第105話 人の業(ごう)1

「サリア、運転任せた。ジュディス!」

「あっ、おい!」


 ゼノは運転席のドアを開けながら言うだけ言うと、上空より車外にその身を踊らせた。

 続いてジュディスも、助手席の後ろの席からドア開けて飛び降りていった。


「聞こえたか?」

「はい。死にたくない、助けてと」

「……」


 腰痛対策と治療に万能薬を飲み続けたゼノは肉体の全てが治療されていて、人間本来の性能にまで上昇していた。

 それは文明の発達した社会で低下していた身体能力にまで、回復の効果が及んでいたからだ。


 そしてその上昇した視力は人だかりの中心でうずくまっている人影らしきものを、はっきりとその瞳に映してしまったのだ。

 その姿を見た彼は自身の過去と重なって見え、激情の中ひどく冷静に最低限の言葉だけを放って行動していた。


「ジュディス、俺に拡声魔法を」


 いつになく冷たい眼差しをしているゼノに、ジュディスは無言で頼まれた魔法を行使する。

 自身の体に光が吸い込まれると、ゼノは大きく息を吸って声を放った。


「助けてくれー! 空から魔物に落とされたー! 全員逃げろ! 俺の死体を食いに巨大な魔物が町にやって来るぞー!!」


 ゼノの叫びと同時に彼の意図を察したジュディスは、うずくまっている人影に対して攻撃を弾くタイプの防御魔法をかけた。

 本来は近距離でしか使用不可能な魔法だが、邪竜すら凌駕した彼女にとっては他愛もないことだった。


 ゼノは自分達が落下しているのは魔物の責任にして、楽に人払いをしようとしたのだ。

 だが魔物が空から襲来したと聞いた人々が混乱し好き勝手に逃げ惑い、うずくまっている人影に危険がないようにジュディスを連れてきた。


 この効果は絶大で、見た目でしか判断しない一般人は姿の見えない上空の魔物に怯え、奇声を上げ我先にと逃げ出した。


 ゼノは人の居なくなった広場に着地はせずにそのまま落下。

 墜落寸前に地面に亜空間への入口を開けると、人影をゲストとして同時に入り、ジュディスの通過を感じ取ると入口を閉めた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ゼノは人影を抱いたまま飛行して小城の客室へ窓から侵入、抱いていた人物をベッドに丁寧に寝かせた。


 彼は生きているのが不思議なほどに重症だった。

 全身が焼けていて髪も皮膚もなくなっていて、眼球や耳、唇等も失われている。

 両腕は肘の先で、両足も膝下でぐちゃぐちゃに斬り落とされている。


 おそらく上級万屋なのだろう。

 火傷で皮膚呼吸ができなくても、手足がなくて満足に動けずに食べられなくても、なかなか死ぬことができない。

 高レベルになった弊害を感じつつ、ゼノは万能薬を持ったジュディスの到着を待っていた。


ジュディスが万能薬を振りかけた時、彼にはまだ命が残っていた。

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