第76話 シュトロハーゲン城の地下

 亜空間の家屋郡の設計図が出来上がり、OKとGOサインが女性陣から出るまではゼノに仕事はない。

 その事をなぜかエルフ王フレデリックに知られ、丁度良いと呼び出された。


「ああゼノ、来てくれてありがとう。君じゃなきゃ解決出来ない難題が浮き上が。って、逃げないでよ」


 メイドに案内されて入った王の執務室に入るや否や。

 フレデリックから面倒事100パーセントのセリフを聞かされ。

 反転して部屋から走り去ろうとしたら、メイドに後ろ襟を掴まれて捕まえられた。

 ゼノの危険予測が視界に依存していると見抜いた、達人の見切りと技であった。


(このメイド、出来る……)


「君。そのままゼノを地下牢へ案内して、例の人物に合わせてやってくれ」

「かしこまりました」


「おい、ちょっと待てフレデリック。せめて説明くらいしろ」


「大丈夫、行けば分かるよ。僕はまだ、戦後処理が終わってないからね。説明する時間も惜し」


 背中から腹に腕を回され荷物扱いで持ち運ばれたゼノには、途中までしかフレデリックの言葉は聞こえなかった。


「メイドさん、ちょっと離してくれません?」

「お断りします。地下牢まで背中の感触を楽しみながら運ばれてください」


「いやー。どちらかと言うと背中の無い感触よりも、腹が圧迫さふぐぅっ!?」


「ゼノ様?背中の!感触が!何と!おっしゃい!ましたか!?」


 ゼノの不用意言葉に怒りを覚えたメイドは、ゼノの腹に回した腕に徐々に力を込めて締め上げ始めた。

 まるで、無いなんて言わせない!

 そう叫ぶかの様に、ゼノの背中を自分の胸に押し付けようとしている様にも見える。


「ぎゃーっ!めてめて!腹が締まる!内蔵吐いちゃう!胸骨がゴリゴリしてて痛」


「フンッ!!」

「ぶっ!!」


 静かになったゼノをメイドは無表情のまま小脇に抱えると、地下牢目指して歩き続けた。

 無表情に見えるメイドだったが親しい者からすれば、その表情に陰りがあるのが見えただろう。

 時折気絶しているゼノが苦悶の息を吐いているので、脇と左手で締めて復讐しているのが怒りの証拠だった。




 ヒュッ!

 バッシーーーン!!


「いってぇーーー!!」


 ゼノは尻に猛烈な痛みを感じて気絶から目を覚ました。

 瞬時に状況を理解すると尻に当てそうになる手を出して、四肢を使った4点着地をして転倒を免れる。

 目の前にあるのは、地下牢だろう煉瓦の床。

 気配を感じてそのままの姿勢で左後方を見れば。

 自分を抱き上げて苦しませたメイドが、右回し蹴りを終えた姿勢で立っている。

 ロングスカートで中は見えないが、非常に美しい蹴り姿ではある。


(こんな事になるなら、あんな事言うんじゃなかったか?)


 ゼノは先日、自分付きのメイドにこう言った。


「仕事に手を抜けや言葉使いを楽にしろなんて言わない。それは貴女と貴女の仕事を侮辱する言葉だからだ。だが何もかも上として仕えられるのには慣れてなくてな、非常に気疲れするんだよ。どれほどのプロフェッショナルであろうとも、仕えられると言うだけて疲れる小心者なんだよ。だから遠慮のない間柄だと仮定したメイド仕えを頼むよ」


「……かしこまりました」


 ゼノの自分を理解しつつも、こちらにも歩み寄ってくれと言う願いに。

 ベテランメイドは一瞬考え返答をした。

 その日から仕えられるから、お世話されているに変わった。

 メイドの行動は態度も言葉使いも、何一つ変わらなかったが。

 他人から半歩踏み込んだつもりの奉仕は、ゼノの気疲れは一気に減った。

 メイドとしての新たな境地に立たせてくれた恩人に、彼女は望み通り親しい相手として対応していった。

 そしてゼノが余裕で許せる範囲でのみ、からかったりとコミュニケーションを増やしていった。

 その結果。


「自分で気絶させといて、起きないからってケツソバットはないでしょ!」


「なぜ蹴られたのか自分の胸に。いえ、むしろ私の胸に手を当てて聞いてみて下さい!!」


「あっはい、すいません。完全に俺が悪かったです。でも本気で痛かっいってぇー!!」


 またも不用意な発言をして、同じ箇所に回し蹴りをされるゼノだった。

 一瞬でゼノの背後に回り込んで蹴りを放ったメイドの瞳は、いつもよりほんの少しだけなぜか潤んでいたのだった。

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