第324話 転移
母さんは翌朝、冒険者ギルドに向かっていった。
私たちがセルキーとして討伐されそうになったことを話したら、
「うん、わかった。セイラム、締めてくるわ」
いや、たぶんラリサさんにこってり絞られていると思うよ。
母さんが意気揚々と出かけたのを見て、私たちも出かけることにした。
湖ではない。
モカのシークレットガーデンだ。
亀のダンジーさんとお友達のジャイアントイールの再会のためだ。
イールには名前がないらしく、冗談でセードンだからセードでいいんじゃない?って言ったら、なんとぴかっり光って私のマークが入ってしまった。
従魔にしたつもりなーい!
「召喚獣が増えたと思えばいいじゃろ」
ダンジーさんに慰められたんだけど、本当にそれでいいのかしら?
ドラゴ君には、「ウィル様並のセンスのないネーミング」なんて言われるし。
違うの、名前を付けたつもりじゃなかったの!
でもセードはつけてもらったと思って、私を主として受け入れてしまったのだ。
シークレットガーデンの中に入ると小さな池……だったはずなのにものすごく大きくなっていた。
セードがどんどん広げていったらしい。
どうやらとても働き者なんだって。
「あんまり広がると困るんじゃない?」
「うーん、この庭あたしも果てまで行ったことないんだ。
セードンの湖くらいならいいんじゃない?」
モカが楽観的なので大丈夫だろうか?
ダンジーさんも結構気に入っている様子で、みんなでここに住みたいみたいな話になってた。
ルエルトの黒い森はもういいんですか?
「住むのはちょっと勘弁して。
セードだって食べるつもりだったから特別に置いてただけなの。
ここには大事な預かりものがあるからダメ!」
そうだ、モカの言う通りここにはシーラちゃんとヘスぺリデスのりんごの木がある。
もしここに魔獣がたくさん住んで、あのりんごの木を荒らしたらモカがりんごの主に呪われてしまうかもしれない。
マスターの魔法で簡単には近寄れないけど、万が一ってことはある。
「そうか、ここは清らかで気持ちが良いところなのに残念じゃ」
「そのことなんだけど、ぼくの真の主であるウィル様が全員引き取ってもいいって言ってくれてるんだけど」
「なんと! そのような奇特な御仁がおられるのか?」
「うん、ウィル様は今までにも人間と暮らしていけない魔獣たちを隠れ里に住まわせてるんだ」
「してそれはどこにあるんじゃ?」
「場所は色々。どこに行くかはわかんないけど。ダンジョンだよ」
「ダンジョン? ならば人間たちが襲ってくるのではないか?」
「ダンジョンといっても、人間には入れない空間の狭間にあるんだ。
攻略してもなんのメリットもないしね」
「じゃあそのダンジョンは宝物が出ないの?」
「うん、正しくは別のダンジョンからとってきたダンジョンコアをウィル様の命令だけ聞くようにしてあるんだ。
それで魔獣たちのために清らかな魔素を生み出すだけになってるんだって。
結構、説得に応じてくれるものらしいよ」
「もしかして私たちが攻略しているダンジョンも、マスターが手を加えれば……」
「誰も襲わないし、宝物も出ないようにできるよ」
ふとニールで出会った(声だけだけど)ダンマスのことを思い出した。
運営という神のような、人のような存在から命令されていると言っていた。
マスターの説得でその命令系統を変えることが出来るということか。
確かにあのダンマスもしっかり話ができる相手だった。
そう思うとマスターのすごさを改めて感じた。
ダンジーさんとセードは相談しあって、湖にいる他の魔獣たちにも声をかけてついてくるものを募ることになった。
「この件はぼくがやるから、エリーは家で待ってて。出かけちゃだめだよ!」
ドラゴ君は私にそう云い放ち、モカ、ミランダ、モリー、ルシィに怖い顔をして告げた。
「いいかみんな、エリーは命の危険に晒されてる。
みんなはとにかくエリーを一人で外に出さないこと!
あの家にはちゃんとウィル様が守護をつけてあるから、家の中にいさえすれば大丈夫だから」
みんなが深刻そうに頷く。
確かにいろいろあったものね。
でも知らなかった。このセードンの家にそんな守護がついているなんて!
言われて初めてしっかりと目を凝らしてみると、あると知っていてもすぐに見えないけど、ほんのかすかな魔力の揺らめきが感じられた。
守護の付与が他の人にはわからないように隠してくれているのだ。
マスター、お気遣いいただいてありがとうございます。
その翌晩、とうとうマスターがやってくるという。
待ち合わせ場所はセードンの湖のほとりだ。
父さんと母さんも挨拶にいくと言ったが、ドラゴ君が断った。
「ごめん。ウィル様は忙しいからすぐに出ないと間に合わないんだ。
エリーはぼくらとあちらで一泊するけど、朝には戻ってくるから心配しないで」
「じゃあせめて、このパンとジャムだけでも」
それで父さんの用意したパンとジャムの入ったかごを持って、私たちは待ち合わせ場所に向かった。
星明りのきれいな夜だったが魔獣が増えているせいか、夜に湖に来ている人は誰も見かけない。
そうして湖のほとりに到着すると、旅装のマスターがこちらに背を向けて湖面を眺めていた。
「マスター!」
私はただ走って駆け寄るだけのつもりだった。
なのに直前で転び、マスターに抱き着いてしまった。
「おい! 大丈夫か? ったく、相変わらず泣き虫だな」
泣き虫って? と思ったら、私の目から涙がボロボロ落ちていた。
「マズダー、ずみばぜん」
「何となくしか、言っていることはわからないぞ。ほれ、顔を拭け」
差し出してくれたハンカチは、私が刺繍してお渡ししたものだった。
使ってくださってありがとうございます。
「マスター……、旅に出るんですか?」
私は何を言っているのだ。
マスターはずっとお忙しくて活動しっぱなしじゃないか!
でもなんだか置いていかれるような気がして、聞かずにいられなかった。
「いや、旅ではない。気にしなくてもいい」
「でも……」
「この件に関しては、嘘はつけない。それよりまたいろいろあったようだな」
「はい、そのこともご相談したくて……」
「とりあえず転移しよう。
さすがにこの大所帯だから、お前たちは他のものに転移させる。来い!」
すると空間がゆがみ、1匹の魔獣が転移してきた。グリフォンのエンドさんだ。
「わーいエンド~、久しぶり~」
「モカ!」
2匹はヒシっと抱き合っている間に、ドラゴ君が、ミランダとモリーとルシィをカバンの中に入れた。
「エリーとモカはエンドに連れて行ってもらえ。
ドラゴはこのセードンから連れて行くものを頼むぞ」
「マスターは?」
「他の地域にばらばらに逃げた魔獣たちを連れていく。向こうで会おう」
その言葉と同時にマスターとドラゴ君が転移して、いつの間にかエンドさんの背中に飛び乗ったモカが叫んだ。
「エリー、乗って。出発よ!」
私がエンドさんの背にそっとまたがると、
「
モカも調子に乗って足を離すなよ」
「もう! 大丈夫だってば、エンドは心配性なんだから~。
あの時はまだ小さかったからさ」
前科ありなんだね。
さすがにエンドさんはモカのことをよくわかっている。
「私がモカごとしっかり掴まります。よろしくお願いします」
私の言葉にエンドさんは安心したようにフッと笑って、みんなで転移した。
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エリーの行動は、記憶を消されていても魔法契約のことは魂に刻み込まれているので、聞かずにいられなかったんです。
そしてビリーも魔法契約に関しては嘘がつけません。(第56話『秘密の契約』)
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