『35』


 ————


 ——



【魔王城、麗音の部屋】



「……はぅ……ゆめ、か」


 スフレは隣で眠る麗音の顔をじっと見つめてみる。そこに居るのは、どう見繕っても幼女だ。自分と同じ位の歳であろう子供だ。


「……まおう、レオン……」


 絡みつく腕と脚を起こさないように振り解き、大きな窓から外を眺めるスフレは、幸せな夢を見たなと表情を和らげた。


(仲間、か。キュロット以外の、新しい仲間。ともだち……儂は、もう一人じゃない……)


 そんな思考を巡らせていた、その時——


 スフレの視界に小さな黒い影が映る。スフレはそれがキュロットだと瞬時に察した。見間違える訳はない。キュロットが城下町の方へ飛んで行くのが確かに見えた。

 スフレはすぐに追いかけようと部屋を出る。長い廊下を裸足で走ると、たちまち息が上がる。

 それでも大きく深呼吸をし、庭へ出たスフレは城門の橋を降ろす。


 巨大な橋が轟音を立てては城と城下町へ続く道を繋ぐ。城門が開き切るのを待たずしてスフレは外へ飛び出した。しかし、ここで彼女の限界が訪れる。橋の上で無防備に転げ顔から地面にダイブした。


「はぁ……はぁ……く、そ……キュロット……何処に行くのじゃ……」


 諦めかけた、その瞬間。

 彼女の視界が少しばかり高くなる。一心同体である丸犬達が駆け付け、スフレの小さな身体を背中に乗せた為だ。


「お、お前達……すまない、キュロットを追いかけてくれなのじゃ」


 数回ピョンピョンと跳ねる事で返事をした丸犬達はスタコラサッサと城下町へ続く坂道を下る。

 間も無く目抜き通りに出たスフレ達だったが、そこには既にキュロットの姿は見当たらなかった。キュロットは幼体と言えど龍族だ。ひとたび翼を広げれば目にも留まらぬ速さで飛行可能なのだ。

 とはいえ、今までキュロットがこのような行動をとった事例はなかった。


「うぅむ。キュロットのやつ、山に忘れ物でもしたのかの?」


 スフレの乱れていた息遣いもかなり落ち着いたようだ。スフレは立ち上がると丸犬達に言った。


「手分けしてこの辺りを捜してみるのじゃ」


 スフレの指示を受け丸犬達は各自分散する。

 スフレ自身も通りの路地に入りキュロットの捜索を始めた。


 ——かれこれ、三十分が経過。


 しかし、今だに見つかる気配がない。スフレは少し不安になり丸犬達に一度集合しようと語りかけた。彼女は意思を丸犬達と共有する事が可能だ。スフレは意識を集中させた。


「—————っっ……!?」


 意識を丸犬達に繋いだ途端、脳内で水風船が弾けたかのような異様な雑音ノイズと、衝撃を伴う。瞬間、スフレは糸の切れた操り人形のように片膝をついてしまった。

 何が起きたのか俄かに理解出来ないスフレに第二波が間髪入れず襲いかかる。


「ゔぁぁっ」


 必死に起き上がったスフレだったが、フラリと歩く方向が定まらず壁に頭を打ち付けた。そしてそのまま体勢を崩しゴミ箱に激突する。

 スフレは両手を前に出し、自らに起きている異変に気付いた。


「……みえ、ない?」


 片眼が視えなくなっている。左眼だ。

 慌てて辺りを見回しては壁づたいに目抜き通りまで出たスフレは、そこで力無く膝をついた。




 その膝元を染める赤は地面を跳ねスフレの頬を、服を、容赦無く汚した。


 背筋が凍る。身体から力が抜ける。まるで全ての筋肉が機能を停止したかのように崩れ落ちる。ボヤける視界に映る光景、

 ——それは、


 白銀の刃に両断され自らの身体の一部が消え果てる瞬間だった。

 両断され、空中で真っ赤な血を散らしながら、空間に溶け込むように光に成り果てる、丸犬達の姿。


 小さな結晶が地面で無造作に転がっていた。


 一、二、三、四、五、


 五つの結晶を拾い集め地面に唾を吐きつける男がいた。数は三人。

 赤い鎧の剣士ソードナイト、青いローブの魔術師ウィザード、黄色い鎧の盾士タンク


 ——信号機ブラザーズだ。


「ちぇ、カスみたいな結晶しか落とさねぇじゃねぇか。雑魚は殺しても糞の役にも立ちゃしねぇな」


「こんなんじゃレベル上がらないっての。でもよ、見ろよ〜、ガキが出て来やがったぜ?」


 剣士と魔術師がニタニタと不敵な笑みを浮かべ放心状態のスフレを見下す。


(こいつら……なんなのじゃ……ゆ、ゆうしゃ?)


「そこの納屋にぶち込んでストレス発散に使おうぜ。この前は不完全燃焼だったしよ」


 ガタイの良いタンクがスフレの頭をグッと押さえつけながら二人に言った。


「お前相当やりたかったのな。オレは別にいいわ、もうアイツ以外に興味がねぇからな。終わったらオレが殺すから、サクッとやってこいよ」


 剣士の目線は魔王城に向いている。


「おいおい、殺すのはボクちんの役目だろ。お前らと違ってボクちんは幼女趣味ロリコンじゃねぇんだから、用済みの処分はボクちんにやらせろよ。あのガキを焼く予行演習も兼ねてよ〜、くっふふ、考えただけで興奮するわ」


 魔術師の男が悪態をつきながら異様なまでに口角を上げる。


「ち……まぁいいや。コイツをいたぶってりゃアイツも出てくるだろうしな。だが、アイツを始末するのはオレの役目だ。泣いて詫びるまでフルボッコにしてやる。簡単には殺さねぇ」


「お〜こわい。だけどそれは賛成だ。そうだ、ひん剥いて指から一本ずつ捥いでやるのはどうだ。いや、爪の一枚一枚からっ……ひひひっ」


 クズ発言を繰り返す二人を横目に、我慢の限界が来たタンクの男が乱暴にスフレの髪を引っ張り引きずって行く。スフレは我に返り暴れた。

 この下衆の玩具にされると、幼いながらに悟り死にものぐるいで抵抗する。


「暴れんじゃねっつの、クソガキ!」


 抵抗も虚しく、スフレは納屋の中へ放り込まれてしまった。無様に転がり壁に頭を打ち付けた。


(いや……いやじゃ……嫌じゃ嫌じゃっ……何故こんなやつにっ……警報は鳴ってなかったのに……ま、まさか……コイツらは……レオンが倒したっていう勇者達か……っ!?)


「さーて、おいどんの溜まったストレスの解消をさせてもらうぞ?」


(頭おかしいんじゃないかコイツ、何がおいどんじゃ……そうか……コイツら……魔界の領海から出ずにそのまま潜伏していたのじゃ……恐らく、レオンに仕返しをする為に……儂は……儂はついで、か……くっ……)


「……父様……か、ぁ……さ、まぁっ」


 自らの不幸を呪ったスフレは目を閉じて死を覚悟した。身体の震えは止まらない。抵抗も出来ない。しようとしても、身体が言う事を聞かない。

 丸犬達身体の一部を殺されたスフレの身体は、もはや歩く事もままならない。


 このまま、この男に弄ばれた挙句、ゴミのように殺されるだけだ。命を賭してスフレだけを逃してくれた父や母のように、優しかった集落の皆のように、ただ、殺される運命だ。


 不愉快な息遣いがスフレの耳元で聞こえる。それと同時に、外で騒ぐ声も聞こえてくる。

 その瞬間、納屋の壁が弾けるように吹き飛び剣士と魔術師が中へ転がり込んでは頭を打つ。


「くっ……こりゃすげぇぞ……おい、ガキ遊びは後にして仕事しろ」


 大したダメージではないようで、剣士がお楽しみ中のタンクに言っては口元を緩め、こう続けた。


「……ドラゴンだぜ……!」


 タンクの眼の色が瞬時に変わった。


「こりゃぁ、遊びは後だな」


 瓦礫の中から魔術師が起き上がり、汚れたローブの埃を払う。


「レアモンスター、発見……クク……倒してレベル上限に到達したら、あの方にチートをいただける」


 三人の目はギラギラと輝いている。その輝きは決して綺麗な輝きではない。ドロドロと濁り切った狂気が渦巻くような、野心に満ちた輝きだ。

 タンクは盾を構える。そのすぐ後ろに抜刀した剣士、そして後方で詠唱を開始する魔術師。


 やがて短い詠唱を終えた魔術師がパーティー全員にステータスアップのバフを付与する。

 壁を失った納屋の外は暗い目抜き通り。そこで佇む黒き小さな影は翼を広げ瘴気を纏う。クチバシのように尖った口には光る手のひら程度の石が咥えられている。ボヤける視界の中、スフレは直ぐに気が付いた。


 キュロットだ。そして、キュロットは昇竜山ドラゴンマウンテンの頂上から、あの石を持ち帰って来たとも察した。

 翡翠色に輝く、角のない綺麗なその石を。


 スフレが母の誕生日に渡す筈だった、あの石だ。




 










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