第369話 忘れ形見

 

 捜査会議から抜け出たカイオスの頭には、一人の少女のことしかなかった。


 彼がこの依頼を受けたのは自らが仕える主、いやであるアリステア・ハミルトン・ゼ・バルティス公爵宛にきた、ある手紙からだ。



「カイオス、わが友リカルドの依頼を受けてほしい」

「かしこまりました」

「この件に関しては今後はリカルドの指示に従ってほしい。

 彼はめったに頼みごとをしないから聞いてあげたいんだ。

 必要なものは全て彼が用意する」


 それ以上はハミルは話してくれなかった。

 彼には国王の監視がいつもついているからだ。

 だから普段はこんな念押しなどしない。

 それほどまでの依頼とはいったいといぶかしんだが、聞いてその役目は自分以外のものにはさせられないと感じた。

 


 

 ある冒険者の少女の命が危険に晒されているという。

 名前はエリー・トールセン。

 先日、剣の講習で出会ったとても小さな男装の少女だ。


 会議で渡された書類によれば、ニールというダンジョンの町の出身。

 エヴァンズ魔法学校2学年で魔法士学部錬金術科に在籍。

 学年でも2番目の成績で品行方正、奨学金も毎年授与されている。

 奉仕活動もよくしており、教会の覚えもめでたい。

 1学年の時に魅了もちにいじめられて相当苦労したとある。


 数多くの後援者がいて、クラン『常闇の炎』に仮所属中とある。

 現在はクランの仕事をしつつ、リカルドとは同級生で従者という立場にあり、聖獣ソレイユの世話をしているという。



 冒険者の功績の方を見れば誘拐犯討伐だけでなく、教会ダンジョンで出たケルベロスに対抗してみんなの命を救ったともある。

 セネカの森で新種の魔獣ヒヒを見つけてもいて、貢献度が高い。

 普通の子どもにできる業績ではない。


 資格の方もすごかった。

 1級裁縫師に、1級調理師、1級薬師、2級付与士などなど、どれも完全な専門職だ。

 これはすべて錬金術師になれば試験が免除になるはずなのに、なぜここまで取っているのかカイオスにはわからなかった。


 エリーが『常闇の炎』ほどの大手クランに仮とは言え所属し、でかなり大事にされていることを知った。

 よくよく考えれば、あの食えない少年リカルドが従者にするほどの人材なのだ。


『常闇の炎』のクランマスターとカイオスは顔を合わせたことはなかったが、『冷血魔族』の名で呼ばれていることは知っていた。

 そんな存在から高価すぎる魔獣ティーカップ・テディベアを貸してもらえること自体、その信頼がうかがえた。


 



 家族は父母だけで、先日父親を亡くしたばかりだとあった。

 母親のAランク冒険者のマリアは、海の向こうのとう国に嫁いだ貴族令嬢の護衛兼侍女として付き添っており、簡単に帰って来られないという。


 マリアやエリーがこんなに必死で働いているのは、錬金術科が年間1000万ヤンも授業料がかかるからだ。

 金に苦労しているのだ。

 彼女の成績ならば王立魔法学院に入学して、すべての学費免除だったろう。

 それなのに誘拐事件で受験が間に合わず払わなくてはならない羽目に陥ったのだ。


 金などいくらでも払ってやりたいとカイオスは願ったが、それは叶わぬ夢だった。




 そんなエリーを、カイオスには自分の孫だと一目見てわかった。

 その姿が自分のの妻、エリノアとそっくりだったからだ。

 しかも声まで似ていた。

 骨格が似ていると声も似ている場合は多い。


 エリノアは小柄で愛くるしい少女だった。

 輝く金髪に宝石のような青緑色の瞳で、ほっそりとしてまるで妖精のように美しく、聖女のように優しかった。


 子爵家の次女という身分だけでなく、人目を惹く姿に気軽に街を出歩くなんて出来なかった。

 だからカイオスは自分の子ども時代の服を貸し、かつらをかぶせて男装させた。

 その姿に酷似したエリーは、同じ瞳の色をしていた。



 柔らかな声で、カイオスをイオと呼んだ少女。

 他のみんながカイと呼ぶので、同じように呼びたくないとそう呼んだのだ。

 生涯ただ一度の恋、ただ一つの愛を捧げた少女。

 だから彼もエリィとは呼ばず、ノアと呼んでいた。



 エリノアを失った後、『国民の黒騎士』と呼ばれ、英雄と称えられても全く嬉しくなかった。

 ただ何もしなければ、王家から抹殺されると思ったから武功を立てたのだ。

 いや初めは命がけの任務をたびたび振られて、娘のマリールイーズのために生き残ってきたことが、結果としてカイオスの身を守ってくれたのだ。


 

 それでもエリノアと先王の間に男の子が生まれたと聞いたときは本当に荒れて、そのときどうやって生きのびたのかわからなかった。


 彼女が死に、マリールイーズも出奔してしばらくたって王立騎士団を辞めた。

 子どもの頃、学費のためにやっていた冒険者に復帰したのだ。

 彼女の息子ハミルが訪ねてくるまでは惰性で戦っていた。


「私のことはどうかハミルと呼んでください。

 ハミルトンとは母の祖父の名なのです。

 母は侍女に薬を飲まされ、幻惑の魔法であなたと契ったと思い、私をはらんだのです。

 私のたね先王アイツですが、魂の父はあなたです」


 一度は騎士を辞めたカイオスだが、ハミルと出会って彼を守るために再度騎士に戻って主従の形をとることにしたのだった。



 その時のハミルの話で初めてカイオスが無茶な戦闘に身を置いても生きて帰ってこれた理由がわかった。

 愛の女神ヘレナーダの加護をもつエリノアが心から愛する相手に対してのみ与えることのできる守護のおかげだった。

 それは今も効力を保っている。

 

 ずっと自分だけを愛し続けていてくれた、ただ一人のヒト

 そしてもう決して手の届かないところに行ってしまった……。



 以前マリールイーズからもらった手紙にも女の子が生まれたとあった。

 カーレンリース領付近で多く流通している魔法紙で書かれた手紙で、ニールはその近くの町だ。

 騎士団にいたころはマリールイーズ捜索のため、定期的に家宅捜索にあっていたから手紙は燃やしてしまったが、カイオスは一言一句忘れていなかった。

 年齢的にも出身地も合う、他人の空似などではない。


 しかもハミルのわざわざの依頼なのだ。


(マリーはなんとかうまく逃げられたみたいだな。

 だが夫を亡くしてしまうとは……不憫ふびんだ。

 それにしてもマリーやノアのことをエリーあの子は知っているのだろうか?)


 

 そのエリノアの忘れ形見が、汚らわしい殺人者に狙われているなんてはらわたが煮えくり返るほどの怒りを覚えた。


 かわいくて、優秀で、いろんな人を助け、大事にされている孫の存在はとても誇らしく、彼の凍り付いた心の小さな灯となった。


 マリールイーズや亡くなった父親の代わりに絶対に、たとえ命をかけてでも守らなければならないと彼は心に誓った。



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 エリーとエリノアの瞳の色はグリーンカルセドニーをイメージしています。

 ご参考までに。

https://mm-museum.com/shop/shopdetail.html?brandcode=000000004092&search=%A5%AB%A5%EB%A5%BB%A5%C9%A5%CB%A1%BC&sort=



カイオスは領地立て直しの借金とマリールイーズ(マリア)の一件で監視もあり、すぐに王立騎士団を辞められませんでした。

数年して辞めましたが、エリノアとの結婚前に個人に与えられた騎士爵を返上せず持っていました。

持っていた理由は、あるのとないのとでは色々扱いが違うからです。

平民だったらすぐ嵌められてしまうからです。


騎士になるためには試用期間を経て騎士団に所属したらもらえる騎士爵と、武功を立てて個人的にもらえるものがあり、カイオスは後者でした。

前者はその騎士団を辞めるとなくなり、後者は永続的にあり転職にも有利です。


カイオスの家は馬商人でお金はありましたが、エリノアとの結婚のために商売を手伝わなかった息子に騎士学校の学費はだしてくれませんでした。

それで冒険者やってました。

たぶん当時からエリノアの愛の守護が効いていたんでしょう。




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