『42』


 プカプカと砂浜へ流れ着いた金色に輝く髪の猫耳少女を見てお決まりの絶叫ボイスを発動させる麗音。


「猫耳〜……」


 その場の全員は慣れたもので、サッと耳を塞ぐ。


「キターーー!!!!」


「ぴにゃーーーっ!?」


 猫耳少女は細い身体をビクンと弾ませ、水を失った魚のように跳ねる。それと同時に揺れた果実を全員が目で追う。

 猫耳少女は大きな金色の瞳を瞬かせ、キョロキョロと辺りを見回すと、猫が毛づくろいするような仕草を見せる。


「ふぁ〜っ、おはよ〜だにゃ〜」


 あくびをすると、緩やかに帆を描く垂れ目がちな瞳の目尻から涙が滲む。両手で寄せた胸が今にもこぼれ落ちそうに行き場をなくしている上、水に濡れた白いシャツはその先の柔肌に貼り付けている。


「ぼ、僕っ、何か羽織るものを持って来るよっ!」


 堪らずサイはエスケープした。シルクはムッとサイを目で追うが、すぐに猫耳少女に向き直り声をかける。


「あの、大丈夫ですか?(お、おおきい……)」


「ロザリニャだにゃ〜!」


「え……あー、ロザリニャさんですか」


 質問を完全スルーで名乗った金髪ショートな猫耳少女に皆もつられて簡単な自己紹介をした。

 すると、我慢の限界が訪れた麗音とスフレが行き場をなくしていた果実を両サイドから突く。


「おお〜ぷにぷに〜!」「のんじゃ〜!」


「にゃん、くすぐったいにゃ〜」


 ロザリニャは頬を赤らめる。二人に続けとばかりに子供達もたわわな果実を好き放題に揉みしだく。しかし終始照れくさそうに笑うだけのロザリニャ。


「こ、こら皆さんっ、困ってらっしゃいますよ!?(わ、わたくしも触りたいっ……モミモミ)」


「別にいいにゃよ、慣れてるからにゃ〜」


「な、慣れてる!?(揉まれ慣れているという事?)……そ、それでは……ゴクリ」


 シルクは震える手のひらでソレに触れてみる。細い指が吸い込まれるように柔肌に沈み、何とも言えない感触が指先を包み込んだ。


「……おお……なんてことでしょう……」


「ひにゃっ、そ、そこはっ、にゃんっ」


 ロザリニャは身をよじらせ甘い吐息を漏らしはじめた。しかし子供達は容赦無く胸に群がり揉みしだく。大きな胸に亡き母を重ねているのかも知れない。とにかく夢中である。


「も、毛布、持ってきた、よ、ぶぴゅーっ」


 毛布とタオルを持って来たサイがこの後貧血で倒れたのは言うまでもない。




 雲一つない快晴の赤い空に浮かぶ太陽らしきものに照らされ、濡れていた服も乾き始める。白いシャツの先にある無防備ノーガードの丘も透けなくなり、サイの鼻血も何とか止まった。


 サイが改めて自己紹介をした後、猫耳少女ロザリニャに本題を持ちかける。


「えっと、つまりロザリニャさんは昼寝をしていたらいつの間にか海を渡っていたって事なの?」


 彼女の説明によると、ポカポカ陽気に当てられて昼寝と洒落込んだのだが、目覚めるとここ、月哭きの海、ホワイトビーチに流れ着いていたとの事。

 俄かに信じがたい話ではあるが、ロザリニャの緩さからしてあり得なくもないと子供達は信じる事にした。そんな子供達の視線は気にせず大きなあくびをするロザリニャは眠たそうな瞳をパッと開く。


「にゃにゃ!? それより、ここは何処にゃ!?」


 今更感が拭えない一言に麗音が答える。


「魔界だよ!」


「そうかにゃ〜まかい、にゃにゃ!? 魔界!?」


「うん、魔界へるどらど!」


「にゃんてことだにゃ……昼寝していたら目的地に着いたみたいだにゃ〜」


「目的地? ロザリニャは魔界に旅行に来たのかな?」


「旅行、というかにゃ〜、ちょっと魔王さんに用事があったにゃ。ここには初めて来たけど、ご主人はここの魔王さんと仲が良いみたいでにゃ。お使いを頼まれていたにゃ。でもにゃ〜ロザリニャは猫にゃ。寄り道に寄り道を繰り返して、海辺で昼寝をしていたにゃ〜! そして気が付いたら目的地に着いていたって事にゃ! えっへん!」



 猫は自由だが、自由にも程がある。



 ……


 それに魔王は寄り道をしている間にお亡くなりになられているのだが、その旨を伝えるとロザリニャの猫耳がピンと跳ねた。


「にゃにゅ!? 魔界が勇者に滅ぼされたにゃ? や、やってしまったにゃ……ロザリニャが寄り道にゃんてしてたから……はにゃ〜、ご主人に叱られるにゃ〜……」


 あたふたと慌てふためくロザリニャにサイが問いかける。


「そのお使いってのは?」


「そ、それは〜、あれ? 忘れたにゃ」


 どうやら肝心の詳細は忘れたようです。

 皆は顔を見合わせては麗音に振り返る。麗音は大きな瞳を瞬かせ首を傾げる。


「レオン、現魔王であるレオンにここは委ねます。わたくし達はレオンの指示に従うだけですから」


 シルクの言葉に皆が頷いた。

 麗音は少し考えて皆に視線を向けた。


「よし、それじゃあとりあえず魔王城に連れて帰ろう? 危ない猫さんじゃないみたいだし、魔界で一人にするのもかわいそうだしね」


 皆もその考えに賛同する。

 魔物ではないが人間でもない。彼女は猫の亜人といったところだろう。そして亜人も人間に蔑まれ細々と生きる種族だとサイは聞いた事がある。

 それに前魔王と顔見知りの人物が送り出したお客様な訳だ。ここは丁重に扱う必要がある。


「にゃ、お城に猫缶はあるかにゃ?」


「猫缶……? は、ありませんが……そうですね、お魚の缶詰ならありますよ?」


「にゃった〜!」


 ロザリニャは嬉しそうに跳ねて見せた。跳ねる度に連動して揺れるたわわな果実を皆が目で追ったのは言うまでもないだろう。

 幼い顔立ちであるロザリニャだが、背も皆より高く出るとこ出てるのを見る限りは一番年上だろうと推測出来る。


 何はともあれ、謎の多い漂流ぬこと遭遇した魔界の子供達はケルヴェロスの獣車に乗り長い道のりを往くのだった。


 しかしこの時、警報が鳴らなかった事に誰も気付く事はなかった。



 ——



 辺りは既に真っ暗な深い夜。

 森を抜け舗装された路を静かに走り抜けるのはケルヴェロス。後ろで眠りについている子供達を起こさないようにゆっくり揺らさないように走る。

 そんな優しい魔獣の視界には綺麗にライトアップされた、——とはいかないが、それでも安心出来るホーム、城下町ヘル=ヘイムとその先にそびえ立つ禍々しいオーラを放つ魔王城が映る。


 ケルヴェロスは、ふと思考を巡らせた。

 この目抜き通りが賑わっていた頃の事を思い出す。飼い主の笑顔を思い出す。命を張り闘って散った魔界の住人達の顔を思い浮かべる。


 魔界の空にケルヴェロスの遠吠えが響いた。



 今夜も魔界には紫の月が昇る。月のあかりがケルヴェロスを照らし細く長い影をつくるのだった。


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