第82話 生産人形3

「ゼノ、いつでも構いません。出国する時に本体のもとへ行って下さい」


 サンカイオーを駐車して亜空間のリビングでイスに座ったゼノに、元世界樹の枝の生産人形が告げる。


「先に言っておきますと、私には何も答えられません。その伝言だけを残されて切り離されたのですから。それと私の名付けをして下さい」


 言いたい事を先に潰されて、苦笑いにもならない微妙な表情になるゼノ。


「だったら他の連中にも声をかけ」

「ないで、ゼノが考えて下さい」


 それからゼノは悩みに悩んだ。

 お茶を飲んでトイレに入って、ベッドでゴロゴロして入浴した。

 そして入浴中に鼻歌を奏でていたら、ふと思いついた。

 その曲の歌詞に幸せや笑顔を意味する言葉が使われていて、それを彼女?生産人形の名前にしようと。


 ゼノは慌てて転倒して、その痛みでせっかく思いついた名前を忘れないよう。

 慎重に浴槽から出て脱衣所で体を拭いてと、ゆっくりと着替えていった。

 脱いだ服は既に汚れを吸収してあるので、後ほどタンスに片付けようとベッドに置いておく。

 しかしここまで歩いてみたが、名付け相手の姿が見えない。

 トイレにも風呂にも隠れてはいない。

 仕方ないので忘れない様に、メモに名前を書いてポケットに。

 それから靴だけはあるくのに適した物に換えて、目茶苦茶広くなった亜空間の隅から隅まで探す気で歩き出した。


 一辺が1キロメートル以上もある亜空間。

 一切の障害物がなくても、端までが遠過ぎで目だけで1人を探すのは不可能だった。

 だからゼノは歩いた。

 時間はかかったが、思いついた名前をあげるために。


 途中空腹になったので匂いで釣るために、豪華な昼食を作って食べてみた。

 しかし食事中に気付いたが、元が木だから食欲とか嗅覚とかないんじゃ?と。

 更には豪華に作り過ぎたので、満腹で動けなくなった。


 動けないなら動かずに探してみようと、生活魔法に意識を向けてみる。

 深く深く自身の能力に感覚を同調させていく。

 次第に亜空間の小さな全体図が、頭の中に浮かんできた。

 そしてその中には、小さなサンカイオーや家具等が設置されている。


 ただ自分は食べ過ぎて苦しくなり、ベッドでベルトを緩めて転がっていると理解出来るのに。

 肝心の相手がどこに居るのか感じ取れなかった。

 可能性としては、再び亜空間に吸収されて隠れている。

 自由に出られるが名付けを放置したと思い、スネてしまいアピールしている。

 もう一つは吸収はされていないが、生活魔法に1度吸収されて一体化したので。この方法では同じ生活魔法と感じられ探知出来ない。または隠蔽状態になっているのだろう。

 つまり。


「車庫にしている部分の壁を吸収!亜空間の範囲も生活範囲を残して、他を横20メートルの縦長に変更!」


 亜空間の間取りを変えたゼノは、サンカイオーに乗り込むと宙へと浮かべて発進させた。

 これで端まで行っても見つからなかったら、再度吸収で間違いないだろう。

 亜空間から彼女を引きずり出す方法はないかと考えながら、ゼノはサンカイオーの飛行速度を上げていった。


 途中から亜空間の高さまで変更して終点まで飛行したのに、生産人形は見つからなかった。

 亜空間を元の形に戻し。

 入口まで戻りサンカイオーを駐車してから、ベッドへドサりと倒れ込む。

 狭い空間を人探ししながら長距離運転したので、かなり精神的に疲れたのだ。

 肉体の疲労もそこそこ溜まっているので、起き上がるのも億劫だ。




 壁の発光が少しだけ弱くなっている。

 どうやら1〜2時間程度寝落ちしていた様だ。

 だがベッドで寝たはずなの、にいつもの生活場所すら見当たらない。

 亜空間内をかなり遠くまで来ているらしい。

 ミラクル寝相なんて事はないので、誰かに運ばれたと思うのが当然な……


 ボヒュン!


 そこまで考えた直後、耳の横を何かが高速で通過した。

 慌てて立ち上がりながら振り返ってみると。

 そこには名付けを待っているはずの生産人形が、怒りの表情を浮かべて立っていた。

 両手に掌サイズの木のボールを握って。

 恐らく、あのボールを投擲したのだろう。


「ゼノ、私は怒ってます。名付けを頼んだのに、入浴してドライブして昼寝ですか」


「いや、あれは」

「問答無用!」


 ゼノの弁明の言葉を遮って、生産人形は叫ぶ。


「この時計がなるまでの1時間。私はこの線から手前で、ゼノにボールを投げ続けます。ゼノはそこに書いてある円から出すに、避け続けて下さいね。終了条件は時間経過だけですので。では、開始します!」


 言葉の通り問答無用で、生産人形は木のボールを投げつける。

 ボールの予備を入れている籠もないのに、手には延々とボールが現れては投げられていく。

 ゼノは直径5メートル弱の円内から出ずに、迫り来るボールを回避し続けていく。


 生産人形の投球フォームは無茶苦茶で。

 人体を形成してはいるが、その本質は木のままなのだろう。

 肘などの関節が逆に曲がるだけでなく。二の腕が途中から曲がったり、頭髪まで使って投擲している。

 だが木のしなりを使った投擲は十分に速い。

 そして予測不可能な投擲タイミングとコース。

 ゼノは一瞬の油断もなく、全力で回避を続けた。


「わっ、ちょっ!ほっ、うおっ!だーっ!当たる当たる、ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」


「当たり前です、これは罰なのですから!それに人間の男は好きなんですよね、知ってますよ」


「何かがだよっ!こんなの、好きな、男なんて!」


「女性にこう言われたいんですよね。当ててんのよって!!」


「全く意味がちがーっう!!」


結局ゼノの訴えは届かず、50分を経過した時点で。


「名前なら風呂でとっくに考えてある。ドライブに行ったんじゃなくて、お前を探しに行ったんだよ」


と言って終焉を迎えた。

こいつには常識を教えないとな。

そう考えながら死なない安堵の中、気絶する様に一気に眠ってしまった。

倒れたゼノのポケットから落ちたメモには、こう書かれていた。




ラケル、と。

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