生活魔法 〜材料を元に生活に必要な物を作り出す魔法〜

天神 運徳

おっさん、ギルドに立つ

第1話 リストラ

 勤務先の会社が経営不振で統合…つまり買収され、行われた親会社による人員削減に引っかかった。

 そして彼…ゼノ29歳は無職になった。


 自主退職の勧めもなく、いきなりの解雇通知。

 僅かな退職金も出さずに、会社は彼等との関係を切った。

 当然転職先を探して駆けずり回るが、他にもリストラされた者達が数百人。

 不景気で数少ない転職先は瞬く間に埋まり。

 ゼノは住んでいたアパートの家賃を払えずに、スラム街に住むしかなくなった。


 170センチ程度の高くない身長と、ストレスと栄養不足による減量で、枯れ枝かモヤシの様な体格。

 何もかもを売り払い、残ったのは就職活動に必要なスーツに革靴。

 それにビジネス鞄に丁寧に仕舞ったワイシャツとネクタイだけだった。


 財布の中の数万イエンは、鞄の底の隠しポケットに仕舞い込んで、最後の頼みの綱として残してある。

 その財布もどうやら先程スられたらしく、スーツの内ポケットから消えている。


 日々ゴミをあさり、腐った食材だった物を食べるうちに、徐々に精神が腐っていくのを感じている。


(予算を使い切る為だけの道路工事に使うくらいなら、その金を給料に変えて仕事を与えてくれ)


 ゼノは廃ビルの屋上から綺麗な街並みを見つめながら、そんな事を思っていた。





 スラムでホームレスをし始めて初めてのゼノの誕生日。

 外から新聞の号外が、風に流されて飛んできた。

 貴重な紙資源だと拾い上げると、退屈凌ぎに記事に目を通す。




 S級万屋・チーム単独で火竜を討伐!!売値は200億イエンを超えた!?




(あー、そうか、万屋なんて職業もあったな……スラムでゴミ漁りするよりは、多少マシに稼げるだろう)

 人生に、生きる事に疲れたゼノだったが、それでも死ぬ勇気はなく。

 記事を見ても一獲千金や成り上がりを考えずに、今より多少マシな生活が出来れば御の字だと思った。


 記憶にある万屋の知識を引っ張り出し、直ぐ様、だけども機敏に動けない、疲れ果てた体で移動し始める。


(確か万屋ギルドの場所は、3駅先の防壁の近くだったはず。この身なりだ、どうせタクシーもバスも列車も、何を選んでも乗車拒否されるだけだ。かなり疲れるが歩いていくしかないな)




 陽のあたる場所で生きて行けている人間達に笑われるのが嫌で、裏道を選びながら歩く事4時間。

 ゼノはようやく、防壁近くにある万屋ギルドに到着した。


 自動ドアを潜ると、中に居た人々の視線が一身に集まる。

 そして視線はゼノに向けたまま、隣に居る者達と声を潜めて会話している。


(どうせ、俺の見た目が不潔だのなんだの言ってるんだろ。もうそんな罵詈雑言には馴れたよ)


 ゼノはギルド内部を見渡して、目当ての登録と案内板が出ているカウンターに向かう。

 カウンター前に立ったゼノを見て、奥で作業をしていた職員達が小声で会話している。


(俺の対応をしたくないから、押し付けあってるんだろう。そして大体は弱い立場の新人か、借りがある奴が立たされるんだ)


 予想通り新人だろう、若い女性スタッフが対応に来た。


「いらっしゃいませ。万屋ギルドへの登録には1万イエン必要になります」


 金もなく臭いホームレスは去れとでも言いたいのだろう。

 マトモな対応をする気は無いらしい。


「金はある。説明は冊子をくれれば良いから、登録だけしてくれ。アンタも俺に長く関わっていたくないだろう」


 ゼノは1万イエン札を鞄の隠しポケットから出しながら、互いが不快な気分になるのは最低限になるよう提案する。

 受付は何も言わずに、思ったより綺麗な1万イエン札を受け取ると、カウンターに冊子を置いた。


 そのまま何かの機械を操作すると、カウンターに置いてあった箱からガチャっと音が聞こえる。

 受付が箱を持ち上げると、中から透明な水晶玉が出てきた。


「ここに手を当てて、出てきたカードが万屋の登録カードよ………あとアンタは、新人万屋チーム687になるから」


 ゼノが水晶玉の台から出てきた金属片を取るのを確認し。

 それだけ言うと受付は水晶玉にスプレーを吹きかけ、ティッシュペーパーを何枚も重ねて水分を拭き取ると、箱を被せてロックをしたのだろう。

 再びガチャっと音がしたのを確認すると、ゼノに目もくれずに奥へと去っていった。


 ゼノは万屋の登録カード…タグをスーツのポケットに入れると、新人万屋チームと案内板のある区画に向けて歩き出した。

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