020 メフィストの詫び

「立ち話のなんですので、席についてお話ししませんか」

 なんだろう。以前にも同じような台詞を聞いた気がする。既視感(デジャビュ)というのだろうか。

 まぁ長話になるから落ち着いて聞ける様にとの計らいだろう。


 しかし、今の私は紅葉に抱きつかれて、格好的にも少々苦しい。苦しいので振りほどきたいのは山々なのだけど、それより好意を持たれていると邪険に出来ないし、悪い気がしない。

「折角だけど、私達はこのままの格好で聞くよ。メフォスとはどうるす?」

 私の斜め後ろに居たメフィストは、私の正面へと歩いてきた。

 体を捻って会話していたので、とても辛かった。そんな状況を察してくれたのだろう。

「失礼とは思いますが、わたくしは座らせて頂きますね」

 そういうと、いつの間にかソファーの様な深々とした椅子が現れて、メフィストはくつろぐ様に座った。ソファーの奥が深い仕様なのだろうが、ふんぞり返った感じな格好になった。

「謝罪すると言う割に、ずいぶんな格好をするんだね」

「あら、何か気になる事でもあるのかしら?もしかしてスカートの中が気になってしょうがないのかな?」

 メフィストの謝罪は何処へ消えたのかと思う位、先程となんら変わりなく、からかい始める。

「謝罪にはそれなりの格好があると思うのですが、今のメフィストの格好は重役のそれではありませんか?重役なら重役なりの作法があると思うのですけどねぇ」

「ええもちろんですわ。目線は竜登様より低く、威圧しない様に距離を置いておりますわ。それとも、竜登様は目の前に立たれて欲しいのかしら」

 目の前に立たれては身長差から見下される。道化者の時と同じく、私は必死に見上げなくてはならない。たしかのこうなると体制が苦しいな。

 仕方ないから椅子の件は承認しよう。それでも今の膝立ちの格好は少々辛い。

「話しを頂く前に座布団、出来ればフワモコのクッション用意してくれないだろうか。正直この格好は辛いんだ」

 メフィストが合図すると、突然床から持ち上げられた、と思った瞬間には柔らかい大きめなクッションに鎮座していた。

 ふと、体が軽くなった。

 それもそのはず。紅葉がクッションの弾力で飛び跳ねていて嬉しそうだった。子供は何でも遊び道具してしまう天才なのだなと、つくづく実感できる瞬間だ。



 紅葉のはしゃぎが落ち着いてきたので、本題に入るとしよう。

 ちなみに私はあぐらおかいて、紅葉が左腕にしがみついて寄り添っている。

「・・・それじゃ、色々と教えてもらいましょうか」

 とは言ったものの、ソファーの仕様のせいでメフィストの顔が遠い。その代わりに、すらりと伸びた脚に話しかけている感じがしてならない。

 どうも、この格好だと話し難いから、なんとかならないかと思案していると、

「どうしたの、脚を眺めて。もしかして、こうゆうのが好きなのかしら。わたくしは大丈夫よ。嗜好は人それぞれだから別に恥ずかしがらなくても良いわ」

 声を掛けられて、虚ろに脚を眺めている格好になっているのに気がついた。

「違う!違う!考え事をしていただけだ!」

 恥ずかしさの余りに目を瞑って、自由にな右腕で慌てて腕を大きく振って反論した。

「話し始めた早々に考え事とはあんまりではありませんか」

 確かにその通りだ。教えてくれと言った矢先に聞く耳を持っていないというのは大変に失礼な事だろう。

「すまなかった。私が悪かったよ」

 謝りながらも、メフィストの声が近くなった様に思えたので、ゆっくりと目を開けると、

 メフィストはオフィスの椅子に浅く座り、両肘を太腿の乗せる様に前か屈みで私を見つめていた。

「うわぁっ!」

 突然の近づいて居たのに驚いた。『だるまさんが転んだ』ごっこをしているつもりはないが、ちょっとそんな遊びを連想してしまった。

 しかし、道化者の姿でもそうだったが、神出鬼没というか落ち着き無く飽きっぽい行動はなんとかならないだろうか。

「これから長話になるのでしょう。落ち着かないので、気移りする仕草は避けて下さいませんか」

「そうおっしゃるなら竜登様だって、、、」

「私がなんっだって言うのしょうか」

「子供の体に慣れたからでしょうけど、以前の様に、相手のご機嫌を伺う様な話し方に戻すのは止めませんか。それとも染みついてしまって抜けないのでしょうか?もう殆ど『癖』よね。」

「そんな話し方をしていたのか・・・。『癖』か、そうだねそう思ってくれると助かるよ。話し方がぎこちないのは分かっているさ。気にしないでくれると助かるよ」



 改めて話し合う姿勢を整えた。メフィストは椅子に座って前屈み、私達はクッションに座っているというか、乗っている。

 幸いにもクッションが大きいので、目線の高さがそんなに差が無いので話し易い、と思う。

 突然、左腕を引っ張られた。紅葉に抱きつかれている腕だ。

 左に崩れ、低くなった左耳に紅葉が囁く。

「りと。ほん、とに、き、くの。し・ぱい」

「心配してくれるのかい、ありがとう。くれは・・・ちゃん」

「くれ、は、でいい・。わた、し、りと、よぶから」

「そうか、それじゃ、くれは。心配しなくても大丈夫だから」

「で・・・も・・・」

「大丈夫だよ」

「うん・・・。きを、つけて、ね」

 もっと訴えたいという表情は分かったが、言葉が十分じゃないから、今の所はあきらめた感じだ。


「それじゃ、色々と話してもらいましょうか。先ずは目的を教えて貰いたいです」

「わたくしの目的は魂を集める事。そして竜登様を求めるのは、あなたにその能力があるからですわ」

「そう、そこだよ。何故私を執拗に求めるのかだよ。仮に集める能力があるとして、私だけの特別なモノじゃないはずだろ。5回の人生を追いかけるなんてストーカー並みに迷惑な話しだよ」

「赤ちゃんは、生まれる時には必ず『能力』を持って生まれなければならないのは御存知かしら」

「いいや、初耳だが?」

「あら?おかしいわね。小鳥を追いかけた子供達から聞かされたと思ったわ」

 鳥を追いかける子供の話し?何処かで聞いたような?

「でも知らないなら仕方ないわね。その能力は、例えば『絵を描ける』『音楽を奏でる』等よ。気付かないで終わる人も居るみたいですわね。それからね、選べなかった、選ばなかった赤ちゃんは箱の中から選ぶのよ」

「待ってくれ、箱の中からって、まるでくじ引きみたいじゃ無いか」

「みたい、じゃなくって、そのまんまよ。だって『病気』『事故』なんて赤ちゃんが選ぶ訳ないじゃない。

そして竜登様が引いたのは『飢餓』よ」

 人の運命は生まれる時には既に『くじ引き』で決まっていたってか?真偽は兎も角、冗談にしては非道すぎる。

「『飢餓よ』っていうけど、私以外にも普通にありそうではないのか?固執する理由にならないと思うけど」

「・・・どういう偶然が重なったかは分からないわ。でもね、竜登様の魂は琥珀の様に取り込んだモノを綺麗に保存する。わたくしが求めるのはこちらの方ね」

 琥珀か。そういえば古代生物、昆虫どころかや恐竜の一部を綺麗に保存している化石があると聞いた。そういうイメージなのだろう。

「なるほど、取り込んだ魂を綺麗に保存する、だから固執しているというわけか」

「あら、思ったよりも頭の回転が速いじゃ無い。良かったわ。説明が簡単に済ませられそうだわ」

「そうかい。でも私には全く実感は無いんだけどね」

 癪に障る言い方にイラついて投げやりに言い放ってしまった。

「それはそうよ。だって紅葉様が守っていらしたのですから」

「何故、そこで紅葉が出てくる?ついさっきは『犠牲者』とか『喰らった』とか言っていなかったか!?」

「そういえば、そんな事も申しました。素敵、よく覚えてましたのね。これも紅葉様のおかげですわね。おほほ」

 悪戯っぽく笑われた。


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