第352話 仕返さない理由


 まどかさんはしばらく教会でこの世界のことを学んでから、学院へ通うことになった。

 無理もない。あれだけ恐ろしい目に遭ったのだ。

 乙女ゲームでのクライン様は冷酷無比なお方だったそうだが、その片鱗は十分感じられた。

 いつもとほぼ変わらぬ様子で、あんなに怖いなんて思わなかった。



 従魔のみんなもそういうと思ったら、全然違う答えが返ってきた。

「ぼくは甘いなって思ったよ。

 エリーは骨を折って死にかけたのに、反省してなかったんだよ。

 腕の1本ぐらいちぎれてもよかったと思う」


 ダメです。そんなの普通の女の子ならショック死しちゃうよ。


「あの聖女もどきがやられるところをルシィ経由で伝えたら、エヴァンからお礼がきたよ。ダンジー爺さんにも送っといた。

 みんなアイツがやられて、嬉しかったんだって。

 手ぬるい、もっとやれっていう意見もあったよ」


 それは……、仲間を殺そうとした人だもんね。



 モカは乙女ゲームのクライン様と比べていたみたいだった。

「乙女ゲームのリカルドはもっと冷酷だよ。

 そこが痺れるほどカッコいいんだけどね」

「でも怖くない?」


「本物のリカルドはエマだけじゃなくてあたしたちにもうんと優しいもの。

 どっちのリカルドも理由のないことはしないって思うし。

 根底には民を守るためとか、愛する人を守るために手を下すの。

 悪辣な貴族をサミーと一緒に討伐するんだ……。

 はぁ~、やっぱりしゅき……」


 うっとりしたモカはだんだん自分の世界に行ってしまった。

 うん、そっとしておいてあげよう。



 するとミランダから質問された。


(おかーさんはいじわるされたら、しかえししたくないの?)

「仕返し? したことはなくもない」

((「「えっ~! エリー(おかーさん)が?」」))


「うん、前にハルマさんたちとダンジョンに行ったことがあるの。

 その時の仲間だと思っていたヒトに置き去りにされたの。

 ハルマさんやシンディさんは反対してくれたんだけど、母さんが私を心配して約束したことを逆手に取られちゃってね。

 ハルマさんが助けに来てくれるまでずっと一人ぼっちだったの。

 本当にどうしてそんなことになったんだろうって思ったよ。


 でもどう考えても私は悪くないと思ったから、その人の武器に付与した魔法を全部解除したの。

 その付与だってほとんど騙されてやらされたようなものなの」



 みんな黙った。どうしたの?

 ドラゴ君が代表して、私を問いただす。


「騙されていたってわかったから、解除しただけなの? 

 それって当たり前じゃない? 

 取られたものを取り返しただけじゃない。

 そんなの仕返しじゃないよ」

「そうかな? 困ったとは思うよ」



「仕返しってのはその次の段階だよ。

 悪事をみんなに公表するとか、詐欺師として警吏につき出すとか。

 何もしなかったの?」

「ハルマさんは冒険者ギルドに突き出せばいいって言った。

 でも私はそう思わなかったの」

「どうして?」


「うーん、そうすることが最善だとは思えなかった。

 もちろんまた同じことをして来たら今度は突き出すよ。


 でもね、評判のいい人ではなかったけど、そこまでのことは初めてしたのよ。

 もう二度と会わないだろうし、そのヒトを側で支えてくれる家族もいた。

 それで許したの。

 ううん、誰かを憎むってことが根本的にしづらいのかもしれない。


 だからと言って私は他の人にいいように使われる気はないの。

 あのことはそれを教えてもらったから、それで相殺でいいと思った。

 それからはどんなに親しくても、ソフィアやクライン様に頼まれることだって全部報酬もらってるわ」


 私が1級裁縫師になったときのドレスはソフィアに献上したけど、私が作りたいと思ったものだったからね。



「そうだね。エリーの言う通りかもしれない」

「それに保身でもある。

 その人はちょっと逆恨み体質の人だから、冒険者を辞めさせられたら私をもっと恨むと思ったの。

 仕返ししたらその時はスッとするかもしれない。

 でもそのあと恨まれて付きまとわれるより、関係をすっぱり絶った方がずっといいと思ったの」



「ちゃんと考えてたんだ」

「そりゃそうよ。本当に腹が立ったもの。

 でも置き去りにしてくれたおかげで10歳の誕生日に父さんと母さんにお祝いしてもらえたし。

 なによりも隠し部屋を見つけてミラの卵をもらったのよ! 

 私に嫌な思いをさせようとした人のおかげで、私はより一層幸せになれた。

 だからお返しはもう十分もらったのよ」


(そのヒトがおかーさんにわるいことしなかったら、ミラはおかーさんのところにこれなかったの?)

「そうよ。でも恩人と言うにはひどいことされたと思うけどね」



 私はミランダとルシィを抱き上げた。

「私はね、ミラとルシィのお母さんになれて、ドラゴ君とモカとモリーとシーラちゃんと家族になれて本当に幸せなの。

 いつかみんながもっと大きくなって、こうして抱き上げることは出来なくなるかもしれないけど、それはそれですごく楽しみなの。

 でも小さいうちは抱っこさせてね」


(ミラ、もう大きくなったから、だきついたらいけないとおもったの)

「そんなことないよ。ミラはまだ小さいよ。

 仕事や学校のときは困るけど、それ以外ならいつでも抱っこしたいよ」


(……)

「どうしたの? ミラ」

(ミラ、ルーにやきもちやいてたの。

 かわいいおとうとだし、がまんしなきゃなの。

 でもルーがあまえすぎているのをみると、ついおこっちゃうの。

 ルー、ごめんなさいなの)



 ルシィはきょとんとしていた。

 ミランダの言った意味がわからなかったみたいだ。

(ルーはかーたまも、ミラねーたまも、ドラゴにーたまも、モカねーたまも、モリーねーたまも、シーラねーたまもだいすきでちゅ)


「ミラ、ルーは許してくれてるよ。

 そうだ、こうしよう。

 もしミラがやきもちで怒りそうだって思ったら、私に遠慮せず抱きついてね。

 もちろん、そうじゃないときも抱きついていいからね」

(するでちゅ!)


「もう、ルーじゃないよ」

 そうドラゴ君が突っ込んでから、アッて顔をして笑って私に抱きついてきた。

 モカもモリーも抱きついてきて、なんとなくシーラちゃんも側にいるような気がした。


 ああ、かわいい小さな私の子どもたち。

 みんなもエマ様も一緒にトウ国にわたって、父さん母さんと合流できたらいうことはない。

 その後でヒノモト国へ行けたらどんなにいいか。



 でもふと頭をよぎる考えがあった。

 たしかに怖かったけれど、クライン様の本質は愛情深い優しいお兄様だ。

 もし私がエマ様を連れて行ってしまったら、クライン様は今日のような冷たくて非情なお方になってしまうんじゃないだろうか?


 そうか、私があの方を怖いと思ったのはそうなって欲しくないからだ。


 まどかさんを諫めるためにはあれしか方法はなかったのかもしれないけど、クライン様にはずっと優しいお兄様でいてほしい。



 ヴァルティス神の呪いから逃れるのには、本当に外国に行くしか方法はないのだろうか?

 なにかよい方法があればいいのに……。



 ヴェルシア様、クライン様が寂しく思わず、エマ様のお命を守る方法はありませんか?



 もし他に方法があるのならば、お二人を引き離してはいけないと思うのです。

 クライン様のエマ様を思う気持ちは本物だし、エマ様も心から慕っています。

 仲のよい兄妹を引き離すのは、とても心が痛むことです。



 私はいつもかわいい子どもたちに囲まれて幸せで、それに酔っていたんだと気が付きました。

 エマ様が大好きだから、私なら親になれると思っていました。

 でもそのことでクライン様とエマ様を不幸にしてはいけないのです。


 私が本当にエマ様の親になるのならば、あらゆる角度からエマ様をお救いする方法を探して、それでもダメなら国外に連れて行く。これは最終手段だと思います。



 誰も不幸にしないなんてできないけれど、せめて知っている方だけでも不幸にしたくない。

 驕り高ぶった考えかもしれませんが、出来るだけのことはしたいのです。



 どうか私にこの試練を乗り越える勇気をお与えくださいませ。



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 これがルノアをざまぁしなかった理由です。


 エリーは怒るし、必要ならば手も下します。

 誘拐犯たちは全員倒しました。親しくしていたルイスでさえもです。殺すつもりはありませんでしたが。


 でもルノアには更生の余地があると見たのです。


 断罪して破滅させるざまぁだけが、ざまぁではない。

 エリーが日々幸せを感じることこそが、最大のざまぁだと私は思っています。

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