『58』


 恋する乙女はグレンの背中が見えなくなるまで見送り、目と鼻の先にある我が家へと歩を進めた。

 しかし、ふと思い付いたように立ち止まっては店のあるメインストリートへ向かった。


 真夜中だというのにメインストリートは賑わっている。昼とは違った賑わいだ。場違いなレナはそんな夜の街の人ごみを縫うように歩き、店に到着した。店と言っても、道に間借りしているだけの路面店だが、メインストリートに店を出せたのは幸運だった。これもレナの人柄の良さがあっての事、知り合いのおじさんの土地を少し貸してもらえた訳だ。


 学校を卒業してから家計の為に少しでも稼ぎたいと思い始めたのがきっかけだ。


「あった……良かったぁ」


 レナは大事そうにソレを腕にはめる。

 レナ=スピアーの名が施された銀色の腕輪ブレスレットだ。十五の誕生日にグレンが買ってくれた物で、今ではレナの一番の宝物だ。


 後にも先にも、あの不器用な男がそのような物を買ってくれた事はなかったが、その一つでレナは満足だった。


 店先ではあまり高価な物はつけない方がいいとおじさんに教わっていた為、外して店番をしていたのだ。それでつい忘れて来てしまった訳で、レナは心底安心した表情を浮かべた。


 夜のメインストリートには魔物狩りから帰って来た勇者達が多く見られる。レナはそそくさとその場を去り路地へ。ここまで来れば家まで数分、レナは胸を撫で下ろした。



 ——



 翌朝、


【エリュシオン、王城、騎士団居住区画】


 時刻は早朝五時半、グレンは仕掛けてあった目覚ましで目を覚ます。時計は魔力を有した特殊な石を加工した、所謂電池のような物で動いている。


 この世界の生活には、そんな魔鉱石が必要不可欠であり、貴重な資源だ。本来、魔鉱石の入手はエルフの住む地からの輸入に頼るしかなかったが、勇者協会の出現によりエルフ達は蹂躙され、魔鉱石の所有権は人間に渡った。


「……朝、か。よし、ストレッチでもするか!」


 グレンは顔を洗い、歯を磨き、鎧に着替えては城の庭に出る。そして入念にストレッチをこなし、剣を抜き、素振りを始める。

 そんなグレンに寝ぼけ眼のアレスが話しかける。


「よ、おはよ〜騎士団長殿。今日は朝礼遅刻しないでくれよ〜ふぁ〜ぁ」


「アレスか! 俺が遅刻なんてした事あるか?」


「しなかった日を数えた方が早いくらいだろ……行くなら行くでいいけどさ……ふぁ〜、眠い、レナちゃんによろしく〜」


 朝からテンションマックスなグレンとは対照的なアレスは何度も欠伸をしながら城の方へ去ってしまった。アレスは夜中に本を読むのが楽しみで、どうしても寝不足になるとか、ならないとか。


「おっと、素振りしてたらこんな時間だ」


 時刻は午前七時、朝礼までは一時間程ある。グレンは剣を腰の鞘にしまい周囲を見回し、誰もいないのを確認した後、こっそりと城を抜け出した。


 勿論、向かう先は一つ。

 レナの元だ。毎朝のパルの実はグレンにとって欠かせないのだ。とか、言っているとまたレナに怒られてしまいそうだが。


 本当の所はレナの顔を一目見たいってだけで、パルの実はついででしかない。


 ——暫く歩く、間もなくメインストリートの端の方まで辿り着いたグレンの視界にレナの店が映る。

 しかし、


「……あれ? まだ来てないのか?」


 グレンはシートがかかったままになったレナの店の前に立ち首を傾げる。隣のおばさんに問いかけるも、今朝は見ていないとの事。


(昨日、夜に呼び出してしまったから風邪でもひいたのかな? 家に行ってみるか)


 グレンは時間が少し気になったが、そのままレナの家に向かう事にした。間もなくレナの家に到着したグレンはドアを数回ノックする。


 するとレナの母が出迎えてくれる。まだ仕事に出る前だったようだ。父は早くに他界しており、レナの母は女手一つでレナを育てあげた。そんなレナの母はグレンを見て首を傾げた。


「あらグレンちゃん、レナは一緒じゃないの?」


「え? いや……今朝、パルの実を買いに行ったらまだ来てなくて……」


「そんな……昨日の夜、グレンちゃんと会うって嬉しそうに出てったから、お母さん、ついついお泊りかと……そ、それじゃレナはいったい……」


 母の顔色から血の気が引いていく。

 グレンは背筋が凍るような錯覚をおぼえた。


「おばさん、俺、捜して来ますっ!」


「グレンちゃん……わ、わかったわ……私も近所の人に聞いて回るわ……!」


「はい!」


 グレンは走った。街のありとあらゆる場所へ。

 しかし、

 いくら捜しても、彼女は見つからなかった。グレンは後悔した。昨夜、家まで送り返してやるべきだったと。そしてふと、脳裏に浮かぶ。


 ——レナの言葉だ。


「……まさかっ、ゆ、勇者かっ……」


 そこに血相を変えたアレスが走って来ては声を荒げる。


「グレン!? こんな所に……はぁ、全く君って奴は……」


 グレンはアレスが全てを言い終える前に肩を掴み激しく揺さぶる。アレスの眼鏡が落ちんばかりの勢いだがお構いなしだ。


「アレス! レ、レナが行方不明になった! 頼む、力をかしてくれ! アレスの千里眼魔法でレナの居場所を突き止められないか!?」


「レナちゃんが!? わ、わわ、わかった、少し待ってくれ。レナちゃんの私物か何かがあれば特定しやすいんだけど……」


「レナの私物……なら、一度レナの家に戻ろう! おばさんに何か出してもらえば……!」


「わかった、だから少し落ち着くんだ……!」


「これが落ち着いてられるか!」


 グレンはアレスの手を取り全速力でレナの家へ走った。見た目と違って熱血漢なグレンの手を振り払ったアレスは負けじと全速力で走る。


「アレス!!」


「な、なんだ!?」


「し、私物って、やっぱり……下着とか?」


「んな訳ねーだろっ!」


 二人は馬鹿な会話をしながら街の路地を走り抜けるのだった。

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