011 謎の少女の名前

 テーブルにはハーブティーが並べられていた。

「本当にハーブティーしか出さないんだな」

「茶請けの菓子は必要ないでしょう。気持ちを落ち着かせるのが目的なのですから。まぁケーキは御座いませんが代わりにパンでも用意いたしましょうか」

「何となく有名な台詞を聞いた気がするが、パンとティーのセットはイメージが湧かないな。ってそれよりも・・・私は茶請けをねだったのか?」

「それはもうハッキリと」

「ハッキリとって、道化者は私の考えている事が分かるのか」

「分かるも何も、ハッキリと口にしているでは御座いませんか。何を今更おっしゃいますのでしょうか?」

「言葉に出しているって・・・・」

 ハッとして、慌てて口をチャックで閉じる仕草をしてから両手で口を押さえた。

 なんだこの体は。いや精神か?子供の体だと精神も子供になってしまうのだろうか。髪の薄いおじさんを指さして、あっハゲだーって失言するみたいじゃないか。

「ご希望のハーブを用意しましたが、気に入りませんでしたか」

「ああそうだね。できれば饅頭と熱いお茶が欲しい所だよ」

「濃くて渋いお茶でなくても良いですか」

「・・・あ、いや、申し訳ない。何でも無いんだ。忘れてくれ」

 なんだよ。思いついた事をそのまま口にして、訂正というかフォローするなんて、まるで独りで親子漫才しているみたいじゃないか。ああ、もう、どしたら良いんだコレは。

 折角のハーブティーを用意されたのだ。飲んで落ち着かなければ。と慌て気味にカップを口元へ運んだ。

「ウあッチっ」

 思わずカップをテーブルに落としてしまった。幸いにもハーブティーを浴びなくて済んだが、テーブルはティーまみれだ。子供の時は猫舌だったのを、今頃思い出した。

「あわわ、す、すみません。お茶をこぼしてしまって・・・」

 どうして良いのか分からず、ただひたすら手をバタつかせながら謝る事しか考えつかない。

 道化者は観客の如く、慌てふためく私の一人芝居を愉しんでいる様だ。

 ちくしょう。見世物じゃねえと思いながらも、ただただ謝る事しかできない。


 パンッ

 ずっと同じ反応しかしないので飽きたのだろう。道化者が柏手を打った。

 私は音に驚き、謝るのを止めて倒してしまったティーセットを眺める格好になった。

 柏手を機に、倒れたティーセットはフワフワと何処かへ消えて行き、こぼれたお茶は綺麗に掃除された。目を疑いたくなる光景に放心してしまっていた。

「飲み物は何にしましょう」

「・・・え、はい。同じ物でお願いします」

 不思議な光景に気を取られていたので、上の空で答えてしまう。

 今度はどこからからフワフワとティーセットがやってきて、カップを満たしたらポットはフワリと姿を消した。

 まるで童話やおとぎ話、動物王国の物語の様な光景を、ワクワクしながら好奇心で眺めている自分に気がついた。見る物全てが愉しいといった高揚感に満ちあふれているのだ。

 童心、そう童心だ。子供の気持ちは本当に好奇心でいっぱいなんだと思ったら、歯車が噛み合ったみたいに気持ちが落ち着いた。

 そうだ、無理に大人びなくて良いんだ。子供の姿なのだから子供な行動で良いんだ。納得できたら思わず小さくガッツポーズをしてした。

「お戯れもこれくらいで十分でしょう。それでは本題に入りませんか」



「本題?・・・そうだ、本題だ。先ずはこの幼女・・・もとい彼女は誰ですか?」

 思わず指を差してしまったが、直ぐさま引っ込めた。

「彼女は竜登様で、竜登様と一緒に来て、竜登様とここに居ます」

 道化者は答えた。

「はいぃ?意味が解んない。とんちなの?それとも、そもさん説破(せっぱ)なのか?冗談は勘弁してくれないか。もう一度、理解出来る言葉で教えてくれ」

 道化者は困ったなぁと頭を掻く手ぶり素振りをした後に、一瞬、悪巧みを企む表情になった。

「そうですね、改めて申すならば、彼女は竜登様による初めての犠牲者で御座います」

「余計に分かんねーよ!!」

 感嘆詞を付けて叫んでしまった。

 何だよ『犠牲者』って、まるで拉致監禁したみたいじゃないか。それに『初めての』とか余罪があるみたいに思えるじゃ無いか。ふざけんなよ畜生めが。

「冤罪だ冤罪!ふさけるなよ。断固、控訴する!」

 全てを払いのける様に、私は右腕を大きく横へ振りかざした。

「冤罪、ですか?もしかして心当たりでもあったりするのでしょうか」

 もともと意地が悪そうな笑みが、より強調された感じにあざ笑う感じで腹立たしい。

 だいたい、ファウストに出てきたメフィストは甘言虚言を駆使して思いのまま操ろうとしていたのではなかったのか。

 それなのに道化者は人をからかって愉しんでいる。これで信用しろ、好感を持てとか考えているなら逆効果だろ。ちったぁ甘やかせよ。褒めて育てろよ。

『様』付けで尊敬している風で、実際は頂点になった途端に叩き落とす感じで苛立たしい。


 いや、この苛立ちは自分に対してかも知れない。

 今までなら甘言には必ず裏が有ると疑って冷淡に対応していたのに、今の子供の姿では体に引っ張られてしまうみたいだ。

 持ち上げられて凄く偉くなった気持ちに成り、落とされて怒り悔やみ、失言を指摘されると恥ずかしくて逃げ出したくなったりと、感情の変化が激しくて心が疲れてくる。

 気持ちが落ち着かないから、考えもまとまらない。これが失言を増やす原因だと分かっても、感情の制御が出来ない。童心になれば問題ないと思ったのに、些末(さまつ)な事で直ぐに感情がブレる。

 薬や転生で子供になった人達がなんで冷静にしていられるのか不思議に思えてきた。それとも私が弱いからなのか?間違っているからなのか?


 もうどうでも良い、いや良くは無いが、この湧き上がる複雑な感情をどうやってコントロールするのかとか、大人の対応に務めるかなんてもう止めだ。道化者の酔狂に付き合わされるのはまっぴらご免だ。

「彼女の名前は何ですか?知っているのでしょう。年齢は?私が子供なのだから見た目通りではないでしょう。『初めて体を持った』とも言ったな?ここに来る前は何者だったのですか」

 子供の実直な感情に、怒りにまかせて言い放っても、所々丁寧な言葉使いになるのは本当に癖だな。

 どんな心境でも、相手を恐れてしまい心情を読み取ろうとするのは、良くも悪くも育った環境の影響だろう。このトラウマは相当に根深いと思い知ってしまった。

「ご自分に正直すぎると思えば、今度は表情豊かに挙動不審。からかいがいのあるお方だ。実に愉快でございます」

 からかっているって言った。本気で言った。おいおいふざけるな、私は玩具扱いかよ、腹が立つなぁ。

 ただ何となく意識しての言動な感じがするので、きっと意図があるのだろう。と思いたい。人をからかい愚弄する言動がスタンダードだったら最悪の災厄だ。鳥頭相手では精神が磨り減りそうだ。

「御託はもういい。彼女の名前、年齢、ここに来る前は何をしていたのか、先ずはこの3つだ。重要なことだろう。おっと、変な例えはするなよ」

 重要とは言ってみたモノの、本音は3つしか思いつかなかったのをごまかしているだけだのだが。

「別に嘘でも狂言でもないのですが・・・」

「・・・前置きや言い訳はもういいから、先ずは3つを教えてくれませんかねぇ!」

 感情のあまりテーブルを叩いてしまった。私の鼻息が落ち着くのをまってから、道化者は答えた。

「彼女の名前は『クレハ』様で御座います。『紅葉』と書いて『クレハ』と読みます。ご母堂様が名付け・・・いや考えられた名前で御座います。そして年齢は竜登様と同じが少々年上。そして・・・」

 道化者はもったいづけて間を開ける。

「・・・紅葉様は、竜登様の双子の姉で御座います」

「はぁ?姉だと、しかも双子だって!ふざけるな。私に兄弟姉妹(けいていしまい)は居ない。生き別れの兄弟や姉妹がいたなんて聞いた事が無い。いい加減な事を言ってごまかすな!」

「ええ、もちろん、竜登様に生き別れの兄弟姉妹はいらっしゃいません」

 ・・・何言ってるんだコイツは?・・・

 何処まで馬鹿にすれば気が済むんだ?!と、被虐の怨念に支配されそうになる。


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