STORY8◆魔王の資格◆

『64』



 ——ねぇねぇ?



 ————ねぇったら〜!



「ねぇ、れおんちゃんったら〜!」


「ふわぁっ!? あ、まいちゃん〜、どうしたの?」


 お昼、教室で机を並べた麗音、桜、舞。

 一人上の空でお弁当に手をつけない麗音に舞が呼びかけたようだが、当の麗音は小さな身体を震わすだけだった。いつもは連動して揺れる二つのお団子は揺れない。

 何故なら、今日は髪を結ってないから。


「れおんちゃん、元気ないね?」と、桜は瞳を瞬かせては唐揚げを口に放り込む。


「うん、ち、ちょっとね……はぁ」


「お熱? それとも嫌なことが、あったの? 友達なんだから何でも言ってね?」と、桜は心配そうに表情を曇らせた。


「ねぇねぇれおんちゃん? 何で今日は髪を下ろしてるの?」


 舞が言うと、麗音は決まり悪そうに苦笑いを浮かべ、「うん、実は……」と、朝の出来事を話し始めた。



 ——



 時間はさかのぼり、朝——


 麗音は魔界で敗北し現実世界の朝に帰って来た。

 殺風景な部屋の天井を見上げる。


(だめ……今すぐ寝ないと!)


 しかし、いつものように母が起こしにやって来た訳だ。そこで麗音は丸くなり駄々をこねた。


「おねがいママ! わたし、今すぐ寝ないといけないのっ!!」


「麗音? 何をワガママ言ってるの? はやく朝ごはん食べちゃいなさい?」


「いやいやいや! 寝るんだもん! 学校なんて行ってる場合じゃないんだもん!」


 母は困った顔で麗音の額に手を当てる。

 熱はない。ここのところ、麗音の様子がおかしい事には気付いているが。しかし、その理由が全くと言っていい程に不明だった。

 友達とのケンカ? とは思えない。

 ならば、学校で何かがあったのか? 愛する一人娘の事でこんなに分からない事は今までなかった為、母は頭を悩ませた。やはり一人親では、と弱音まで込み上げてくる始末。


 結局、半ば無理やり学校に送り出したのだが、その時、麗音は母に言い放ったのだ。


「ママの分からず屋! ママなんて……嫌い!」


「麗音! ちょっと待ちなさいっ!」


 と、飛び出すように家を出て来た訳で。それでもお弁当はしっかり持って行きましたが。



 ——



 そして今に至るのだ。

 その話を聞いた桜は不思議そうに問いかける。


「でも、れおんちゃんは何でそんなに眠りたいの? 夢の続きが見たかったとか〜?」


「……違うよ〜、はい、この話はおしまい!」


(夢の続き、か……わたしにはもう、夢を見る資格なんてないよね……だって、わたし……逃げちゃったんだもん……)


 麗音は俯き肩を震わせた。桜と舞は慌てて麗音の背中をさすってあげる。そんな時でも舞はモグモグしているが、心配している事に変わりはない。

 すると、麗音の頭の中に声が響く。


『オイ、ロリガ……馬鹿ナ事言ッテンジャネェゾ……』


(……クマデビル……!?)


『ソウダ、俺様ダ……グッ……』


(だいじょーぶ!? ケガしてるの!?)


『ハッ、ロリガ! 俺様ヲ何ダト思ッテヤガル!』


(……マスコット?)


『マスコットジャネーワ!! クソガ……』


(クマデビル、皆んなは……)


『ワカラネー、俺様モ気ヲ失ッテタカラナ……気ガ付イタラ川ニ流サレテヤガッタ……因ミニ今モ絶賛流レ中ダコンチクショー……イッタイ何処マデ流サレル事カ……』


(……皆んな……クマデビル……わたし……引けなかったよぅ、皆んなが大変だったのに、わたし、怖くて引けなかったよ……)


 麗音は堪えていた涙を机の上のお弁当に落とした。桜と舞があたふたと混乱する中、大声で泣き出した麗音に教室中の視線が寄せられる。


『馬鹿野郎ガ……テメーノ所為ジャネーヨ……テメーハ……頑張ッテタジャネーカ……』



 ——



 結局麗音は午前中で早退する事に。


「陽向さん、ゼラニウムの花は咲いたかい?」


 そう話しかけたのは担任の大山だ。褐色の良く焼けた肌から覗く白い歯がキラリと光る。元気のない麗音を慰める為、敢えて楽しい話をしたのだろう。


「うん、咲いたよ。とても綺麗、だった」


「……、そうかい。陽向さん、熱はないみたいだけど、今日は早退しようか。少し休んで、また元気な姿を見せてね? 先生、待ってるから」


 大山先生は麗音の頭をポンと叩き、お決まりのスマイルを見せた。麗音は小さく頷くと礼をして職員室を後にした。


 家の鍵は持っている。母に連絡は入れなくていいと先生に告げて肩を落とし帰路につく。


 魔界へ行き来するようになって、凄く長い時を過ごしたように感じる。現実世界実際は、数週間しか経過していないが。

 再び涙が溢れそうになり、麗音は空を見上げた。


 青い空、

 魔界とは違う、空を見上げては大きな溜息をついた麗音は少し寄り道をする事にした。


 暫く歩くと麗音の目の前に白い建物が見えた。

 中の良く見える大きなガラスのドアをじっと見つめる麗音。しかし、そんな麗音の視線はガラスに映るもう一人の自分に跳ね返されてしまう。


 中には誰も居ないようだ。

 残念そうに足元アスファルトを見下ろした麗音は歯を食い縛る。肩が震える。悔しさだけが、小さな身体にあふれ出し今にも涙としてこぼれ落ちそうだった。


 その小さな肩を、トントン、と叩く大きな手——


(はっ! パパ……!?)


 彼女が咄嗟に思い浮かべたのは父の大きな手だった。しっかりと顔も思い出せないが確かに優しかった印象が残る、父の頭を撫でてくれていた大きな手のひらに、とても似ていたからだ。


 麗音は幼いながら、この上ない罪悪感を感じた。


「麗音ちゃん? こんな所でどうしたの?」


 振り返った先に居たのは、勿論、亡き父ではない。——そこに居たのは、


「あぅ……くろかた、じゅんさ……」


 そう、ここは町の交番。

 黒刀正くろかたただし巡査の配属されている小さな交番だ。


 振り返っては力無く声を発した麗音。そんな彼女を見た黒刀は何かを察し優しく微笑むと、

「少し、寄って行くかい?」と、頭を撫でる。

 お団子のない彼女の髪は絹のような手触りで、柔らかな風にも靡くほど繊細だ。


 麗音は切れ長の眼をしたイケメンを上目遣いで見上げては小さく頷いた。

 断っておくが、背が低い為、自然に上目遣いになるだけで狙ったものではない。恐らく。


 これも月刊小学三年生に載っていてもおかしくないご時世だが。自然な上目遣いで男の子をドキッとさせちゃえ! みたいな記事で。


 それはさておき、


 そんなやり取りを経て、二人は交番の中へ足を運ぶのだった。

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