『41』
子供達は
やがて空は暗くなり、いつの間にか紫の月が淡い光を放つと、真っ白な砂浜を薄い紫に染めた。
海まで来ると空が広い。
花火なんてものはないが、皆で砂浜を背に寝そべり夜空に輝く星々を眺める。
「綺麗だね〜」
麗音の大きな瞳はラメを散らしたスーパーボールようにキラキラと星の光を反射する。
丸くなりお隣さんと手を繋ぎ、
麗音、シルク、サイ、セイレーヌ、スフレ、リリアルと子供達、そしてケルベロス。
『ケルヴェロスだ』
——
テントを張り子供達が寝静まった頃、麗音は一人、夜の海を眺めていた。三角座りで。
「ねぇクマデビル? 聞こえてる?」
『ンダコラ、ロリガ!』
「口悪いの、なおさないと海に捨てちゃうよ?」
『ナッ……クソガ! 何ノ用ダゴラ!』
ランドセルから外したクマデビルを両手で摘むように持ち自らの目線に合わせる麗音。
「何で勇者はさ、魔物達に意地悪するの? 何で酷いことするの?」
『ハッ、知ルカコノロリガ! 遊ビ感覚、ジャネーノカ? 俺様ニハソウトシカ見エンガナ』
「遊び……そんな……」
(勇者って……正義の味方じゃなかったの……)
だが、麗音の見た勇者を名乗る者の行動は、テレビでよく見る悪人そのものだった。
麗音は内心穏やかではなかった。大好きな正義の味方のイメージが音を立てて崩れてしまったからだ。
『ハッ、ソノ為ニオマエヲ召喚シタンジャネーカ! 勇者ヲ根絶ヤシニシチマエバイインダヨ、コノロリマオーメガ! 悩ム事ナンザネーダロガ! 全員ブッ殺……アベブバッ!?』
「クマデビル〜? せっかくかわいいのに口が悪いのはよくないよ〜?」
麗音はクマデビルのチェーン部分を摘み半分程海に沈めた。
『テメ、グベバ……ブッファ、ゴルァコノロッブッファラァス!?』
「ごめんなさいは〜?」
『誰グァバッ……プヒッ……』
☆★☆拷問中☆★☆拷……☆
『ゴメンナサイ……』
「そうそう、それでいいんだよ。おいでクマデビル!」
『グバ……ヤ、ヤメヤガレ……ッ』
クマデビルを小さな胸に押し付けるようにして抱きしめた麗音はランドセルにクマデビルを装着する。
(そろそろ寝ないとね。ママ、おやすみ)
『チックショーン!』
夜空にチックショーンボイスがこだました。
——
やがて朝が訪れる。
テントの中で少女達が絡まり合っている。穏やかな表情で涎なんか垂らしどんな夢を見ているのだろうか。スフレとセイレーヌが麗音を取り合うように絡みついているのだ。
しかし、そこにサイの姿が見当たらない。
サイは気を遣ってケルヴェロスの獣車で就寝していたようだ。ふと目を覚ました彼が外に出ると、既に起きて朝食の準備に勤しむメイドが視界に入る。
「早いんだねシルク。僕も手伝うよ」
「あら、サイではありませんか。構いませんよ、わたくしが好きでやってますのでお気になさらずとも」
「なら、僕も好きでやろうかな。それなら問題ないよね?」
「そ、そうですか……それなら火をおこしていただけますか?」
「任せてくれ」
サイはシルクの隣で火をおこす。
息を吹き込むと火力が増す。岩を積み上げただけの簡素なコンロ。そこに鍋を添える。
どうやらシルクは朝食にスープを作るようだ。野菜を丁寧に寸分違わぬサイズで切り分け、手慣れた手つきでそれを鍋に流し込む。
「サイ、そこの魔界パウダーを」
サイは言われるがまま魔界パウダーを手渡した。魔界パウダーとは、現実世界で言う調味料である。
魔界パウダーはどんな料理にも必須で、魔界のキッチンには必ずあると言っても過言ではない。
そんな魔界パウダーを振りかけるシルクの小指がピンと伸びる。サイは上機嫌で料理をするシルクをじっと見つめると微かに頬を染める。
「どうかしましたか?」
「な、なんでもないよっ!?」
「顔が少し赤いような。少し熱でもあるのでは?」
「あっ、シルク?」
シルクはサイの額に手を当て、自らの体温と比べるような仕草を見せた。慌てるサイの事は気にもせずに。すると、スープの鍋がカタカタと音を立てて沸騰を報せる。
シルクは慌てて鍋を移動させようとした。
「熱っ……」
「はっ、シルク!?」
サイは咄嗟に彼女の手を取り冷やす為の水を探した。しかし見当たらない。
「あ、あの……サイ……?」
「ご、ごめん……」
「いえ、ありがとうございます。少し熱かっただけで火傷にはなってませんから大丈夫ですよ」
「そ、そうか……良かった〜」
「あ、えっと……手……」
サイは顔を真っ赤にした。シルクの頬も紅潮する。
暫し無言で見つめ合う二人。しかし二人は複数の視線が突き刺さる感覚に襲われ我に返り、恐る恐るその視線の方へ首を捻る。
「じーー」
ズラリと並んだ幼女達がニヤケ面で二人をじっと見ていた。
「お邪魔じゃったかの?」
「お、おふ、おふ、お二人はそん、な関係だったの〜!?」
スフレとセイレーヌの言葉にシルクは慌てて弁解する。必死に弁解するシルクを見るサイは少しばかり残念そうだが。
「ほ、ほら〜皆さん朝食の準備は出来てますから、こちらへいらして下さい」
無理矢理はぐらかしたシルクだったが、腹ペコな麗音達は「はーい!」と元気に返事をし、それぞれ席に座って待つ。
低学年組はまだまだ子供である。少しだけ大人な年上組に甘える甘える、そんな麗音達が可愛くて仕方ないといったシルクの優しい表情を見たサイは人知れず口元を緩めた。
朝食を済ませたら楽しい時間とはお別れである。
長い道のりを帰らないといけない。ケルヴェロスも気合いを入れプルプルと武者震いする。
いや、武者震いではないか。重量オーバーと森の抜け道を思って震えているだけかも知れない。
皆が獣車に乗り込んだのを確認したサイは真っ白な砂浜に別れを告げ自らも獣車へ乗り込もうと足をかけた。その時だった。
「なんだろ、あれ……?」
サイは遠くに視線をやり大きな単眼を細めた。
海に何か浮いている。
それは徐々に近付いて来る。やがて視認出来る距離まで接近したソレは無造作に砂浜へ打ち付けられる。と、思ったらすぐに波にさらわれ、再び砂浜に打ち上げられ、
——それを数回繰り返すのを見ていたサイは、ハッと我に返り、波に弄ばれるヒトらしきシルエットに駆け寄っていく。
「……に、にんげん?」
流れ着いたのは髪の短い色白な少女だった。容姿は魔の類ではなく限りなく人間に近い。
しかし、
「ふにゃらす〜、むにゃむにゃ」
落ち着いてよく見ると少女の頭には獣の耳が、それに、ピンクがかったジーンズ生地のホットパンツからは尻尾が生えていた。
「も、もう食べられにゃいにゃ〜」
猫耳少女は白いTシャツを豪快にまくり、だらしなくお腹を掻いては寝言を垂れる。シャツを捲り上げた事で、顔に似合わずたわわに実った果実がはみ出しそうになっている。
サイは思わず凝視する。すると背後から幽霊が気配なく忍び寄り耳元で囁く。
「さっきのトキメキを返して下さい、ふんだ」
「ちょ、シルク!?」
シルクはプイッと横を向いてしまう。
獣車から皆が降りて来ては気持ち良さそうに眠る猫耳少女に群がる。
麗音は猫耳少女の耳をツンツンと突いてみる。ピクンと反応しては耳がピンと立ったが、すぐにペタリと垂れてしまう。麗音は大きな瞳を瞬かせ、少し考えた後『大きく息を吸い込んだ!』
瞬間、その場の全員が咄嗟に耳を塞いだ。
「猫耳〜、キターーー!!」
「ぴにゃーーーっ!?」
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