第91話 亜空間での落成式2
バルコニーでのスピーチを終えて、控室へと戻ってきたゼノ。
脱いだ上着を背もたれにかけると、ソファーに深く腰を下ろした。
「ふぅー……」
一息つくと風船から空気が抜けていく様に、呼吸に合わせて後光も消えていった。
そしてゼノは燃え尽きた。
スーツだけではなく肌や髪まで真っ白に思える程に、やりきって満足した顔をしていた。
1時間程度の仮眠が取れたころ、スタッフの1人の執事が呼びに来た。
ノックに反応して目を覚ますと、入室の許可を出す。
「どうぞ」
「ゼノ様、国王様がお呼びです。会場も静まったので、もうお越しになられても大丈夫だとのことです」
「わかったよ、ありがとう」
小城の周囲に植えてある芝生も、畑同様にラケルが管理している。
靴の裏側にその新鮮な弾力を感じながら、ゼノが会場入りした。
ミラ達4人とは会場の入口で合流。
左右前方にはサリアとジュディスが。
左右後方にはミラとラケルが歩いている。
その姿は王と守護騎士の様にも見えるが、実のところゼノの逃走防止でしかない。
確かに前方2人にはチームメンバーの護衛も期待されているが、後方の2人には戦闘は期待されていない。
ミラとラケルにはゼノが逃走した時に声を上げて、サリアとジュディスに捕獲を知らせるのが役目だった。
「や、だって。俺、どこにでも居る一般人だよ?あんな大勢の前でスピーチして、注目されて会場入りするなんて無理だって」
前日までの打ち合わせではビビって、終始回避しようと頑張っていた。
それでも周囲の期待に断りきれずに請け負って、今に至る。
しかし今はどうだ?
後光の影響か、歩き姿は堂々としているし。
笑顔を浮かべて、手を振る余裕まで見て取れる。
表面上は。
(なんかよく分からんが、虹色草の効果でスピーチは乗り切れたんだ。こうなりゃあと半分、気合で乗り切ってみせる!!)
内心、全力を振り絞り。
最初からクライマックスで、一杯一杯だった。
それでもかつては、日頃から考えて練習していた。
救国の雄としての格好いい振る舞い、が功を奏し。
この場を乗り切る糧となっているのだから。
人生何かどう転ぶか、分からないものだ。
フレデリックに招かれ、壇上の中心のイスに手ずから座らされる。
左手側にはフレデリックと彼の妻達が座り。
右手側にはミラからチーム入りした順で座っている。
ゼノは開き直って完全に聞き流し、目の前の料理に集中した。
公爵以下の貴族の挨拶は、完全にスルーしていたが。
ここから先は、聞くべきだと判断した。
マイクの前に立ったのは。
万能薬が届いた日に、余命数日と宣告されていたらしい。騎士団長の1人だったのだから。
誰もがフォークとナイフを置いて、彼の言葉に耳を傾ける。
彼は万能薬で回復し復帰した全ての騎士の名前を上げて、最後に一言だけゼノへ礼を言った。
「我等の誇りを救って頂き、誠にありがたく存じ上げます。私の挨拶は以上とさせていただきます」
間に合わずに亡くなった命もある。
それでも万能薬を届けてからは、まだ誰も死んでいないのだ。
ゼノはシュトロハーゲンへ来て本当に良かったと、初めて心から思えた。
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