『65』
決して広くはない部屋には長テーブルとパイプ椅子が三脚、白い壁には交通安全のポスターや指名手配犯の写真が貼られている。
麗音は指名手配犯の写真を見て小さな身体を震わせた。この人達は悪い人なんだと思うと、背筋を逆撫でられるような感覚が襲って来る。
「……ゆう、しゃ……?」
黒刀は小さく首を傾げると、大袈裟に笑ってみせた。
「この人達が勇者だったら、この世も終わりだね。はい、麗音ちゃん、お茶しかないけど飲むかい?」
「え〜、お茶〜?」
——数分後
「わぁーい、ありがとうっ!」
麗音はキンキンに冷えた缶ジュースの栓を開けようと指に力を入れる。しかし麗音の力では固くて開きそうもなかった。
プルプルする麗音を見兼ねて
「それで、今日は学校早退したのかな? 風邪……ではなさそうだけど……」
「ん〜」
「……?(まさか、サボり? いや……麗音ちゃんに限ってそんな事はあり得ない)」
黒刀は気になり、もう一度だけ問いただした。もしサボりだったら然るべき対応をしてあげないといけない。それが彼の仕事であり、麗音の為だからだ。
すると麗音は少し黙り込み目を合わさずに言った。
「……お、おんなのこひだよ」
「へ?(ま、まさか!? 女の子の日? 麗音ちゃん三年生だよね……さ、最近の子は発育が早いとは聞くが……え!? そうなの?)」
麗音は悪戯な笑みを浮かべ慌てる大の大人を見つめる。月刊小学三年生には載っていない筈のこの知識は六年生達が置いて行った月刊小学六年生を盗み見て得たものだ。
女の
「は、ははは……そうなんだー……」
「ふふふ、嘘だよ?」
「へ?」
「黒刀じゅんさぶちょーけいじって、やっぱり面白いね! 犯人を捕まえた時はすっごく格好良かったけど、普段はフワフワしてる」
「ぬあっ……ま、全く、大人をからかわないの。で……何かあったのかい? 浮かない顔をしていたけれど」
「う〜ん……笑わないで聞いてくれるなら、話してあげてもいいんだよ?」
「(な、何だか今日の麗音ちゃん、いつもと違うな……)わかった、決して笑わないと約束するよ」
麗音は安心したように表情を和らげたと思うと、少し神妙な顔で一から語り始めた。
突然、
魔界で友達が出来た事。
悪い勇者と戦った事。
辛い思いを皆で共有した事。
楽しかった事。
そして、あの時、切り札を引けなかった事。
その上、母と喧嘩中な事。
包み隠す事なく話した。
黒刀はそれを親身になって聞いてあげた。真剣な表情で語る麗音の言葉に嘘があるように見えなかったのだ。決してあり得ないような話、しかし、その話は具体的過ぎる。
何より、麗音は真剣に話しているのだ。そして、
「……わたし……しっかくだよ……皆んなを守りたいと思ってたのに……こわくて……こわくて何も出来なかったの……うぅっ」
遂には泣き出してしまう。両手で缶ジュースを大事そうに持ちながら大粒の涙を流す麗音に慌てて歩み寄った黒刀は、麗音の頭を優しく撫でて言った。
「そうかそうかぁ、よく頑張ったね、麗音ちゃん(あの日、始業式の日に道端で倒れていたのはその所為? 俄かには信じられないが……)」
「はぅ、くろがだじゅんじゃぶちょーけいじほんぶちょーっ」
「ほらほら、泣かなくてもいいさ。友達もきっと、麗音ちゃんの事を責めたりしないよ。魔王さまなら、ドンと構えて皆んなを迎えに行かないと!」
「皆んなを……迎えに?」
「そうさ、魔界の友達を。麗音ちゃんは正義の味方なんだから、困った友達は助けてあげないと!」
「……う、うん……! わたし、もう一度がんばる! 大切なんだもん! 皆んなみんな、大切な友達なんだから……!」
麗音はガバッと立ち上がり、
————『大きく息を吸い込んだ!』
何げに黒刀の顎を打ち砕いたが、それはこの際無視で叫ぶ麗音。
「もう、ぜーーったい! 負けないんだからーーーーーーーーー!!!!」
「ぐはぁっ!?(よ、良かった……いつもの麗音ちゃんに……)」
魔王レオン、精神的には復活?
二度と負けない事を決意した麗音の瞳は真っ直ぐに指名手配犯のポスターを見据えてビシッと指を指し宣言する。
心なしか指名手配犯達が怯んでいるようにも見えなくはない。
まずは魔界に帰って離れ離れの仲間を集める事が先決だ。麗音は皆んなが生きていると信じ、再びあちら側で目覚める日を待つ事にした。
敗北を知った魔王レオンの無敗伝説が、今この時から、始まろうとしていた。
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