『15』



 ————臭う。



 現在、獣車の中は犬達の唾液の匂いが充満していて極めて臭い。口で息をしても無駄なレヴェルの悪臭が漂う中、麗音一行は海を目指す。


「シルクも脱いだら?」


 麗音は濡れた服を乾かす為に下着姿になっている。脱いだ服を獣車の前の適当な場所に引っかけ、風で乾かしている訳だ。


 それこそ幽霊らしい悲壮感溢れる表情のシルクは、死人が言葉を口にしたのではと錯覚するくらいのか細い声で言う。


「嫌ですよ……恥ずかしいじゃないですか……」


 拗ねている。完全に拗ねてしまっている。

 口を尖らせては頬を膨らませたシルクはプイッと横を向いてしまった。

 やれやれといった表情をする麗音。


「ねぇサイ、さっきから何で静かなの?」


「え、いや……」


「もう、何でこっち向かないの?」


「え、だって、その……」


「人と話すときは目を見て話さないといけないんだよ?」


 人の気も知らず、真っ白な柔肌で迫る麗音。シャイなグリーンボーイの緑が見る見るうちに赤く染まるのが伺える。


『レオン、そろそろ服を着ればどうだ。もう乾いただろうし。それに、そろそろ海だぞ』


 ケルヴェロスが助け船を出した事で、やっと麗音が服を着てくれた。サイは胸を撫で下ろし「ありがとう、ケルベロス」と小さく呟いた。


『ケルヴェロスだ』


「あっ、見えたみえたーー海、キターーー!!」


「本当だ!」


「え、海ですか!?」


『ケルヴェロ……』


「うわぁ真っ白な砂浜だよ〜!」


「やっぱり凄いね、ホワイトビーチ!」


「わたくし、初めて海を見ましたぁっ!」


『ケルヴェ……』



 何はともあれ、麗音一行は月哭きの海、ホワイトビーチへ無事到着した訳だ。

 果たしてこの先に仲間はいるのか。麗音は期待に小さな胸を膨らませるのだった。



 ——



【月哭きの海、ホワイトビーチ】



 時は麗音達が海に到着する少し前に遡る。

 真っ白な砂浜に仰向けで倒れた少女は、一人涙を流しては同じ言葉を繰り返している。


「助けて……助けて……助け……ケホッ……うっ」


 水平線に移る影はまもなく砂浜に到着するだろう。


 数分の時が経過、


 水色の髪に丸い角が生えた少女の声に力は無くなり、何かを諦めたかのように声が止んだ。


「……あ……ぁぁ……なの……」


 そんな少女の小さな身体を黒い影が覆う。一、二、三、——三つの人影。

 どうやらその影は、発する声で男だと推測出来る。少女を囲むように立つ男達は大層な鎧を身につけていて、腰にはそれぞれ剣、杖、盾を下げている。


 赤い剣士が虚ろな瞳をした少女の顔を覗き込んだ。


「……はっ……ゆ、う……しゃ……なの」


 少女の声に赤い剣士は口元を緩めしゃがみ込むと、角のない声で少女に話しかける。


「そうだよ、オレ達は勇者だ。正義の味方だ」


 とても優しい声色で少女を諭す赤い剣士。しかし少女は震えて何も答えられない様子だ。


「正義の味方はね、困った人を助けるんだよ。君は困ってるんじゃないか?」


「……あ……あぁ……あの……」


「怖がらなくてもいいよ。助けてほしいんだよね、ほら、言ってごらん?」


「……はぁ、はぁっ……た……た……」


「そうそう、自分の言葉で……言ってごらん?」



「……た、すけて……くだ、さい……なの……」



 少女の瞳に少しばかりの生気が戻ったように見える。何とか言葉を口にした少女の、鏡のような艶やかな頭に赤い剣士が手を乗せ、まるで割れ物を扱うように優しく撫でる。

 少女は頬を染め、その優しい手のひらに身を委ねた。そして、


 そんな優しい勇者の顔を見上げた。


 瞬間、少女は身体を震わせた。それこそ、内臓から白い肌、細い指先の爪までもが一気に小さく跳ねたくらいの、全身を襲う極めて不快な感覚。



「……ひぃっ!?」



 少女の顔が一気に青ざめた。彼女の瞳に映った勇者の顔は狂気に歪み切った悪魔そのものだった。


「いっ……痛ぁ、いっ……」


「お前がヒトなら助けてやったんだがなぁ、何だぁこの角はよ〜、えぇ!?」


「痛いっ……やめ、て、なのっ……」


 先程までとは別人のような言葉づかい、乱暴に角を握り少女の頭を振り回しすようにしてはケタケタと笑う男の表情は狂気に満ちている。


 後ろで一部始終を見ていた青の魔術師、黄色いタンク役の男もそれを見ては腹を抱えて大笑いした。


「ぎゃはははっお前ってば趣味悪いよな〜!」


「見ろよそいつの顔っ……くははっ、ウケるわこりゃ〜希望が絶望に変わった瞬間の顔!」


「あぁ、これだからやめらんねぇよな〜……滅びた魔界の残党狩りはよ〜、くくっ、ガキがこそこそ隠れてっから楽に経験値も稼げるしな」


 赤い剣士は少女を後ろの岩に押し付けては片手で細い顎を掴む。


「ひっ……な、な……」


 暴れる少女、しかし振り解く事は叶わないようだ。


「オレのもう一つの楽しみを教えてやるよ」


「おいおい、またかよ?」


「お前も好きだな〜」




 少女の耳元で剣士悪魔が囁いた。


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