第366話 同担拒否


 ピアノはあれから毎日少しでも練習するようになった。

 授業の後クライン様の馬車で本邸に行き、ピアノを弾く。

 曲を歌うことも勧められたので、やっている。

 歌うことで自分の体に曲を馴染ませ、取り込むのだという。


 近頃はエマ様のお顔を見るぐらいで、後は従魔たちにお願いするようになった。

 でも『令嬢対決』に勝てば、この練習は終わるはずだ。

 頑張ろう!



 残念ながらクライン様には練習をたくさんは見てもらえなかった。

 とてもお忙しそうで、どこかにお出かけになるのだ。

 私はダイナー様に付き添っていただいているのが申し訳なく感じた。

 いつも一緒にいるのに、私のせいでお側にいられないからだ。

 ダイナー様も困っておられたようだが、私の付き添いを優先してくれた。



 その代わりなのか曲に対しての理解のため、クライン様と色々な話をするようになった。

 どうしてここで調が変わるのか? 

 なぜ同じフレーズを繰り返しているのか?

 作曲者の指示の意図とは? 

 などなどだ。



 その背景を知るためにショパンやベートーベンの生涯についても話すようになった。

 オーケストラの勇者の中に、彼らの人生について書き残してくれた人がいるのだ。

 彼らの人生を読み解くと、安楽なだけの人生などないと感じる。



 この話し合いの真意は私が何となく捉えていることを明確にすることで、演奏に深みが出るからだという。

「私たちはショパンやベートーベンではないから、どうあがいても正解ではない。

 正解を求めるのではなく、演奏者が作品を深く理解することが重要なのだ」



 こういう話をするのは、大体が学校からクライン邸までの馬車の中だ。

 毎日ご一緒するので、宿題が出る。

「明日はこの曲について話し合うから、よく考えておいて」


 クライン様は、レオンハルト様以上に厳しい先生です。


 でもこの話し合いをした後で演奏すると、考えがはっきりしたせいか演奏が変わってくるのも事実だ。

 やっぱりクライン様はすごいんだな。



 ダイナー様とドラゴ君(カバンの中にミランダとモリー)はこの話を黙って聞いている。

 ただドラゴ君がダイナー様に聞いたことがある。


「あれ、言ってることわかる?」

「いや、俺には全くわからない」

「ぼく、あの聖女もどきがこんなことやっているとは思えないんだけど」

「俺も同感だ」


 だよねー、クライン様は完璧主義なのだ。



 そして今日もどこかにお出かけになるようだ。

「リカルド様、今日も王宮ですか?」

「いや、今日はマドカの様子を見に行く。

 最近また我儘がぶり返しているようだから、気を引き締めさせるつもりだよ」


 うん、引き締めるというより、震え上がると思う。



「クライン様、まどかさんはなぜ聖女になりたいんでしょうか?

 あまり向いてらっしゃるとは思えないんですが……」


「ふむ、対決する君になら知る権利はあるかな。

 彼女の目的は我々人間の攻略対象ではない。

 人化したドラゴン、セレスティリュスだ」


 クライン様、そんなことまで知ってるんですね。



「それなのにみなさまを攻略するんですか?」

「勝手に攻略対象にされている我々にしたら迷惑な話だが、能力アップやスキルのためのポイント稼ぎだ。

 今はその話はいい。

 彼女の目的は『打倒、魔王』だ」

「魔王を倒す? でも今いないですよね?」


 クライン様は頷いた。

「その通りだ。

 だがマドカは絶対にいると確信していてね。

 魔王は魔族や竜族に圧政を敷いていて、彼らを苦しめているそうだ。

 中でも彼女の目的であるセレスティリュスは魔王自身に隷属していて、彼を救うために聖女となり、共に魔王の国を簒奪さんだつして治めるつもりなんだ」


「でも魔王の国は……」

「ない。でも彼女は我々が知らないだけでどこかにあると思っている」


 そんなはっきりわからないもののために、あんな風になってしまったの?



「この話を聞き出したのは私ではない。

 ディアーナ殿下だ。

 恋の話は女性同士の方がしやすいものだから」


 私はされても困るけどね。



「ゲームとは虚構の物語だと私は認識しているのだが、マドカにとっては本物以上に本物らしい。

『セレスの恋人は私だけ、セレスに会うためだけにここに来た』と言ったと聞いた。

 ディアーナ殿下がセレスティリュスに興味を示したら、ものすごく噛みつかれたそうだ。


 マドカのようなヒトのことを『同担拒否』というらしい。

 自分以外が同じ相手を好きになったり応援したりすることを拒否する、という意味だそうだ。

 逆に他の攻略対象になびくのも嫌っていてね。

 彼女は私たちを攻略しない代わりに、ディアーナ殿下に協力を求めた。

 それで私とエドワード殿下、クリスは彼女の攻略を手伝うことになった」


 そうなんだ、だからあんなに偉そうだったのね。

 まどかさんは本当にセレスティリュスさんが好きなんだな。



「まどかさんはセレスティリュスさんに会ったことあるんですか?」

「多分、そのゲームの中だけだろうね」

 ディアーナ殿下によると、彼と実際に親しい女性、いや雌のドラゴンがいたら殺しかねない勢いだったらしい」

「……なんだかセレスティリュスさんがかわいそうに思えてきました」

 ふと隣に座っているドラゴ君の顔がすごく険しくなっているのに気付いた。


「ドラゴくん、どうしたの?」

「ううん。ぼくもソイツが気の毒と思っただけ」


「全くだね。とにかく彼女が戦闘に特化しているのは、魔王に勝つためなんだ。

 あと祈りの力について、理解してなかったのもあるようだ。

 目的がはっきりしているから努力はするだろう。

 だが彼女が聖女の位につけるかは、難しいところだ」



「どうしてですか?」

「複数の聖女がいてもいいんだが、ソフィア殿を超えることは難しいだろう。

 彼女は欠損を治せるほどの治癒魔法が使える、高レベルな聖女だ。

 現在の聖女より下回っているのなら、それは一般の尼僧シスターになる。


 大体称号は我々が決めるのではなく、神が授けてくださるものだ。

 祈りの力を得るには彼女に信仰心がなさすぎる。

 元々彼女のいたニホンという国は信仰心が薄い国なのだそうだ」


 でもそれだとまどかさんの希望は叶えられなくなる。

 


「そのことを今心配しても仕方がないと思う。

 マドカがどれだけ真剣に神に祈りを捧げられるか、それは彼女次第だ。

 君は『令嬢対決』のために、ピアノの練習を頑張ってくれ」


 もちろん、そのつもりだ。

 ピアノは弾けば弾くほど、発見があって面白い楽器だ。

 ただエマ様やみんなと過ごす時間が減っているのが寂しいけれど。


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聖属性魔法は別名光属性魔法とも言われています。

光属性はいわゆるライトのような光の魔法が出来ることです。

ここに祈りの力がこもると聖属性魔法になります。


つまりまどかは強い光属性の攻撃魔法の使い手だったんです。

だから『聖なる炎』を使っても、光属性の炎なのでマミーは倒れなかったんです。


この世界では光属性の子どもが産れると、必ず教会に行かせて祈りを教えます。

普通だったら周りを光らせるくらいの力が、神を信じ祈ることで浄化や治癒が使えるようになるからです。治癒まで行く人は多くはありません。

そこまで行くと信仰の道に入る人が多いです。

力を求めての祈りでは、祈りとしてみなされないから。



『常闇の炎』にいる聖属性の治癒士は、エルフや魔族の血筋です。

普通に市井にいる治癒士もいます。

それは信仰心がないのではなく、直接患者を診ることも祈りの道だと思う人もいるからです。

ちなみに神は自分の信じる神でいいんです。教会と違うこともあります。

ただ邪な思いがあるとこの祈りの力は失われてしまいます。

お金儲け(美容のリュミエールパッド作りなど)に走ったら、なくなってしまいます。



祈りの力を得て習得できる聖属性魔法は大体は浄化止まりですが、浄化でも段階があります。

汚れたものをきれいにする浄化→アンデッドを浄化する→浄化の結界を張るがより上位になります。


お片付けのできないフェルナンドさんは汚れたものをきれいにする浄化は出来ますが、アンデッドは浄化できません。もちろん治癒もできません。


オスカーは浄化も治癒もできますが、聖属性の攻撃魔法は出来ません。

結界は自分の周りくらいは張れます。

アンデッドには浄化で対応しています。


今のところ聖属性の攻撃魔法を使えるのはリカルド、ソルちゃん、ソフィア、あとビリーとドラゴ君です。


この浄化とエリーの使う水属性のクリーンは非なるものです。

殺菌と洗濯みたいな感じです。




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