STORY10◆バイバイ☆フレンズ◆

『84』


【???】



「……勝負は決まりましたね、貴方の負けです」


 声と同時に鎖の擦れる金属音が暗い部屋に響く。繋がれた少女は目の前の臆病者を睨み付けては口元を緩めた。


「くそっ、ゴーストまでやられるとは……魔王を生け捕りにしろというのは無理があったみたいだな。まぁいい、こちらには切り札がある。

 君の力を使って作り出した、俺の分身が手懐けた切り札が」


 男は小さな少女の頭を優しく撫でる。

 少女は頬を桜色に染め、満足そうに身を委ねた。


 それを見た囚われの少女、女神ルミエルは軽蔑の視線を男に浴びせ舌を鳴らした。


「おいおい、仮にも女神である君が舌打ちなんてよくない。まぁ、女神とはいえ俺の所有物である事には変わりないし、君の能力は自由に使わせてもらうよ。世界を理を壊し、向こう側にこの力を持ち込む、楽しみだね〜

 絶対的な力は唯一だからこそ、その価値が上がると思わないか?つまり、ここじゃ駄目だ。

 この【管理者】のチートスキルが生きるのは異世界ではない、元いた世界でこそ唯一無二となれるのさ!」


「くだらないです……」


「何とでも言いなよ。向こうに帰った後、君は消してやるからさ。それとも何だ? 土下座して懇願するか〜? 消さないで下さいって」


 男は目の前に半透明のウィンドウを表示させる。

 そこには、彼のステータス、その他、勇者として登録したこの世界の人間達のステータスが表示されている。その中に女神ルミエルの名も入っている。


 勇者、つまりそこに登録された者は彼には逆らえない。逆らうと管理者の力で【削除】も出来るからだ。指一本、それであのゴーストすら、ポンと消せる。それがチートスキル【管理者】の力だ。


 登録には相手の血液が必要だ。一滴でも構わない。血が取れればいいのだから、


 ——


 ——事件は十年前に起きた。


 彼が勇者として女神ルミエルの前に現れた時の事だった。転移、つまり死んで転生ではなく、そのまま世界を渡るパターンだった。

 それだけ事は急を要していたのだ。


 女神ルミエルは彼にチート能力を授け、転移させる手続きを行なっていた。その際、彼が授かったのが【管理者】のチートスキルだ。


 女神から簡単な説明を受けた彼の頭の中で、ふと、悪魔が囁いた。


 彼は手続き中の女神の隙を突いて彼女に襲いかかった。不意を突かれた女神ルミエルは腕を爪で裂かれ流血する。


 その血を登録され、女神は彼の所有物と成り下がってしまったのだ。


 世界を管理する筈の女神が、管理者に管理される立場となった。そして世界を渡った後、拘束され辱められ、その力を乱用された。

 一人につき一つ、チートを授ける力を。


「神さまで遊ぶのも飽きた頃だし、そろそろ人間が恋しいな」


 その結果がチート勇者の量産だ。


 本来、転移や召喚される勇者は一人と決まっている。必要以上の転移や転生は世界のバランスを崩しかねないからだ。


 勇者に選ばれた者の使命。それは、

 力をつけ過ぎた魔王を乱心前に討つ事だ。それが勇者の使命であり、魔王もまた、それを寿命と認識している。そうやって世界は回る。

 定期的に魔王を討つ事が、世界の均衡を保つ為に必要な訳だ。


 千年前に力をつけ過ぎた魔王が東の魔王。髭の彼と和平を結んだ魔王だ。


 そして今回、元凶たるこの男に討たれるべきだった魔王が壊滅した西の魔王だった。西の魔王は乱心が進んでおり、人界にも被害を出し始めていた。

 転生では間に合わないと見た女神は転移者を選定した。それで異世界への耐性が極めて強かった彼を転移者として招き入れたのだ。


 しかし、招いた客は神を欺き反乱に出た。


 彼は女神の力で作り出した勇者達を管理し、西の魔王を殺し、そこに住む魔物達も残さず殺させた。男は殺され、女子供は辱めては奴隷として売り飛ばした。


 その後、味をしめて王の家族を魔物の襲撃と見せかけて殺し、世界に魔物の脅威を知らしめ、それに対抗する組織として勇者協会を設立。

 その後、他種族を蹂躙し人間主義を確立し、東の魔界をも滅亡させた。


 それにより勇者協会の存在は国を潤すのになくてはならないモノとなり、今に至る。


「さぁ、悪い魔王を倒そうか、

 ————らんどせるのゆうしゃさま?」


 男はニタリと笑い少女の頭を撫でた。



「はいっ! 先生っ!」



 頬を桜色に染め、屈託のない笑顔で返事をしたランドセルを背負った最後の勇者は、二つ括りの茶髪をピョンと跳ねさせ、背中のランドセルの位置を調整した。



 ——




【レジスタンス施設、大広間】



 そこでは、記念すべき大勝利を祝う宴が行われていた。怪我人は麗音のスマイル一つで全回復、勿論マチルニャも元気になった。


 スマイル、チート過ぎるだろ。


 大人達は酒で胃袋を満たし、子供達は料理にお菓子にとそれぞれ楽しんでいた。

 マチルニャとシルクが睨み合う真ん中で顔を真っ青にするサイ、

 ひたすら食べまくっているスフレとケルベロス、

 歌うセイレーヌと踊り狂うリリアル、

 ちょこまかと飛び回り獣人に追い回されるクマデビル、

 レジスタンスメンバーに揉みくちゃにされる魔王の麗音、

 

 久しぶりに皆んなが笑って過ごした夜だった。



 やがて酔い潰れた大人達は大広間でイビキをかき、同じく眠ってしまった子供達は、それぞれ部屋のベッドへ。

 髭のご主人が揉みくちゃ状態で眠る麗音をゆっくりと抱き上げ部屋へ運ぶ。


 部屋に到着すると、起こさないようにベッドにおろしてやり、布団をかける。スヤスヤと眠る少女をじっと見つめる彼の表情は、


「……ご主人、言わなくていいかにゃ?」


「ロザリニャ……気付いていたのか」


 悲痛と愛情とが入り混じった困惑の表情で振り返った彼は髭をいじり窓の外に視線を送り、こう続ける。


「知らない方がいいのかも知れない。この子の記憶にはオッサンは残っていないようだしね」


 彼はもう一度、眠る少女を見やり半分開いたお口と柔らかな頬を撫でる。すると、彼の指が頬に吸い込まれるように沈む。


「大きくなっても、相変わらずの柔らかさだ」


「……ご主人……」


 少しの静寂の後、二人は部屋を後にしようとした。

 その時、麗音が寝返りをうち、寝言をもらす。



「……ママ……」


 二人は顔を見合わせて小さく微笑んだ。

 魔王と言えど、彼女は小学三年生の子供だ。


「……ママ……………………ぱ、パ……ふにゃ」


「……っ……!」


 今度は彼の口が半開きになった。

 唇は小さく震え、その鋭い瞳に波がうつ。


 彼女は確かに憶えている。顔は思い出せなくとも、そのぬくもりと声を、しっかりと。


 麗音の小さな頃、五年以上前、突如居なくなってしまった、彼女の父親、それが……


「やっと……会えた……」


 彼は、


 陽向麗路ひなたれいじ陽向麗音ひなたれおんの実の父親だ。


 陽向音羽ひなたおとは、麗音の母との間に生まれた一人娘こそが魔王レオンであり、かけがえのない愛娘という事。


 麗音が三歳の誕生日を迎える前日、麗路は市内の玩具屋さんを訪れていた。

 三歳になる娘へのプレゼントを、仕事帰りに調達する為だ。全ては翌日の娘の喜ぶ顔を見る為。

 スーツにお気に入りのハット姿のおじさんが玩具を見て回る様は中々に滑稽だったが、麗路はそんな人の目なんて気にしない。そしてお目当ての品を購入、ラッピングもしてもらい、いよいよ帰路についたその時だった。



 ——————



 原因は加害者側の信号無視。


 即死だった。



 その後麗音は約一年間心を閉ざした。記憶を抹消したのだ。辛い現実を受け止められずに。

 それでも今、あの笑顔を見せられるのは傷心しながらも女手一つで彼女を全力で愛し続けた母、音羽の頑張りがあってこそだろう。




 その後、麗路はまさかの転生ルートを辿る事となり、この世界の千年前に勇者として送られた。


 その際、女神に頼み込み生前の記憶を残してもらった。それは辛い事だと言われたが、彼は麗音を、音羽を忘れてしまいたくなかったのだ。


 こうして順調に勇者として成長した麗路は、力をつけ過ぎた東の魔王を討つ為、パーティーを組み冒険を続け、遂に魔王と対峙する。

 しかし彼は魔王を討たなかった。いや、討てなかったが正解か。

 情がそれを許さなかったのだ。


 彼は優しい。麗音のそれと同じだ。


 そこで魔王の力を半減させるに留まり、まさかの和平を結んだのだ。これは前代未聞の出来事だった。女神もビックリ。


 その時に魔王から授かったのが、不老不死。

 彼の願いが叶うまで死なない呪縛を受けた。否、死ねない、だ。彼は往生際が悪い男だ。


 もう一度、


 もう一度だけでいいから、麗音に会いたい。


 音羽に愛していると伝えたい。


 叶う事ない願いが叶うまで、死ぬ事が許されなくなった。それでもその道を選んだのだ。一縷の望みに懸け信じて生きる道を。




 そして、今、ひとつ願いは叶った。



 千年越しの願いがひとつ叶ったのだから、人生、本当に何が起こるかわからない。



 そんな思考を巡らせながら、麗音の心の片隅に自分の存在が僅かでも残ってると知り、年甲斐もなく瞳を潤ませた麗路は、そっと部屋のドアを閉める。


 そんな彼にロザリニャが問う。


「レオンは今回の戦いが終われば、ここには帰って来れなくなるにゃ」


「だろうね。召喚者とは言え、完全なものではないし、何より、家に帰らせてあげないと。音羽の所へ帰らせてあげないといけない。その為には、この戦いを終わらせないと」


「にゃら、手伝うかにゃ。どうせ、今晩あたり一人で行こうとしていたにゃ」


「ふぅ、君には敵わないね……オッサンのやるべきは元凶が捕らえているであろう女神の救出かな。女神を失えば、麗音の帰る術がなくなるかも知れないし、それに、彼女には千年前に世話になったしね」



 ——




 翌朝、


 レジスタンスの施設内は少しばかり慌しい。どうやら、捕らえていたゴーストが姿を消したらしい。

 脱獄した形跡もなく、着ていた衣服のみが残されていたようだ。


 恐らく、管理者により削除されたのだろう。


 そんな事を知る由もないレジスタンスメンバーは躍起になりゴーストを捜索したが見つかる事はなかった。消えたのだから、見つかる訳もないが。


 麗音は歯を磨きいつもの黒いワンピースに袖を通すと大広間へ。

 そこには既に皆が集まっていて、シルクがスフレの髪を結っていた。魔王のお目覚めを皆が笑顔で出迎えると、その後シルクが髪をお団子にしてくれる。そんな和やかな朝だ。


 すると部屋の隅で少しばかり不機嫌そうに頬を膨らませる猫がいた。マチルニャだ。

 麗音はマチルニャに「おはよー」と笑顔を炸裂させた。マチルニャはピクッと反応しては気のない返事をした。


「にゃ、あぁ、お前かにゃ……はぁ」


「どうかしたの?」


「……置いて行かれたにゃん……ロザリニャとご主人がマチルニャを置いて勇者協会の本部に向かったみたいにゃん。置き手紙だけ置いて……」


 マチルニャは大きく溜息をついた。


「勇者協会の本部長?」


「いや、ちょっと違うけど……まぁいいにゃん」


 そんな話をしていると、レジスタンスメンバーの一人が血相を変えて大広間へ飛び込んで来た。

 男は乱れた息を整え前に声を荒げた。


「大変だっ! 帝都がっ……王城が勇者協会に占拠された! しかも王が人質に取られてっ……と、とにかくっ……東のっ、ま、魔王を出せと……」


 その言葉で全員が一斉に麗音へ振り返る。

 麗音はキョトンと瞳を瞬かせる。


「東の魔王がっ……本日夕刻までに王城へ来なければ……王の首をはねて勇者協会が帝国を滅ぼすとまでっ……つ、つまり……その、魔王レオンに……」


 男が言葉に詰まると、麗音が我に返り口を開く。


「そ、そんな事、絶対させないよ! わたしが行けばいいんだよね? わかった、行く!」


 ザ・即答。


 すると、魔王の言葉に賛同した子供達が立ち上がる。シルク、サイ、セイレーヌ、スフレ、リリアル、ケルベロス。

 ————ケルヴェロスだ。


「レオン、それならわたくし達も行きます!」


 シルクが頷くと、


「僕達の力でも少しは助けになるよ」


 サイが拳を握りしめた。すると、


「私の歌もっ……役に立つの……えっと、その、や、役に立つと思うの!」


 セイレーヌが何故か二回、役に立つ宣言をした。

 それに負けじとスフレがツインテールを弾ませる。


「儂も行くのじゃ! レオンだけでは危ないからの……ん、べ、別に心配しているわけじゃないからの!? 勘違いするななのじゃ!?」


 顔を真っ赤にしたツンデレ担当スフレを横目にケルヴェロスも濡れた鼻をひくつかせる。


『移動は我に任せよ! 一瞬で帝都まで運んでやる!』


 盾ではなく?

 と、それはさておき、麗音は仲間の言葉に瞳を輝かせ『大きく息を吸い込んだ!』


「さいしゅーけっせん、キターーーー!!」


「「「キターーー!!」」」


 この謎の団結力にマチルニャは目を丸くした。すると、そんなマチルニャに手を差し出した幽霊が優しく微笑んだ。


「貴女も行きたいのでしょう? 力をかしてもらえますか?」


「い、いいのか、にゃん?」


「勿論!」と、麗音も手を伸ばした。

 マチルニャは二人の手をとり笑顔を見せた。周りを見渡すと皆も笑顔で彼女を受け入れていた。


 すると、そこに白銀の騎士が割って入る。


「それなら俺も助力しよう。城が占拠されたとあらば黙ってはいられないしな」


 グレンも参戦する事に決まり、麗音は椅子の上に立って両手を腰に当てる。自慢のお団子も跳ねる。


「よーし、目指すは……えっと〜」


 麗音は頭にハテナを浮かばせた。見兼ねたシルクが耳元で「帝都です」と囁くと、


「よーし、目指すは、提督! 皆んな、最後の戦いも絶対に勝とうね!」


 ちょっと間違っている小さな魔王にレジスタンスメンバーがクスクスと笑ったが、そんな魔王に激励の声が歓声として上がった。


 こうして遂に最後の戦いへ——



 ——最終ステージは帝都の王城だ!

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