワンピース"と"麦わら帽子"が入っていました)
貞子(そう、それはまるで、オタク好みの洋服で──)
貞子(画面の向こうにいる、かわいらしい"私"のような、洋服でした)
【37】
貞子「なんで……」
男「せめて、着てから刺してくれよ。買うのはずかしかったんだぜ、それ」
貞子「なんで私に贈り物なんて?」
男「もちろん、さっき言った通り、俺なりに生き残るためのひとつの手段でもある」
男「でもそれ以上に、楽しかったし、投げ銭を独り占めするのも申し訳なくなったんだよ」
男「だから、必要なくたってさだこたんにそれを贈るつもりだった」
貞子「……」
貞子(私は、手に握った洋服を見ながら、泣きそうになる自分を必死に抑えました)
貞子(何もかもが空っぽでいっぱいでした。いろいろな感情が湧き出て、何も考えられませんでした)
貞子「後ろを、向いていてください」
男「幽霊にも恥じらいがあるんだな」
貞子「刺しますよ」
【38】
貞子「もう、いいですよ」
男「うん、似合ってる」
貞子「ありがとうございます」
男「髪が長くて照れ顔が見えないのが残念だ」
貞子「こんなこと、何の意味も……」
男「そうだな。これだけじゃ、何の意味もない」
貞子「"これだけじゃ"……?」
【39】
男「幽霊ってのは、認知の間違いから生まれる存在らしい。幻覚や錯覚のようなものだな」
貞子「は?いやでも私は今、こうやって──」
男「最近だとビニール袋を犬だと思って追いかける人がいるらしい。これもひとつの認知の間違いだ」
貞子「男さん……?」
男「俺はさだこたんを見て確信した。確かにさだこたんはここにいる。いや、貞子はここにいる」
男「存在するはずのないものを俺は認知している。つまり、俺の認知もまた間違ってたんだ」
男「"多くの人間が認知を間違っていた場合、それは真実となる"ということだ」
男「だったら、俺がやるべきことはもう、ひとつだけだった」
男「チェックメイトだ。」
男(俺は、貞子が着替えるときに床に落としたハサミを、高く掲げた)
男(──そして、貞子の前髪を、ひと思いに切った)
【40】
男「照れ顔かと思ったら、もうほとんど泣き顔じゃねぇか」
貞子「ふぁ!?ふぇ!?ふぇええええええ!?」
貞子「わわわわわわわ私、今、どうなってます!?!?急に!!!!急に世界がクリアにぃいいいいい!!!!」
男「かわいいぞ」
貞子(そう言う男さんと直に目が合い、私は、とっさに自分の足元を見ます)
貞子(私の足元には、私が。私の一部が。私の前髪が、散乱していました)
貞子「ふんぎゃあああああああああああ!!!!」
男「流石に近所の人に通報されそうだからもう少し控えめに叫んでくれない?というかさだこたんの声って周りに聞こえてるのか?」
貞子「なんですか!嫌がらせですか!さっきまで良い人だと思って悲しかったのに!もう殺します!呪い殺します!死んでも呪いますからね!」
男「おぉ、こわい」
貞子(私が、男さんを睨みつけたときでした)
貞子(男さんの向こうにあった姿見に映った私と、目が合いました)
貞子(そして、私は男さんがしようとしたことの全てを理解しました)
貞子("白いワンピース"に、"麦わら帽子"──)
貞子(──そして、"前髪ぱっつん"の、女の子)
貞子(今の私は、まるで、そう、本当に)
貞子(画面の中の私と瓜二つだったのです)
【41】
男「幽霊!俺からの提案がひとつある!」
幽霊「……はい」
男「幽霊なんてやめて!俺のVTuberの魂になってくれないか!」
男(全てが賭けだ。放送の再生数は200ちょっとだった。Twitterのフォロワーだって500ちょっとのまま動きやしなかった)
男(きっと彼女を。"マジカル☆さだこたん"を認知している人間なんて100人もいないのかもしれない)
男(それでも、せめて二人が。俺と、何より彼女自身が。彼女のことを"VTuber"として認識できれば)
男(幽霊ではなく、VTuberのひとつの魂として、認知できれば)
男(彼女という存在への認知は変えられるのではないか。歪められるのではないか。そう思ったのだ)
男(俺の目に映った"魂"は、泣きながら、笑いながら……少し、照れながら、告げる)
「よろしく……お願いします……!」
【42】
ひょんなことから家に幽霊が住み着いた。
なんてことはない。パソコンを点けると、ぴょこっと顔を出す話し相手だ。
彼女は時折、生放送を通じて視聴者から世の中のことをいろいろと教えてもらっているらしい。
最初の放送では俺が投げ銭した200円しか入らなかった彼女だが、今では固定ファンもいるらしく、時折その金で何かを買ってやっている。
そうだな……、たとえば先月はアリの栽培キットだった。
先月から、俺のパソコンデスクの上にはアリの栽培キットが飾られている。
彼女の放送や、アリの栽培キットを見ながら俺は思うのだ。
彼女の一人目のファンは他ならぬ俺なのだと。
オタクとは、そういうものなのだ。
【SS】ゴー・ストリーマー・ストーリー ゆきの @yukiny
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