第331話 ルエルトへ
おくるみを仕上げた後、なんとか少しだけ眠ることが出来た。
今日は、食事を済ませたらマスターと一緒にルエルトまで転移して、セルキーのみなさまにルシィをお渡しして、そのあと王都に戻ることになった。
父さんと母さんはまだルエルトに到着していないそうだ。
マスターがおっしゃるには、父さんはともかく母さんには正規ルートで国外に出したいそうなのだ。
つまり足取りがわかるように、しっかり目撃されるように行動しているという。
もし母さんの素性を怪しんで後を追うものがいても、はっきりといなくなったとわかればそれ以上追ってこないからだ。
確かに転移でパッと行ってしまえば楽だけれど、いないということもわからないので探し出そうといろいろ捜索されてしまう。
本気で調べられたら、私の元にも来る可能性だってある。
ルードさんはセードンのパン屋を今日も切りまわしている。
父さんは元々あまり口数が多くないから、全然バレていないらしい。
味の変化も気が付く人もほとんどいないそうだ。
1人だけ手伝いに来てくれている子どもの中にちょっと変わったという子いるらしいが、まさかダークエルフが姿替えしているなんて思わないものね。
マスターは私たちと転移したが、ルエルトの近くの町に降り立ち、馬車を借りた。
つい昨日まで聖女がいたので、一目でも聖女様を見たいというヒトが集まったのだという。
人目が多いので、転移したところを見られない方がいいから近在の町に降りたのだそうだ。
せっかくのチャンスだ。
馬車の中で私たちが雲の上に乗れるかと質問してみると、
「空の上の雲は水や氷の粒なので乗れないが、近いものを魔力で作り出せば乗ることは出来る」
じゃあ、雲はフワフワしてないんだ、ちょっぴり残念。
乗れる雲を作るには水魔法と闇魔法と光魔法を複合させるんだそうだ。
難しそうだけどルシィは私と一緒に乗るのだと、モリーに弟子入りして光魔法を覚えると言い始めた。
ルエルトに来て魔素が多いのか、ルシィもモリーの心話がはっきり聞こえる。
この話に、ドラゴ君以外のみんなが賛同し始めた。
「なにそれ、あたしも乗る」
(ミラものるのー)
(わたしも乗せてください)
マスター、まだ言ってないんですか?
それで私が言おうとしたら、ミランダがいつもモカにするみたいに、私の膝の上に前足を置いて言わないでと言わんばかりに優しく威圧してきた。
ドラゴ君もモカもモリーも首を横に振った。
みんなは知ってるんだね。
でも今言うより、向こうでみなさまの優しさに触れてからの方がいいのかもしれない。
それに……、私も話をしたら泣き出してしまうだろう。
それはルシィを不安にさせてしまう。
ルシィがセルキーのみなさまのことを、変な先入観で見てしまうといけない。
(かーたま、元気ないでちゅ)
「うーん、ちょっとお腹がすいたかな」
実は食欲がなくて、今朝はあまり食べられなかったのだ。
「ルエルトについたらみんなで飯を食おう。
あそこはセードンとは違う海の幸がいっぱい食えるぞ」
「わーい! あたしイカとか、タコが食べたい!」
(ルーは何でも食べるでちゅ!)
モカがバンザーイとすると、ルシィも真似てバンザイした。
みんな、これからのことを知ってるのに全然様子が変わらなかった。
私は悲しくてたまらないのに。
でもみんなは心話でつながっているから、そんなに不安はないのかもしれない。
私とルシィの従魔契約が解消されても、みんながつながってくれていれば少し安心できた。
ルエルトの街を歩いていると、モカが鼻をクンクンさせた。
「これは……いか焼きの匂い……」
「あそこに屋台がある。行ってみるか?」
マスターに連れられて行った屋台は、クラーケンの串焼きを売っているお店だった。
味は、塩を振っただけと、ハーブソースと、新発売の照り焼きソースの3種類だった。
珍しいソースですねと店主さんに伝えると、
「今年の初めにさ、ダークエルフがきたんだ。
エルフなんて初めて見たからびっくりしたよ。
なんか俺の串焼きを気に入ってくれてさ。
うまい魚介類の仕入れ先を教える代わりに、この照り焼きソースも教わったわけ」
それもしかして私の誕生会のときの魚介類ですか?
マスターをちらりと見上げると、頷いているので間違いない。
ルードさんの食の探求は国外にも及ぶからね。
ルエルトぐらいじゃ近い気がしてきた。
モカが照り焼き多めでというのでたくさん買ったら、冬はもっと美味しい魚介が増えるからまた来てくれと頼まれた。
どうやら照り焼きソースはなじみがなさ過ぎて、まだ人気が出ていないらしい。
他にもいろいろ屋台で買いこんで、近くにあったベンチに座ることにした。
この辺の人は、気軽に外で食べるみたい。
あまり食欲はなかったが、串焼きを1本手に取った。
照り焼きソースを頬張ってみると、甘じょっぱい味がクラーケンにぴったりだった。
「ここの、焼き加減抜群! さすがルードさん」
喜びのあまり、しょうが醤油も旨いので作ってとモカが店主さんに言いに行こうとしていた。
気持ちはわかるが、取りあえず止めておいた。
なによりびっくりするほど食べたのは、ルシィだった。
キューキュー、興奮気味に鳴いている。
(こんなにおいしいの、はじめてでちゅ)
「クラーケンはセルキーの主食だからな。口に合うんだろう」
マスターが補足説明してくれる。
そっかー、前にバーベキューで食べた時は、まだルシィ卵だったものね。
本で見たくらいじゃ、セルキーの生態が全部わかるはずもない。
もしかしてルシィが小さいのは、体にあった食べ物を食べていないからなのかもしれない。
今回セルキーのみなさまにお返しすることで、本来ルシィが手にするはずだった教育や食や文化を手に入るんだ。
それはルシィに絶対必要なものだ。
私も望んでいる素敵なお嫁さん探しだってできる。
それがいいんだ、それが……。
(かーたま、元気ないでちゅ?)
「そーかな、大丈夫だよ」
するとルシィは私に背中を押し付けて、うんしょうんしょとしている。
「どうしたの? ルー」
(あのね、ルーがかーたまをおんぶするでちゅ)
「ありがとう。本当に大丈夫だよ。代わりに私がルーを抱っこするね」
私はルシィを抱き寄せて頬ずりすると、ごきげんな様子でキュウと鳴いた。
そして、昨日作ったおくるみにルシィを包んだ。
「すごくフンワリして気持ちいいでしょ?
リュミエラ様から頂いた糸で編んでみたの」
(あったかいでちゅ)
ルシィはうっとりとおくるみに抱かれていた。
私たちの様子を見ていたマスターが、
「そろそろ行くか?」
「はい」
声は震えなかっただろうか?
私はもう一度、ルシィをギュっと抱きしめた。
------------------------------------------------------------------------------------------------みんなでイカを食べたのは第225話「サプライズ」でです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890677055/episodes/1177354054894918053
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