第355話 ダンジョンピクニック
20階の扉を開けると教会の中庭のように整然とした清潔感のある光景が広がっていた。
美しく並ぶ木立を抜けると普通の教会だったら薬草や野菜の畑なのだけれど、なぜか広大なお花畑があった。奥には薔薇のアーチもある。
ここの魔獣のほとんどが植物系、あと昆虫系だ。
その中でも最も強力な魔獣があの花畑だ。
そのかぐわしい香りと美しい姿で獲物を引き寄せ、花粉を吸わせることで
そしてゆっくりと死ぬまで眠らせるのだ。
「俺らは薬草採取行ってくるわ」
男の子たちとモカとミランダが畑の近くの薬草を取りに行くという。
「花畑に入らないでね。連れ込まれたらすぐに合図を送ること。
ドラゴ君が迎えに行くから」
私はリュミエラ様の糸で作った
口と鼻を覆い、花粉や香りを吸い込まないためのものだ。
もちろん、お金は今回の報酬から頂くことになっている。
これですべての糸を使い果たした。
モカとミランダはパーティースカーフで覆っている。
「モカ、ここの魔獣は連れて帰れないからね」
モカは珍しい植物を見つけるとよく持ってかえってくる。
だけどダンジョンの魔獣は卵を除いて、生きたまま連れ帰れない。
ハルマさんによると、ゲームの仕様じゃないかとのこと。
卵はゲームによって違うそうだがアイテム扱いで手に入れられるけれど、魔獣はダンジョンの敵として倒されるべきなのだそうだ。
だから魔獣を倒した後の魔石や魔獣の素材、ドロップ品は手に入るけど、生きたまま連れ帰れない。
なるほど、一応は筋が通っている。
やはりゲームの世界なのか……。
しかしそれを今考えても仕方がない。
私は食事の準備に集中することにした。
まずお花畑が良く見える位置を選んで、私はドラゴ君に手伝ってもらって天幕を立てた。
魔獣だろうが、とても美しいからだ。
その側に魔獣除けの香をたく。
天幕には刺繍で結界魔法を付与してあるので入って来れないけど、周りで暴れられたら面倒だからだ。
従魔のみんなもこの香はあんまり好きじゃないけど、天幕に入れば匂わなくなるので我慢してくれている。
それからテーブルとイスを設置し、クッションの上にそっとソルちゃんを乗せた。
横に仲良しのモリーも配置する。
うむ、これで良し。
(モリー、すごくがんばってたー。えらいねー)
(エリー様のお役にたててうれしいんです)
ソルちゃんが翼でモリーの頭をなでなでする。
見ているだけで癒しである。
(エリー、きょうはなにつくるのー)
「クレープです。甘いのと塩辛いのを作ります」
先日のハルマさんがごちそうしてくれたのがとても美味しかった。
バターと砂糖のシンプルなものもいいけれど、モカは中にいろんな具を入れると美味しいと教えてくれた。
生地は二つ用意した。
白い小麦粉で出来るだけ薄く柔らかく焼いたものと、そば粉入りの少しもっちりと焼いたものだ。
前者は冷たいものを巻いてもおいしい、後者は温かい状態で出すのが美味しい。
今回はクライン様の依頼のため、予算がたくさんあるので惜しげもなく使わせてもらった。
薄い生地は生クリームとカスタードを交互に塗って薄切りのフルーツを挟んで重ねたミルクレープと、薄いスポンジを土台に生クリームとバナーヌという南方の果物にチョコレートソースをかけたものを作った。
塩味はツナマヨとポテサラがいるとモカに言われた。
私はツナを知らなかったのだが、ルシィ経由でセルキーのみなさまに頼んだら、ものすごく立派な魚が届いた。
私より大きいのに、魔獣じゃないのだ。
「エリー、これは寿司しかないよ!」
モカが目をキラリンと光らせている。
スシがよくわからない。それは次回ね。
でもモカがこういう時は美味しいものの予感。
黙って指示に従う。
ツナは手持ちの包丁で
赤身とトロを残せと言われて、言われるがまま残して時間停止の保管庫に入れた。
それでもものすごい量である。
それで余った部分をコンフィという油で煮る方法で保存する。
一緒ににんにくの薄切りやローズマリーなどのハーブを入れて臭みを取ることも忘れない。
このまま食べてもおいしいが、これをマヨネーズソースであえる。
これでツナマヨの完成。
ここに茹でトウモロコシの粒もいれる。色がきれいである。
ポテサラは茹でたジャガイモを熱いうちに塩・酢・油だけのシンプルなドレッシングで下味をつけ、塩もみしたキュウリと玉ねぎ、茹でたニンジンのうすぎりを入れてさらにマヨネーズソースで和えたものだ。
下味のおかげか、ツナマヨとは似た味にはならなかった。
薄い方のクレープにレタスを乗せてからツナマヨかポテサラをのせ、薄切りトマトや細切りのキュウリなどを好みで乗せる。
それだけだと足りないといけないから、ローストオークやローストコッコも出しておいた。
これは作り置きして、再度炙りなおしたものだ。
予備だから余ったらまたしまっておけばいい。
このお肉と千切りした野菜を巻けば、いろいろ出来て楽しいのだ。
そば粉入りのもっちりしたものはガレットといい、オークハムの薄切りと溶けるチーズ、卵を乗せて折りたたみアツアツの状態で提供する。
きのこのソテーも添える。
この生地ではキャラメリゼしたりんごとカッテージチーズをのせたものもいい。
その上にさらにほろ苦いキャラメルソースをかけるとなお美味だ。
後はガレットを焼くだけと思ってみんなを呼ぼうとしたら、アーチに絡まっていた薔薇の魔獣と戦っていた。
あっ、アシュリーの剣に蔓が絡まってる。
マリウスが火魔法を放つと、薔薇は火のついたとげをみんなに飛ばした。
うん、非常事態。
「ドラゴ君、加勢に行ってくれる? ついでに連れて帰ってくれると嬉しいな」
「了解。じゃあモリー、エリーのこと頼んだよ」
(はい、わかりました!)
薔薇の魔獣はフロアでもかなり強い方みたいだ。
ドラゴ君があちらに転移してすぐ、薔薇の魔獣がドラゴ君に魔法攻撃を放つ。
その攻撃をドラゴ君が弾いて、反撃しようとしたらマリウスが叫んだ。
「ドラゴ君、薔薇は粉々にしないでくれ!」
一瞬、ドラゴ君が
香炉は少し離れたところに転がり、火が消えた。
「モリー、香炉を取ってくるわ」
(わたしが行きます)
索敵しても、まだ香の効力があるから魔獣はいない。
「じゃあ、一緒に行こうか。ソルちゃん、すぐ戻るね」
(まってるー)
モリーを肩の上に乗せて、転がった香炉を拾うと中身が少ない。
香が外にこぼれているので慌てて拾うと、何やらぞわぞわと感じた。
なんとなくこの気配知ってる。狙われてる……?
そうか、下だ!
私は急いでその場を飛びのくと、さっきまで踏んでいた地面からビックグラスワームが口を開けた状態で飛び出してきた。
よかったぁ、気がついて。
あそこにいたらもうワームのお腹の中だ。
反撃をしようと身構えた瞬間、ソルちゃんの心話が響き、清らかで慈愛に満ちた光にすべてが包まれた。
(
まるで太陽のように輝くソルちゃんの力は絶大で、ワームどころか20階層すべてが浄化されてしまった。
つまり共闘パーティー以外の、この階にいる魔獣全てが死滅したのだ。
私に『経験』が入ったのを感じた。たぶん共闘している男子3人にも。
こんなに強力なの?
私が呆然とソルちゃんを見つめていたからか、答えてくれた。
(これ、なんにでもきくのー)
す、すごいな、私も消えていてもおかしくないくらいの魔法だ。
それにしてもこれ大丈夫かな。ちゃんとこの階、復活するだろうか?
いや待って。
魔獣が全くいない今なら薬草取り放題。
しかも魔獣の体も魔石もごろごろ落ちてる。宝箱もだ。
「みんな~! ご飯の前に拾えるものは拾おう!」
「「「「(((おー!)))」」」」
ソルちゃんが退屈しないようモリーを側に残し、私たち急いでは採取に走ったのだった。
申し訳ないけれど、私の魂は全然浄化されませんでした。
欲張りです。
その後、クレープパーティーはのんびり落ち着いて楽しめた。
男の子たちはツナマヨもポテサラ、ハムのガレットが好きみたい。
お腹にたまるものね。
予備だったはずの焼いた肉も全部なくなった。
甘いものの好きなソルちゃんはミルクレープが気に入っていた。
モカはチョコクレープも良かったようだ。
モリーはりんごとカテッジチーズのガレットが好みみたい。
結構大人味が好きな子なのだ。
ドラゴ君とミランダは私の作ったものなら何でも好きと言ってくれる。
「その中で一番何が好き?」
(おかーさん)
ミランダの答えは質問の意味とは違うけど、とても嬉しい。
ちなみにドラゴ君はパンが好きだそうだ。
とにかくみんなでお腹いっぱい食べました。
すごく楽しかったぁ。
ソルちゃんがすっかり元気になったので共闘を解消した。
ノルマの攻略はしたので私たちは20階の転移石でダンジョンを出て、そのままクライン家の別館へゆく。
(リカ~、ただいまー!)
「おかえり、ソル。楽しかったみたいだね」
(うん、こんどはリカもいこー?)
「そうだね、行けるといいねぇ」
クライン様の指に止まって、優しくなでられるソルちゃん。
ここにはクライン様がいて、側で補佐するダイナー様がいて、エマ様はルシィと仲良くおままごとしてて。
心からの信頼と安心がそこにあった。
ああ、ここにも幸せがある。
ヴェルシア様、楽しい1日とよい職場をお与えくださり、ありがとうございます。
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経験とは、第273話 「2学年1学期ダンジョン攻略①」に出しました。
ダンジョンや特別な戦いでしかつかない不思議な能力で、たくさん魔獣を倒したり、ボス戦をこなすとスキルや能力がアップすること。
ゲームにおいて経験値が上がったことに相当します。
しかしこの世界ではステータスが見られないので、顕著なレベルアップをした時にだけ感じるものです。
「魂の浄化」はただの「浄化」より最上位の聖属性攻撃魔法です。
なんにでもききますが、効果は相手によって違います。
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