『36』


 ロリコンクズ勇者パーティーと漆黒龍キュロット戦闘バトルが始まった。


 タンクの男が巨漢を翻しながらキュロットの懐に入り込み大きな盾を押し付ける。見た目と反したテクニカルな動きに意表を突かれたキュロットは盾に弾かれ後退を余儀なくされる。


 その怯んだ隙に剣士が攻撃を仕掛ける。しかし、硬い漆黒の鱗が白刃を弾いた。蒼白い火花が暗闇を僅かばかり照らし、キュロットの口元で大事そうに咥えられた翡翠色の石が光る。


 キュロットは翼を羽ばたかせ突風を巻き起こす。その強烈な突風はタンク諸共全員を吹き飛ばし納屋へと押し返した。


 後方でそれを見ていたスフレにも勿論影響する。キュロットはそんな彼女を見ては追い討ち攻撃を取り止め立ち止まる。そしてゆっくりと後ずさりながら勇者達を威嚇するように唸る。


 クズ勇者達は顔を見合わせては不敵な笑みを浮かべ、一斉にスフレに振り返る。


「ひっ……」


 タンクの男が丸太ほどの太い腕を伸ばしスフレの首根っこを乱暴に掴む。そして漆黒龍キュロットに向き直り人盾スフレを自分の前に突き出した。まるで盾を構えるように。

 スフレの両脚は弱々しく空気を蹴る。


「どうした、レアモンスター。このガキがそんなに大事なのか〜?」


「……は……な、す……のっじゃ!」


 必死に抵抗するスフレは、力を振り絞り熱風の瘴気を纏おうとした。しかし、突如として太腿を襲った激痛で意識が吹き飛びそうになり、情けない声で悲鳴をあげる。


 地面に真っ赤な血が落ちる。スフレの細い太腿に剣士がナイフを突き刺したのだ。痛みのあまり身体は小刻みに痙攣し、赤い血の他に生温い液体が滴り落ち、納屋の地面を濡らした。


「……っ!!」


「ガキが漏らしやがった……くせぇ……」


 キュロットはすぐさま剣士に飛びかかろうと地を蹴るが、それをタンクが制する。


「おっと待て待て〜、このガキにも当たるぞ〜?」


 非道なクズ共は確信した。

 このドラゴンはこのガキの連れだと。それを盾に、——つまりは人質に取れば戦闘を有利に進められると。

 タンクに拘束されたスフレは逃げろと叫ぶ。その瞬間、突き刺されていたナイフが更にその柔腿を抉る。声にならない悲鳴が城下町に響く。


 何も出来ず佇むキュロットは哀しそうに喉を鳴らす。スフレを傷付けたくない。その心が邪魔をする。攻撃を仕掛ける事が出来ない。

 目の前で大事な友達が痛めつけられ、辱められている苛立ちが地を踏み鳴らす両脚の動きでわかる。


 キュロットは幼体と言えど龍族、本気になればこんな勇者パーティーごとき、一瞬で壊滅させられる。それは先の突風だけを見ても一目瞭然だった。


「ボクちんの出番だな。クク、焼いてやるよ〜弱火で焼いて、焼いて、焼いて、さぁ!」


「や、やめっ……」


火炎壁フレイムウォール!!」


 魔術師が杖を掲げ炎の壁でキュロットを囲む。キュロットは慌てて翼を広げ上空へ回避しようとした。しかし狭い壁の中で翼を広げると炎で翼が焼けるのだ。堪らず咆哮したキュロットの口から翡翠色に輝く綺麗な石が転げ落ちる。


「……あっ……」


 石は転がり炎の中へ。キュロットは石を追いかけて自ら炎の中へ飛び込んだ。鱗が灼かれて溶けるように変形していく。それを見た剣士は先程は弾かれた白銀に輝く剣を両手で握り力を込める。


 刀身に力がこもり、淡い光を放つ。

 そのタイミングで魔術師は炎の壁を解除した。


(駄目じゃ……キュロット、それはいいからっ……に、にげ……)



 強固な岩を砕くような鈍い音に混ざり、柔らかい肉を裂く残虐な音が響く。それと同時に、暴発したホースから噴き出す水飛沫を思わせる血潮が瞬時に通りを赤く染め上げた。


 返り血を浴びた赤い剣士は間髪入れず鱗の剥がれた標的の胴体を、


「やめてくれなのじゃぁぁぁっ!!!!」




 ——容赦無く貫き、そして、



(そんなの……嫌……いやなのじゃ……キュ)



 ——振り抜いた



「きゅ……ろ……」


 スフレの視界が回転する。入り乱れる暗い空や石の壁、狂気に満ちた顔、やがてそれは止まりスフレの視界は冷たい石の地面で覆い尽くされた。


「いやっほ〜、ボクちん達はラッキーだぜ!」


「おいどん達もこれであの方に認められる。おい、早く経験値を吸い上げようぜ!」


 タンクの男はスフレをゴミのように投げ捨てたのだ。風に吹かれたゴミのように地面を転がりうつ伏せに倒れた事で地を舐めた。


 嬉々として巨大な結晶と成り果てたキュロットに群がるクズ共の声は、もはや彼女には聞こえない。無音の世界で、スフレは片眼に移る奴等クズ共を睨む。


(ころしてやる……ころしてやる……ころしてやる……ころして……)


 涙で視界が極めて悪いが、友達キュロットが結晶になった事は理解出来てしまう。いかに強固な鱗を持つ龍族といえども、所詮は幼体。攻撃面は優秀でも守りはまだまだ完全では無かった。


 キュロットは死んだ。殺されたのだ。自分の無力さ故に、無惨に殺されてしまった。スフレの脳内に、ただ一言だけがループする。


(ころしてやる……ころしてやる……)


 勇者達に無造作に蹴られて転がってきた翡翠色の石がスフレの目の前で止まる。

 絶望した。

 スフレは心の中で叫んだ、否、絶叫した。怒りが込み上げてくる。哀しみが溢れ出してくる。


 だと言うのに、身体は動いてくれない。


 何も出来ない。


(ころしてやりたいっ……)


 無力だ。彼女は自らの無力を呪った。


 手を伸ばした。しかし、必死に届けと手を伸ばした彼女が見たものは、追い討ちをかけるような更なる地獄絵図だった。


 キュロットを殺した憎っくき刃が、次は青い魔術師を赤く染めあげたのだ。

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