『52』
ジワジワとホームシックになりつつある麗音は、夜中にしょっちゅう目を覚ましていた。まだ幼い麗音だ、これだけは仕方ない事だろう。
小さく身体を震わせた麗音は部屋の外へ出て長い廊下を静かに歩く。灯りのついていない廊下は視界がかなり悪く、たまに薄っすらと見える歴代魔王達の肖像画が何時もに増して不気味だ。
(魔王さん、こわい顔だな〜……わたし、大丈夫かな……もしかして、あんな顔になっちゃうの?)
見当違いな心配を頭に巡らせながら分かれ道を左に曲がる。少し目が慣れて来た麗音は、奥の暗がりからすすり泣くような声が聞こえてくるのに気付いた。ちょうど、今向かっている先だ。
(えっ……ゆ、ゆーれいっ!?)
麗音はホラーが得意ではない。シルクのようなコミカルなホラーは問題ないが、ガチなやつは苦手なのだ。そんな彼女の耳に流れ込む亡霊の哭き声、それは近付いてくる訳でもなく、ずっと定位置で哭いているように感じられる。
(ど、どうしよう……この先に行かないと……他に道はないし、うぅ〜、我慢できないよぅ〜)
麗音は意を決して一歩、足を踏み出した。その勢いで二歩、三歩と先へ進むと、亡霊の哭き声が近付いてくるのが分かる。
思わず歩みを止めた麗音は、じっと目を凝らし、先に居る何かに視線を合わせる。何かは、プルプルと震えている。
薄っすらその容姿が露わになっていく。
「……しゅぅ……ぅぅ」
「あ、あれ?」
「でしゅぅっ、うっ、でし、でしゅ……ぅぅ」
はい、リリアルでした。
「リリアル、どうしたの?(お化けじゃなかった〜)」
「はっ、ま、ま、ま、まおーしゃまぁっ!?」
リリアルは麗音を見るなり萎れていた白蛇をピンと立てて目を見開いた。そして大きな瞳に涙をこれでもかと溜めると、それを一気に放出、全力で飛び付いたのであった。
どうやら夜、お手洗いに出たのはいいが、帰り道が分からなくなり迷子になっていたようだ。それで遂には肖像画に睨まれながらしゃがみ込み、泣いていたのだと。
「もう安心だよ。こわくないよ〜(良かった〜、もうこわくない〜)」
麗音は自らもお手洗いを済まし、リリアルを部屋まで連れて行ってあげた。リリアルの部屋、というか、子供達の部屋の前についた麗音はリリアルにおやすみを告げその場を後にしようとした。
しかし、
「でしゅ」
リリアルは掴んだ麗音の透け透けパジャマから手を離さない。それどころか一層強く握っては上目遣いで魔王様を見上げる。
「りりある、まおーしゃまと寝るでしゅ……」
「わたしと?」
「でしゅぅ」
リリアルはコクリと首を垂れる。頭のダブルアホ毛と尻尾の白蛇がゆっくり左右に揺れていて可愛い。
「い、いちゅもセイレーヌ姉とかしゅふれと寝てるの知ってるでしゅ。ズルいでしゅ」
確かに、セイレーヌはたまに寂しくなり部屋に忍び込んで来る事が多々ある。スフレもシルクから逃れる為に麗音の部屋を訪れる事があるのは確かだ。
いや、その前に、
セイレーヌに対してはセイレーヌ姉、
スフレに対しては、しゅふれ、な所が気になるが。
スフレは見た目的に同類と認識されているのかも。
それはさておき、
麗音はリリアルを自室へ案内した。一番一緒に寝たがっているシルクの部屋の前を忍び足で通り過ぎて、無事に到着した二人は小さく息を吐き出した。
「別にシルクの事が嫌いなわけじゃないよ、リリアル?」
「わかってるでしゅ」
「シルクと一緒に寝ると、チューされそうだから。やっぱり初めてのチューは格好良い正義の味方の人としたいでしょ?」
「わ、わかる……でしゅ?」
ピンと指を立てた麗音の仕草を、理解してかどうか、リリアルが見上げて真似をする。
しかし、残念ながら、麗音のファーストキスは亡き父が真っ先に奪っているのだ。それどころか、祖母や祖父、近所のおじさん方にもその唇は奪われている。そしてそんな事実を彼女は知らない。
二人はベッドで横になる。
「おやすみ、リリアル」
「まおーしゃま?」
「どうしたの?」
「りりある……あのね……その……」
リリアルは麗音の腕に絡み付いたまま、言葉に詰まった。小さな身体は震えている。
「リリアル泣いてるの? 大丈夫? お腹、いたいの?」
萎びた白蛇には力が感じられない。リリアルは大粒の涙を流しながら麗音に心の内を吐露する。
「ケ、ケンカしたでしゅ……」
「ケンカ? 誰としたの?」
「ガウルと……」
ガウルとは、子供達の一人で獣人タイプの魔物の男の子だ。活発な性格で子供達の中でも一番やんちゃな彼である。話によると、理由は些細な事だった。
オヤツの取り合いだ。
ガウルが後で食べようと取っておいたオヤツをリリアルが勝手に食べてしまったらしい。
普段怒らないガウルだが、その時は虫の居所が悪かったのか、思わず年下のリリアルに平手打ちをしたのだ。リリアルは勿論鳴きわめき、ガウルの立派な鼻先に白蛇で噛み付いた。
リリアルも分かっているのだ、自分が悪いと。しかし、意地になって謝れず、そのまま夜が来てしまった訳だ。麗音はふと思い出した。
確かにガウルの鼻先に謎の絆創膏が貼ってあったなと。
「それじゃ、明日一緒に謝りに行こうね」
「ゆ、ゆるしてくれるでしゅ?」
「ちゃんと謝れば、きっと許してくれるよ。サイには言ってないんだよね? 言うとサイはうるさそうだし、わたしとサクッと解決しちゃおう?」
「うぅ、ありがとーでしゅ、まおーしゃまぁっ!」
「うんうん、だから、もう寝ようね?」
正直、自らも寂しくなり始めていた。しかし、妹分にはそんな姿は見せまいと、強いお姉ちゃんを演じる麗音であった。
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