004 星輝く世界とメフィスト

 刹那だったが、私は視野を奪った手の平から解放されると、今までの真っ白世界は、星が輝く夜の世界へと変わっていた。まるで写真をスライドした『ワイプ』又は『アンカバー』された様に変化した。

 そして目前には黒ずくめのドレスの女性が立っていた。

 そう、立っていたのだ。今までずっと目の前に居ました。という感じだった。


「改めてご挨拶申し上げます。わたくしメフィストと申します」

 メフィストは、右手を胸に添え、左手はスリットの深いロングなタイトスカートをたくしあげるように軽く持ち上げ、少しかがむ様に礼をして挨拶する。

 住まいの時は暗くてよく見えなかったが、今回も夜空の下のはずなのに、まるで劇場のスポットライトで照らされている様に良く見える。身にまとった宝石が輝いてとても映えていた。


 メフィストの姿をよく見ると

・腰ほどあるロングの黒髪

・細長な輪郭

・上から目線は瞳

・妖艶な紅い唇

・身長は170位で平均より高く

・スタイルはファッションモデルの様にスラリとしつつも、豊満なバスト、細め腰に吊りあがったヒップ、無駄の無い脚線美。にバランスのとれたシルエット。

・衣装は黒い胸元が見えるワンピース。右側の深いスリットのあるロングスカートが脚の長さを演出しているデザイン。黒いハイヒールに、黒いベール、要所に散りばめられた宝石や貴金属が輝いている。


 蟲惑な美しさに迂闊にも見とれてしまった。

 邪(よこしま)な事を考えているつもりは一切ないが、放心気味の表情に気付かれたか、メフィストは意識の隙間に滑り込むように近づき、耳元で甘く囁く。

「今後とも末永くお付き合いさせて頂きたく存じます。どうぞよろしくお願いしますね」


 不覚にも胸が高まった。

 流石に賢者見習いはこの手の誘惑に耐性が無い事に猛省する。自己嫌悪をしつつも残り香の余韻に浸(ほう)けてしまう。

 どれだけ耐性が無いんだよって、思い出す度に恥ずかしくて仕方が無い。


「あら何でしょう、わたくしの姿を見つめて。もしかして惚れた?」

 メフィストは嬉しそうに、からかい始める。

「私はもう既に惚れるのどうのと言う年ではありませんので、茶化すのは御遠慮頂きたいのですが」

 冷静に、冷静にと、必死に大人の対応に務める。それにこの手のからかいは肯定や否定をすると悪化するというか、からかう愉しみを与えかねないのだ。興味無い。と必死に訴えた。

「あら、恋愛委年は関係ないわよ。でもそれもそうよね、金髪のくせっ毛なショートで大きな碧い瞳、ブルードレスに紅いスカーフがお好みですものね。それから・・」

「わーわーわー、ちょっとまったぁ!」

 図星だった。なんで知っているのかと訴える前に、流石に顔が熱いくらいに赤面してしまって言葉にならない。

 深呼吸、そう深呼吸をしながら顔の火照りが冷めるのを待った。恋バナみたいな話しは苦手だ。このままだと過去の遍歴をほじくり返されないと不安になる。話題を変えなければ。


「先程まで居ました男性の、そうメフィストと名乗るモノは何処にいったのっでしょうか。まさか後ろから脅かす準備とかしていませんよね」

「大丈夫よ。脅かすなんてそんな事はしないわよ。だって目の前に居るじゃない。気がつかないの」

 自称からおおよそ予想はしていたので別に驚きはしない。驚きはしないが、なんとなく気に入らない。なんで最初から女性の姿のままじゃなかったのか。男性の姿でいる必要があったのかという不満。

「いいや、てっきり美人局(つつもたせ)かと思いましたので。女性が誘惑し、仲間の男性が無理矢理に型を決めるのかと」

 正しい言葉では無いが、つい嫌みを吐いてしまった。

「あらまぁ美人だなんて。嬉しい事おっしゃるのね。本当はわたくしに惚れたのかしら。惚れた弱みでわたくしの言う事を聞いてくれると嬉しいのだけど」

 と、甘ったるい魅惑な声で返ってきた。

 嫌みが嫌みで倍になって返ってきたのだ。下手に軽口を叩くと自分の首が絞まると猛省してしまう。

 だいたい甘言を統べる狡猾な悪魔相手にコミュ障の私が言葉で敵うはずが無い。余計な事で口を滑らしたら揶揄(やゆ)る為の玩具扱いになってしまう。

 八面六臂(はちめんろっぴ)の如く多方面に詰(なじ)られたら精神が磨り減ってしまう。とりあえずは従順な振りをした方が良いのだろうか。好い様に誘導されそうではあるが、精神と一緒に魂がボロ雑巾になるよりはましだろう。

「私をここに案内したのは貴女ですよね。何故、私なのですか。大罪に堕落させらるか賭ける程立派な聖者ではありませんし、才能高き人達を羨み怨嗟の声も出す事に疲れ果て生を諦めた弱者です。一抹にも満たない私に何のご用がありましょう」

 コミュ障のくせに、自分を卑下する言葉はポンポン浮かぶのが情けないと、口にしてから後悔する。

「貴女、だなんて他人行儀されたら悲しいわ。わたくしの事は愛称をもってメフィストを呼んで下さいませ」

 甘ったるく語る仕草に、まともに会話する気は無いのかと憤りつつも、縁側の時の淑女っぷりは何処に消えたのだと、私の方が悲しくなった。

「そうね、ここに連れて来たのはわたくし。理由は貴方様の能力、いいえ竜登様のスキルが必要ですのでお喚び致しました」

「私に何のスキルがあると思うのですか。自分一人生きていくのも満足に出来なかった私に何を求めているのでしょうか」

「自覚が御座いませんか。まぁ比較対象が無いから仕方がないのかも知れませんね。人の身でここに普通に居られる、わたくしと会話出来る事が特異なので御座います」

 物語でいう転生物なら神様という輩に喚ばれた空間、あえて『神様の空間』と呼ぶが、普通に会話しているのでそんなに珍しい事なのだろうか。

「異能者みたいに言いますね。結構傷つきます。それにそんなに珍しいのでしょうか?数ある物語ではよくあることではありませんか」

「よくある?そうですね、よくある事かもしれませんが、今の竜登様に何処までお教え出来るか分かりません。どの様にお答えしたらよろしいのかしら」

 なんとなく乏しい知識で理解できるのかと馬鹿にされた気がした。とはいえ『神様の空間』は物語の数程あって多種多様だ。しかもここは『悪魔の空間』なのだから、法則が違うのだろうと思う事にする。そうしないと腹が立つ。

「ここは遙かに高い、希薄にて光圧な空間。そうですわね、地球的に例えるのでしたら『宇宙空間』と申しましょうか」

「宇宙?それが特異と呼ぶ理由でしょうか」

「ええそうですわ。宇宙で特殊な服を着ないでも平気で居られる位に特異なのですわ」

 宇宙という真空で放射線が吹き荒れる空間で生存できる生物はいない。せいぜい休眠しているクマムシだろう。生活できるのは確かに特異だ。存在進化を3回しても出来そうに無い。

「宇宙で生活できるのは確かに特異ですね。でもそれと魂と何処が同じなのでしょう」

「ここでは、魂は個を維持できないのです。殆どは小さな雫となるのですが、希にいらっしゃるのです。竜登様の様に個を維持できる魂が」

 そして、メフィストは少し考え込み、続けて笑顔で口を開く。

「お会いした時に『お体はどうでしょう』と伺いましたが、問題ない様で安心しましたわ」

「ちょっとまった。お体はって、私は何時からここに居るんだ」

「ですから星空輝く刻、縁側で共に星空を眺めた刻からですわ」

「つまり『仮契約』以前に無理矢理ここに連れて来たって事じゃないか。無効だ。拉致監禁して強制に契約とか無効に決まっている」

 契約無効の糸口が見えたと思わず叫んでしまった。こんな脅迫じみた事が許されるはずが無い。

「わたくしとしましても、契約の前に『使える魂』が見定めたい理由もありましたので、そうおっしゃられると少々苦しいですわね」

「では契約は無かった事にして、私を元の体に還してくれませんか。私は死に急ぎたいと思います」

「生への執着が無い方との交渉は難しいとは思いましたが、ここまで頑(かたく)なのは珍しいですわ。悪い話しでは無いと自負しておりますので、お話しだけでも聞いて頂けませんか」

 メフィストの言葉は柔らかいが口調がとても力強い。話しを聞くまで還さない気だ。

 まるで悪徳なセールスマンがドアに靴先をツッコんで閉じさせない位に質(たち)が悪い。



 少し考えてから問い掛ける。

「話しを聞けば還してくれるのか」

「ええ、お話しを聞いて頂きご希望が御座いましたら『元の世界に返す』事をお約束しましょう。その後はどのように生活して頂いても結構ですわ」

 刹那の生を生活とは嫌みな事を言うモノだと思うが、これで言質は取れた。契約に煩い悪魔なら反故はしないだろう。

「分かった。二言は無いと言うなら話しだけは聞いてやろう」

 その後、即答で断ればいい。

「ありがとう御座います」

 メフィストは胸に手を当てて礼をすると、また私の視界を遮る様に手を振り、世界は真っ白に変わった。


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