『38』


 麗音は『大きく息を吸い込んだ!』



「わぁぁぁーーーーっ!!!!」



 絶叫ボイスは見えない衝撃波を放ち狂気の剣士を吹き飛ばした。しかし剣士は空中で一回転し、倒れる事なく地面に降り立つ。


 その隙に麗音は縦笛を夜空に掲げ変身。

 光の中のシルエットを見たシルクはゴクリと唾を飲む。


 それはさておき、変身が完了した麗音は真っ黒なマントにランドセル、中は透け透け、そして髪はお団子じゃなくおろした状態のプレミアムバージョンとなる。


 シルクは身を震わせた。


(かわゆいよ〜レオン〜)


 サイが隣で白い目をする。


「……ジュルリ」


 構わずヨダレをすするシルク。



「はっ、やっと本気か。そうでなくちゃつまんねぇよな〜!」


「……ころすとか、そんなのよくわかんないけど……でも、わたしはアンタを許せない……だから、たおす!」


「……たおす、か。可愛いこと言っちゃってよ。やれるもんならやっ……ぐべふぁっ!?」


 ——!!


 一瞬の出来事だった。


 レオンの拳が剣士の鎧を一撃で砕きボディにめり込む。血反吐を吐いた剣士は何とか踏ん張り、魔王少女レオンに蹴りをお返しする。


 レオンは両手でそれを防ぐ。しかし、ガードは解け身体が宙を舞った。だが、


 先程とは違って建物の壁に両脚で着地、そのまま壁を蹴り跳躍、剣士の頭に強烈な跳び蹴りを炸裂させた。弾丸の如き幼女の蹴りは正にクリティカルヒット、大の大人の身体が浮いた。


 赤黒く染まった剣は回転しながらくうを切り、やがて軽い金属音を鳴らし地面に落下する。

 剣士は身体を回転させながら後方の壁に激突し瓦礫の下敷きとなった。


 それでも更に、魔王少女の攻撃は続く。


 レオンは筆箱から鉛筆や蛍光ペン、シャーペン等、無数のミサイルを放った。全く容赦がない。

 しかし着弾前に瓦礫から一筋の閃光が放たれた。剣士の魔法攻撃、ライトニングスフィアだ。


 シュッ……はい。


 レオンはそれを消しゴムで相殺した。


 しかし、その隙にミサイルをかわした剣士が懐に入って来る。そして大人げない剣士の拳は容赦無くレオンの頬を打つ。瞬間、


 ——レオンの膝が剣士の股間にめり込む!


「くはぁっ!?(反撃早過ぎない!?)」


 悶絶しながらも剣士はレオンのマントを掴み、数回振り回して壁に投げつけた。

 壁を破壊したレオンだが、すぐに復帰して剣士の顎を打つ。しかし負けじと剣士はレオンを掴み、地面に叩きつけ、拳を振りかぶる。


 その瞬間、ランドセルが翼と化した。


 まるで小型の戦闘機のように低空飛行をするレオンは剣士の身体を掴み空中で一回転、そのまま剣士を地面に投げ捨て叩きつける。


「お返しだよ!」


「ぐはぁっ、くそっ、たれがぁーーっ!」


 剣士は地面にめり込み叫び散らしている。


 シルクとサイは顔を見合わせた。


「な、なんて戦いなんでしょうか……なんだか、こう、めちゃくちゃというか……なんというか」


「そ、そうだね……レオンが完全に押しているようだけど……はちゃめちゃだね……」


 呆気にとられる二人をよそに、魔王少女レオンの追撃ヒップドロップが剣士の腹部ボディを抉る。自慢の赤い鎧は完全に砕け散り、見るも無残な姿に。

 だが、この男の執念も中々のものだ。


 強烈な衝撃尻圧に声を上げながらも何とかレオンの足首を握った剣士は、反撃に転じるべく上体を起こ……


「べぶぐふぁっ!?」


 そのワンカットは、声にエコーがかかり、心なしかスローモーションに見えたりする。


 足首を掴み、上体を起こした瞬間、レオンの反対側のつま先が剣士の顎を蹴り、見事に脳を揺らしたのだ。弓のように反り返った剣士の前でマントの中の透け透けパジャマをなびかせるレオン。


「わーお、わんだふぉ〜!(クマちゃんパンティ!)」


 シルクが思わず声を上げるが、隣で白い目をするサイに気付き小さく咳払いをした。


 それはさておき、弓反ゆみぞった剣士が体勢を立て直す前に極めて低い位置からの右ストレートが再び股間にめり込む。


 股間粉砕。


 当然、剣士は悶絶。

 スローモーションにリピート再生も追加される。


 悶絶剣士は思わず股間を両手で庇う姿勢をとる。しかし、その行動が更なる悲劇を招く事となった。


 ——魔界にドピューッと赤い橋が架かった。


 小さな膝小僧が剣士の鼻を容赦無く打つと鼻血が見事なアーチを描いた訳だ。因みに打たれた鼻はあり得ない方向に曲がっている。


 ……鼻、折れました。


 そして再び縦笛を手に取ったレオンはそれを両手で構える。すると、ランドセルにぶら下がったクマデビルがレオンに言った。


『ヨシ、胴体ヲ両断シテシマエ!』


「クマデビルはちょっと黙っててよ、そんな事したら本当に死んじゃうじゃない」


『イ、イヤ待テ、今マデノ攻撃デモジューブン人ハ死ネルダローガ、ロリガ!』


「トリとか言わないで!」


ジャネー、ロリダ、コノロリマオー、トットト殺セ!』


 クマデビルの声はレオンにしか聞こえない為、何とも言えないシュールな空気に場は包まれる。

 レオンは持ち前の創造力で縦笛の形状を変化させた。小学生のレオンの頭身以上はある巨大なピコピコハンマーだ。


「トドメだよ!」


 レオンは魔力を巨大ピコピコハンマーに込める。


 鼻血を垂らしながら何とか立ち上がった剣士はまるで別人のように顔面のパーツを中央に寄せては叫び散らした。


「クッソォがぁっ……何故だっ、な〜ずぇ……っ……オレはレベルマックスになったんだぞ!?」


 もはや顔面は福笑い状態。必死の形相にも程がある。そんな滑稽この上ない顔面で吠える。


 そんなクズ勇者に魔王少女レオンがトドメを刺す。


「ザコ敵のレベルマックスなんてどーでもいいよ! スマホのゲームで言うと最初のダンジョンでドロップする三色くらいバリエーションのあるやつだよ、れあどいちのやつ!」


 なんて事だ。彼はガチャ限ですらないのか? 因みにその知識は親戚のお兄さんからの受け売りである。年に数回会う程度だが、麗音は彼にも懐いていて、一緒にゲームをするのが楽しみでもある。

 因みに、この前はガチャで限定を引き当て、ジュースを奢って貰った。


「……んだとぉ!?(コイツの言ってる意味がわからねぇが……馬鹿にされたのはわかるぞ……何だよ、レア度って?)」


 どうやら顔面崩壊中のクズ勇者にはレオンの例えが理解出来ていない様子だ。


雑魚そんなのがレベルマックスになったからって……魔王ラスボスのわたしには勝てないよ。しょーじき、めちゃくちゃ弱いから!


 ……だから、もう二度と、


 ————帰って来るなぁぁっ!!!!」



「ぐぶらっぷぁぁぁぃぇっ!!!?」


 飛んだ。


 フルスイングで胴体を打たれた剣士が、ギャグ漫画ばりに飛んで星になった。肉体的、そして精神的ダメージは計り知れないだろうが、星になるだけで済んだのを感謝しろ、クズめ。


 それはそうと、


 陽向麗音ひなたれおん、記念すべき第一号ホームランは魔界でした。



 巨大なピコピコハンマーを元の形、つまりは縦笛に戻したレオンは、それをランドセルにしまうと、すぐにスフレの元へ駆け寄る。


 スフレは小さな手を伸ばす。レオンの居場所を探るように、焦点が合わない様子で。そんな彼女の手をレオンは優しく握り「もう大丈夫」と笑った。


「……レオン……儂は……またっ……ま、たぁ……ひとりに……」


「ひ、一人じゃないよ、ほら、周りを見て?」


 スフレは身体を支えてくれている黒髪三つ編みメイドのシルク、優しい眼差しの碧色少年グリーンボーイのサイに視線を合わせる。


「ね、お城にはレーヌもいるし、小さな子供達だっているよ。ついでにベロちゃんも」


「……うん……」


「か、悲しいよ、わたしも……」


「……うん……」


 するとサイが立ち上がり、徐ろに口を開く。


「実体はないけど、キュロットと丸犬達のお墓を作ろう。僕達が忘れなければ、彼等の存在は永遠だから。気休めかも知れない、けれど僕達は前を向こう。スフレ、君は、どうしたい?」


 サイは悔しそうに拳を握りしめている。


 スフレは顔をあげる。涙でぐしゃぐしゃな顔でレオンを見上げる。震える声は確かに言った。



「儂を……なかまに……レオン、儂はお前を魔王と認め、忠誠を誓うのじゃ……もう、一人は、嫌なのじゃ……もうっ……キュロット……やアイツらのような犠牲者は……出したくない……のじゃ……強くなりたい……つよく、もっと……」


「わかったよ、スフレ。スフレはもう一人じゃないよ。わたしの力、受け取って!」


 レオンは溢れそうな涙を堪え、今出来る最高の笑顔をスフレに見せた。すると光がスフレを包み込み身体に溶け込んでいく。


 スフレは目を見開いた。


「み、みえる……のじゃ……」


 視力が回復している。その上、


「立てる……あ、歩ける、のじゃ……」


 魔王レオンの力がスフレの身体を完治させた。否、それどころか、一人で走れる程の丈夫な身体を与えたのだ。


「レオン……あ、ありが……っのじゃ!?」


「駄目だ〜、ちょっと寝るね……」


 麗音は糸の切れた人形のようにスフレの胸に飛び込むと膝をついたまま眠ってしまった。シルクは羨ましそうにそれを見ている。


「また一週間は眠るかもね。その間、僕達は城を死守しないとね。シルク、寝床をお願い出来るかな?」


「わかりました、わたくしにおまかせを」


 シルクは浮遊形態になり坂道を登って行く。サイは倒れた麗音を抱き上げ、スフレと共に歩いて城に続く坂道を登った。


 ブラリと垂れた麗音の手のひらを、大事そうに握るスフレのもう片方の手には、翡翠色に輝く綺麗な石が大事そうに収まっていた。


 夜は明け始めている。


 朝日が三人の姿を照らすと、スッと長い影が坂道に伸びる。その姿は、仲良く家に帰る、そう、


 ——家族のようだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る