第387話 第2回令嬢対決(まどかvsエリー)2
「先攻後攻、どちらになさいますか?」
審判をしてくれる司祭様が私たちに声をかけた。
「私はどちらでも」
「ならあたしが先攻にするわ」
まどかさんがそう言ったので彼女が先に決まった。
「1曲目はベートーベンの『エリーゼのために』です」
えっ? 『エリーゼのために』?
ちょっと短すぎません?
まどかさんのことだから『熱情』ぐらい弾くんだと思ってた。
ベートーベンは三大ピアノソナタ中心にやっちゃったよ。
『エリーゼのために』はミレ♯ミレ♯ミを何回も弾くのが印象的な美しい曲だ。
割と難易度が低めなので最初の方でちょっとさらっただけだ。
しまった、練習が不足している。
でもやってしまったものは仕方がない。
暗譜は出来ている。大丈夫、大丈夫……。
実はこの曲についてクライン様ともあんまり話していない。
難易度が低かったのもあったが、初めて弾いたときにクライン様が「君の思う通りに弾けばいい」というから。
ダメだ、緊張してきた。
やっぱりあの話し合いいるんだ。
こういう急な演奏の時にうろたえないように。
でなければ死ぬほど練習しなくてはいけなかったのに。
どうしよう、震えが止まらない。
私が突然ガタガタ震えだしたので、まどかさんがフフンと勝ち誇ったように笑う。
どうしよう、どうしよう、怖い!
私の恐れが伝わったのか、一番異世界のピアノに詳しいモカが心話で語り掛けてきた。
(エリー! 大丈夫? 落ち着いて!)
(モカ、どうしよう。練習してない曲がきた)
(大丈夫だよ。リカルドは出来れば勝ってほしいけど、負けたっていいって言ってくれたんでしょ?)
(そうだけど、でも怖いよ)
(あたし、フィギュアスケートの試合で転んでばかりだったの。
それでおばあさまに緊張した時はどうしてるって聞いたの。
そしたらどんなに緊張しても体調が悪くても、聴衆の前に立ったら逃げることは出来ない。だから覚悟を決めるんだって。
何とかなる、何とかするのよってね)
モカのおばあさまの言葉を聞いたら、フッと私に震えが止まった。
何とかなる、何とかするは、私自身良く思うことだ。
そうだ、とにかくピアノの練習はやった。
曲は違うけどベートーベンの曲もたくさん弾いた。
指は動く、曲も覚えている。
何とかなる、何とかするんだ!
まどかさんのピアノが響く。
聞いている余裕なんてない。
彼女の曲の間に私は心の中で『エリーゼのために』を歌う。
歌って私に馴染ませるんだ。
私の『エリーゼのために』を弾くんだ。
まどかさんの演奏が終わったみたいで拍手が起こっていた。
「次、エリー・トールセン。ピアノにつきなさい」
「はい」
軽く指慣らしをさせてもらってから、深呼吸して私は『エリーゼのために』を弾いた。
ハッキリ言う。
頭が白くなってどう弾いたか覚えていない。
でもとにかく弾けた。
こんなに短いのに体中のエネルギーをかっさらってしまうほど没頭した。
弾き終えても拍手が起こらない。
まどかさんの時はあったのに。
すると一人の司教様がつぶやいた。
「おお神よ! 我らに新たな音楽の愛し子を遣わされたことを感謝いたします」
「待て! まだ決めるのは早急だ」
「お主の耳は節穴か? これほどの光を放つ音色を聞かなかったのか?」
司教様たちが私の演奏で言い争いをし始めた。
どうして? 私何かやらかしたの?
私がオロオロするのを見て、ラインモルト様がコホンと咳払いをすると司教様たちは黙った。
「エリーよ、良き演奏であった」
そう言ってニッコリとして拍手をしてくれた。
そして他の皆様も拍手をしてくれる。
次の曲はショパンのエチュード第3番『別れの曲』。
これは練習した!
今度は私が先攻のはずだったが、ラインモルト様はまどかさんに弾かせた。
先ほどの練習不足と違って、少し余裕があったのでまどかさんの演奏を聞けた。
えーと、練習あんまりしなかったのかな?
ああ、レオンハルト様が倒れてしまったからできなかったのかも。
弾けてるけどなんというか、うん弾きこなせていない。
『別れの曲』というタイトルがついているけれど、このタイトルはユーダイ様やモカがやってきたニホン独自なのだそうだ。
短いけれど切なくて優しい印象の曲だ。
私はさっきよりは冷静に弾いたはずなのに、また体中のエネルギーを大量に消費してしまった。
今度はすぐ拍手が起こる。
私の演奏を喜んでくださった盛大な拍手だ。
私は立ち上がってお辞儀をした。
いつもの制服だからカーテシーではない。
無事終わってよかった。
ラインモルト様が拍手をやめるよう咳払いをした。
「この勝負、マドカの勝ちじゃ」
ああ、負けてしまった……。
「そして今後エリーとのピアノによる『令嬢対決』を禁止する」
「どうしてですか? そんなの困ります」
まどかさんがラインモルト様に食って掛かった。
「それはあまりにもレベルが違い過ぎるからじゃ。
そなたとエリーでは子どもと大人いや、習いたての子どもと何十年も研鑽を積んだ専門家ぐらい違うからじゃ。
もちろん子どもはそなたじゃ、マドカ」
「そんな! ヒドイです」
「これは我々の判断ミスじゃ。
エリーは元々音楽のスキルがあると我々に申告していた。
今回ピアノに初めて触るということでそれほど大きな差はないじゃろうと見くびっておったのじゃ。
その結果、対決させてはいけないほど差がある演奏になってしまった。
これは審判である我々のミスである。
だから不利な立場であったそなたの勝ちじゃ。
音楽スキルのあるものは大体がどんな楽器でもすぐ扱えるぐらいじゃが、時折人知を超えた演奏をする『愛し子』が現れる。
ここにいるレオンハルトのようにある楽器においてだけ特別な力を発現させる。
それと同じことがエリーのピアノに起こったのじゃ」
「もしかしてそれがあのキラキラの光?」
えっ? そんなのが出てたの?
「そうじゃ。エリーよ。疲れておるじゃろう」
「そうですね、少し力が抜けたみたいです」
「そなたは今ピアノの音に『癒しの光』ほどではないが、それに近い力が乗せておったのじゃ」
「そんな! 私に聖属性魔法はありません」
「うむ、ピアノを弾いておるときだけに起こるようじゃ。
レオンハルトの話ばかりで悪いが、彼は少し体調を崩していたが無理をしてこの場に出ておった。
だが今は体調がほぼ回復しているようだ」
私がレオンハルト様を見ると、確かに顔色がいい。
先ほどとは大違いだ。
「そなたのピアノには心を穏やかにし、回復させる効果がある。
これは聖属性魔法というより祝福なのかもしれぬ」
「祝福ですか?
それなら私はホーリーナイトや留学生たちの壮行会で『癒しの光』を拝見させていただいたことがございます。
ソレイユ様はよく私の側にいらっしゃいますし、スキルを取得したのかもしれません」
「その可能性は否定できぬ」
「でも私のスキルでは初級スキルしかできないんです。
『癒しの光』など到底できそうにありません。何年かかってもできる気がしません」
「ふむ、確かにそなたは魔力量が少ないからのう。
じゃがエリーよ。
我らはそなたに『癒しの光』を得させようと思っているわけではない。
そなたのような『愛し子』は大切にされ守るべき存在なのじゃ」
「そうですか……」
正直、この話を聞いても私は誇らしいという気持ちにはならなかった。
できれば国の中枢から離れていたいのに近寄っていくのがとても嫌だ。
私はこの国を出ていきたいのだ。
これじゃ、エクサール皇国の血筋だということを隠しても同じじゃないか。
知られたらもっと締め付けが強くなるけど。
私は従魔たちとエマ様と楽しく暮らして、マスターや『常闇の炎』の皆さんと一緒に働けるだけでいいのに。
「エリーよ、このあと少し話をしたいのじゃが良いか?」
「申し訳ございません。
クライン様と魔法契約を結んでいまして、本日のこの対決が終わったらすぐに戻るように言われているのです」
司教様方がざわめく。
「
若い司祭様からお𠮟りを受けるがこればかりはどうしようもない。
「代償は死です。どうかお許しください」
するとラインモルト様がフォフォフォと笑われた。
「なるほど、リカルド殿はこうなることを見越しておられたのだな。
では後日茶会に来てくれぬか?」
「申し訳ございません。
いかなる約束もしてはならぬと契約書に書いてございました」
私がお見せしようと魔法契約の契約書を開いた途端、私の体が急に浮き、音楽室の扉が開いて外に飛び出た。
同時にドラゴ君たちが私に飛びついてきた。
すると契約書から魔法陣が浮かび上がって、私と従魔たちはそのまま転移した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。